石ころ語り

花咲風太郎

石ころである

語り始めたのは、川底に沈む石ころである。

見ての通り、石ころだよ。いまでこそみんな、おれのことを石っころなんて、ばかにしたみたいに呼ぶが、かつてはでっかい岩だったのだ。頑丈でごつごつした、それは格好いい岩だよ。切り立った崖にひときわ目立つ塊だったのさ。最近ではだれも信じてくれないがね。

どうしてそれが石ころになったかって?まあ聞いてくれよ。おれがひっついていた崖なんだがね、こいつがおれに言うのさ。お前は自分を格好いいと思っているらしいが、お前はわたし無しではいられないんだろうって。

おれは頭にきて、なんだとこの野郎!と言い返してみたものの、図星をつかれてそれ以上なにも言えなかったのだ。

くやしい、くやしい、くやしいったらありはしない。そこで決心したのだ。おれは独立する!ああ独立してやるとも。崖だかなんだか知らないが偉そうにいばりやがって。こちとら岩だぞ!岩が無ければ崖なんてどうだ、つるんとした女々しいつらになっちまうぞ!と捨て台詞を投げて、崖の野郎と決別したのだ。

しかし簡単ではなかったな。なにしろおれは崖とひっつくことうん十年なのか、うん百年なのか、とにかくべったりひっついていたもので、どこから崖で、どこから岩なのかもよく分からない始末。

ここからはおれのものだろう、さあ持っていくぜと言っても、崖の野郎がゆずらない。おいおい、なにを言うのだい。そこは崖に決まってるだろう、お前さんはわたしの表面にちょこっとひっついている小さなゴミみたいなものなんだから。

などと言いながら、おれを振り落とそうと大きなからだを揺らしはじめた。おれは慌てたが、平静をよそおいながら、しがみついた。油断をしたら本当に表面の欠片かけらだけの姿で追い出されてしまう。おれは必死に、おれがおれだと思っている大きな塊を崖からひっぺがそうと力んでみた。崖の野郎もやや慌てたか、鼻息も荒く岩肌を揺らしながら、お腹に力をこめたようだ。

おれのだ!わたしのものだ!おれたちは綱引きのように押したり引いたりを繰り返した。と、その時だった。めりめりっと軋む音がしたその瞬間、ついにおれは崖から自由になったのだ。おれがおれだと思っている大きさよりは半分ぐらいになってしまったが、ちっぽけな欠片ではない、立派な岩として、おれは独立したのだ!ひゃっほう!自由だあ!

 ・・・・。

よろこびも束の間、崖から別れたおれは、当然のごとく、切り立った山肌を転げ落ちていく。転げ落ちながらおれは考えた。

これからおれは、いったいどうなってしまうのだろう?あの切り立った立派な崖の岩として守られていたから、見る者に注目され、賞賛されていたのだろうか?その証拠にたったいま、奴から離れたおれは、みじめに転落するしかないのだろうか?

いまのおれは、どこに向かっているのかすら分からない。激しく全身をぶっつけながら、おれは転げる。せっかく崖の野郎からひっぺがしてきた塊なのに、あちらこちらにからだをぶっつけるうちに、削れたり、砕けたりしてしまう。いつしか、おれのからだは刺々しくなり、だんだんと腹が立ってきた。大きかったからだも、だんだんと小さくなってしまった。こんなはずではなかった。おれはもっと強く、もっと頑丈で、もっともっと格好いいはずだ。おれはいったいここで何をしているんだろう。おれの居場所はこんな所じゃないはずだ。怒りが頂点に達した時、それとは反対に自分自身はふもとに到着したらしい。


ぽちゃん・・・。


川に落ちたようだ。思いのほか小さな音で。

小石のようになってしまったおれは、しかし全身に角を生やした鬼になった気持ちだった。おれに触るな、怪我するぜとばかりに。

おれは黙っていた。いつか見ていろと全身の角を砥ぎ、なんだか分からない「いつか」に備え川底に潜伏していた。

あれから何年が過ぎたのだろうか。気がつけば少しずつ流されてしまい、ずいぶんと街のほうへと来たようだ。水かさも浅く、子どもたちがやたらと足を入れてくるのだ。危ないぜ小僧たち、おれを踏んづけたら怪我をするぜ、などと思いつつ日々を過ごしていたのである。ところがどうだ、こいつら、おれを踏んでも全く痛がるそぶりがない。

ある日、おれは気がついたのだ。長いあいだ川底を転がり続けたおれには、もう角などないってことに。それどころか、おれの表面はいつのまにか、つるんつるんのようだ。なんてことだ。そういえば、この辺りにたくさんいるザリガニは、おれの下がお気に入りで、やたらとお腹の下に潜りこむので、くすぐったくて仕方ない。困ったものである。おれはすっかり自信を失くしてしまった。大きな岩のプライドはもう過去のもの。今ではちっぽけな石っころでしかない。しかも、つるんとした女々しい姿でザリガニのお宿に成り下がっている。ザリガニ目当ての子どもたちにひっくり返されるのが日課の、くだらない毎日だ。ああ、おれはいったい何になりたかったのか。

そんなある日、素敵な出来事があったのさ。毎日毎日、ザリガニを探す子どもにひっくり返されながら、もう何も期待していなかったのに。少年がおれを持ち上げて言ったのだ。


この石、きれいだなあ。


そう言った彼は、おれを小さな手のひらに握りしめた。温かくて、やわらかい手のひらだったよ。それから少年は、おれを少年の家に連れて帰ったのだ。その日じゅう、彼はおれを手のひらの上にのせ、また勉強机にのせてみたり、お風呂にも一緒にはいったりした。

その夜、彼はねむりにつく前に、おれを大事そうに箱に入れて、机の奥にしまい込んだのさ。おれは彼のためになんでもしようと思ったよ。明日も彼と遊ぶ一日が待っていると思って、狭い暗闇の中にいてもわくわくしたものさ。

でも、そんな日はとうとう来なかった。少年は机の奥にしまった箱のことなど忘れてしまったのだろうか。いや、そうではないんだ。時々、その箱は取り出され、蓋が開き、一条ひとすじの光が射すことがあったから。でも、そんな時にでも、おれと遊ぶことはもうなかった。何か新しい物が箱にしまい込まれるだけだった。どうやらその箱には、少年の大事なものがしまわれていることは間違いない。でも、少年はそれら箱の中身を振り返ることはない。なにしろ、少年には毎日素晴らしい出会いが待っているんだからね。それでいいのさ。

いつか少年が一人で世の中に立ち、迷ったり、泣いたり、怒ったりする時。この話をしてやりたいね。おれがかつては頑丈で大きな、それはそれは格好いい岩であったこと。あの崖の野郎から独立して、転がり、尖り、そうして丸くなってきたことを。そしてきみと素晴らしい出会いがあったことを。

こんな話、だれも信じてくれないがね。


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