トランシア・リベルタス

蒼島みやび

第1話 嗚呼、日常は終わりを告げて

 その青年の出会ったのは……そう。

 盛大に建物が吹き飛び、瓦礫が宙を舞う、生きるか死ぬかの状況の中だった。


 ちょうどその日は、学園での講義も早めに終わり、気分転換にでもと思って、町で買い物をするつもりだった。

 学生寮に一度戻ってから出かけ、いざ買い物を。

 セリアは今になって思う。

 当時の自分の、あのうきうきが止まらない気分と時間を、返してくれと。

 あの日、あの時。

 魔獣が現れなければ、きっと今頃は、いつも通りの日々が、続いていたのかもしれない……。




『魔物が現れたぞっ!』


 町中で、誰かがそう叫んだ。

 その直後に、大気を揺らすほどの咆哮が響き渡る。

 魔物と呼称されるその怪物は、およそ人間の倍以上の大きさをしていた。

 黒光りする、棘のある甲殻。

 鋭い牙と、大地を踏みしめる四つの足。

 折りたたまれた翼。


 ――ああ、今日という日に限って、現れるのか。

 少し苛ついた。

 日ごろから学園生活で勉学に励む毎日。

 こうして外に出る時間も、どこか珍しいものだというのに……!


「なんっで、私の楽しみを邪魔するかぁーっ!!」


 今まさに、人々の身に襲いかかろうとした魔物の頭部に向けて、横から拳を叩


き込むセリア。まさに鉄拳制裁とも言うべき、容赦のない怒涛の一撃。

 叩き込まれた側の魔物は、片方の牙を折られながら横に倒れた。


 市民の目からはこう見えている。

 魔物が姿を現したと思った次の瞬間には、銀髪の少女の拳によって沈められた。

 実にワイルドな光景である。


「はぁ……なんでこう私の時間を邪魔するのよ……ぶつぶつ……だいたい……ぶつぶつ……」


 セリアにとっては、ただ目の前に現れた脅威を速やかに排除し、数少ない休息を再び堪能しようとしたまでのこと。

 周囲の人々は彼女に拍手を送るが、そんなものはどうでもよかった。

 よしっ、と再び買い物をしようと歩き出すセリアだったが、彼女の目に端で、


何かが動く。

「!?」

 まだ生きていた。

 魔物は死んでいなかった。

 本気で叩き込んだはずの一撃は、今まで立ちはだかった魔物を葬ってきた実績があった。だが……。

 ――自分にとっての、数少ない戦う手段が、通用しない!?

 起き上がった魔物はセリアに目を向け、まるで怒り狂うかのように雄叫びを上げながら、翼を広げた。

 周囲の人々は慌ててその場から逃げていく。

 混乱の只中で、セリアは焦る。

 ――どうする? どうすれば、あれを倒せる?

 最大限の強化魔法をかけた拳では倒せなかった。

 ――なら、同じことを繰り返せば勝てるか?

 そんなことをしてるうちに、殺されかねないのは、誰でもわかるだろう。

「くっ……どうすれば……!?」

 思いつかない。

 何も思いつかないまま、とにかく死ぬわけにはいかないと拳を構えたセリア。

 無謀にも立ち向かおうとする彼女の前に。

 彼は現れた。


「はい、そこまで。何もさせねーよ、化け物さん」

 やや溜め息混じりに、そんなセリフを吐きながら現れたのは。

 どこか気だるげな、死んだ魚のような目をした青年だった。

 彼は姿を現すとともに、右手に持つ剣を襲い掛かろうとした魔物の眼球に突き立てていた。

 そのせいで今度は痛みに声を上げる魔物。

「あーやっぱり……お前は前回のと同じ種の魔物だな。なるほど、それならこいつを持ってきた甲斐があった」

 左手には、何かの球のようなものを持っており、腰に巻いたベルトには、他にもいくつもの武器が取り付けられているのが見える。

「外が固いなら、内側からってね……」

 セリアは、その青年が何をするのか、その瞬間になるまでわからなかった。

 唐突に彼は、絶叫する魔物の口の中に、手にしていた球を抛りこんだのだ。

「ほら、逃げるぞ……」

「え?」

「こんなとこで燃えたくないだろ?」

「は? ちょっ……まって……ええぇぇぇぇっ!?」

 突然体を抱えられて、そのまま荷物を持つように軽々と運ばれていくセリア。

 彼女は魔物の様子を見ようと視線を向けたが。

「追ってきてるんですけどおおおぉぉぉぉっ!?」

「大丈夫大丈夫……建物の影に隠れてっと……」

 追ってくる魔物から身を隠すように、建物の影に移動した二人。

 その直後。

 町中で、まばゆい閃光とともに、魔物が爆散した。

 文字通り、爆発して散ったのである。


 その衝撃は、周辺を巻き込み。

 風圧だけで建物の外装を破壊した。


 まさに大惨事。

 魔物の手によるものよりも、大きな被害を引き起こしすことで、その討伐を成功させた一人の青年。

 セリアは彼を見て、思った。


 ――確か最近、王国内でも問題視されている人物がいると聞いた。

 しかもそいつは、周辺の建物すら意に介さず、どんなに被害をもたらそうとも魔物を駆逐する危険人物であり、指名手配犯でもあるという。

 そして、その彼の名は……。


「……まさか……レイル……アインザード……?」

「お? 俺の名前知ってんのか? これだからある意味の有名人は大変だ。やっぱ外に出るべきじゃないのかもな……」



 レイル=アインザードは捕えられた。

 これで魔物以外の脅威は減ったと言えるだろう。


「いや、ちょっと待って。おかしくね? おーい、出してくれよぉ! おーい」





 一カ月後。

「はぁ……けっきょくどうやって脱獄してきたんですか?」

「いや、だから普通に釈放だって。いろいろ条件付きだったけど、まぁなんとか知り合いの伝手を使って、ね?」

「どうなんだか……」


 後日、脱獄……もとい、釈放されたレイルのもとで。

 まるで秘書の真似事のようなことをするセリアがいた。


「まったく……どうしてこうなったんですかね」

「さぁ、なんでだろうな」


 ……出会ってからおよそ一カ月後になったが。

 ここに、妙なコンビが誕生した。





to be continued

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トランシア・リベルタス 蒼島みやび @miyabi_aosima

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