第2話 にゃぶちゃん誕生

 ええと……。こんにちは。

 ぼくは、にゃぶ。

 にゃぶちゃんって呼ばれてる。

 小暮家ではぼくはすっかり家族の一員なんだけれど、きっとよその家の人にはわからないだろうなぁって思って、ちょっと自己紹介に出てきちゃった。

 あんまり、おしゃべりはうまくないんだけどね。

 

 ぼくは風花ちゃんのともだち。

 小暮家だけにいる、変な生き物。

 うぅん。生き物……なのかな。まぁ生きてはいるけど。

 じつはぼくはね、祐輔パパの右手なんだよね。

 ほら、いま、何それって思ったでしょ。

 だから自己紹介に出てきたんだよ。


 ママが遠くにいっちゃって、風花ちゃんはものすごくさびしがったんだ。

 パパは風花ちゃんの気持ちがよくわかるから、いっぱい考えた。

 どうしたら、ちょっとでも風花ちゃんが、ママが帰るまで元気でいられるかなって。

 いっぱいいっぱい考えていた。


 ある日、風花ちゃんが泣いた。ぜんぜん泣き止まなかった。どうして泣き始めたかもわからなくなるくらいに泣いた。パパの声も届かない。何を言っても泣いている。

 祐輔パパは困った。

 困って、悲しかった。

 風花ちゃんを笑顔にできない自分が嫌だった。

 それで、とつぜん、ぼくは生まれた。

 気付いたら、生まれていた。

『にゃぶ』

 祐輔パパの右手。一生懸命なパパの右手が、にゃぶちゃんになった。

 影絵のキツネの耳がないやつっていったら、きみにもわかるかな。

 風花ちゃんはパペットが大好きなんだ。

 おうちには、ワニとかウサギとか、いろんなパペットある。

 でも祐輔パパは、そのとき忘れてた。

 早くどうにかしてあげなくちゃって思ってた。

 人間って、必死になると、ピコンって何かが思い浮かぶっていうよね。

 パパは泣いている風花ちゃんに、ぼくをパクパクさせながら、優しく声をかけ続けた。

『にゃぶ、にゃぶ』

 ようやくゆるゆると顔を上げた風花ちゃんは、僕を見てぽかんと泣き止んだ。

 ぼくはハンカチをくわえて、風花ちゃんにあげた。

 ぼくの初仕事だった。


 ぼくは「にゃぶ」しか言えないことになっている。

 おはようも、おやすみも、風花ちゃんって呼ぶのも、ぜんぶ「にゃぶ」だけ。

 だからぼくは、風花ちゃんにお説教できない。

 祐輔パパが風花ちゃんを叱ったあとでも、にゃぶにゃぶ言いながらのんきに風花ちゃんのところに行く。

 ぼくは風花ちゃんが大好きで、風花ちゃんが何をしたって味方なのだ。

 だからだろう。風花ちゃんはぼくの「にゃぶ」が、何を言っているのかわかるんだ。

 すごいでしょ。


 風花ちゃんは、ぼくによく話しかけてくれる。

 ちゃんとぼくを見て。

 ぼくと話しているときに、風花ちゃんがパパを見ることはない。

 裕輔パパはそれがとても不思議だと、いつも思っている。

 風花ちゃんはパパには言えないことを、ぼくには話したりする。

 ナイショ話はそのままパパに聞こえているのだけれど、風花ちゃんはぼくにだけ話しているみたいに見える。

 祐輔パパはそれがとても面白いと思っている。

 ぼくも不思議で面白い。


 このごろ、風花ちゃんはエサをくれる。

 自分のポケットをごそごそやって、小さな手のひらを開いて僕の前に出す。

「にゃぶちゃん、ごはんだよ」

 ぼくはその、何も乗っていない小さな手のひらを、にゃぶにゃぶついばむ。

 美味しい美味しい、ぼくのごはん。

 風花ちゃんの、優しいきもち。


 ぼくは風花ちゃんの、ともだち。

 それで家族。

 ときどきペット。

 変な生き物で、祐輔パパの右手。

 それがぼく。

 ぼくは、にゃぶ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る