無双の武者 六
天下泰平の朝方、権左は平伏して居る自らの従者のつむじを眺めながら、複雑な表情をしていた。
権左は城付きの武者である。
身の丈は6尺3寸、辺り一帯では類を見ない大男で筋骨隆々。
すわ山巨人の親類ではあるまいかと噂されることもあるが、父母ともに中肉中背の平民であるし、川辺で拾われたということもない。
そして全身の力は、外見に比してもなお桁外れに強く、尋常の武具は軒並み折れ曲がり引きちぎれてしまう。
故に武者としての武働きは専ら使い捨ての丸太と石つぶてという体たらくである。
そんな己の怪力に耐えれる武具を見つけて参りますと意気軒昂な従者の左兵衛を送り出したのが四日前だったか。
権左としてはその気持が何より嬉しかったし、本人もやる気ならと快く送り出したが、内心はあまり期待をしていなかった。
むしろ、気落ちして帰って来るだろう従者をなんと慰めようかと思案を巡らせていたほどだ。
そうして四日が経った朝、案に相違して左兵衛は生き生きと出仕してきて開口一番
「権左様に相応しき武具を作れるやも知れぬ職人を見つけて参りました!どうか七日の後に、某と黒龍洞に参ってくださいませ!」
などと宣って平伏するではないか。
聞いた権左は、いやいや真逆という疑いの気持ちと、ここまで左兵衛が堂々と述べるからには或いはという期待と、そもそも何故黒龍さまのお洞なのだという疑問がない混ぜになって顔に出たという次第だ。
取り敢えず疑問の方から解消しようと権左が経緯を問えば、なんでも黒龍洞に行倒れが住み着き、それが大層腕の良い職人だという。
そうして、方方の職人から断られ続けた左兵衛が一縷の望みと訪ねて事情を打ち明けると、権左の怪力を示す話を聞いた上でなお快諾したという話だ。
「行倒れの職人殿のう…」
ここまで聞いた権左の考えは実のところまだ疑いに傾いていた。
何しろ、快諾したと言っても直に自分の怪力を見たわけでもないし、行倒れに成るような職人の腕など果たして宛てに出来るかわからぬ話である。
だがまぁ、黒龍様の預かりならば不逞の輩ということは無かろうし、仮に技がまずかろうが黒龍様付きの職人の作ともなれば飾っておくだけでご利益がありそうだ。
どのみち黒龍様の仲介という時点で行かぬという道はない。
何より、ここまで粉骨砕身してくれた左兵衛の顔を立てぬ道理はない。
そうして疑い七割と言った具合ながらも、権左は七日の後の黒龍洞参りを約するのであった。
主君に一日の欠勤を乞うて承諾をもらい、練兵やら見廻りやらの業務をこなして日々を過ごしてついに、予定通り黒龍洞参りの日がやって来た。
期待はすまいと思いつつも権左は、朝からどこか心が浮かれるのを抑えることが出来なかったが、左兵衛の方は段々心配が勝ってきたのだろう、そわそわとした面持ちだ。
「これ。ヌシの方から願っておいてその顔は何だ。シャキッとせぬか。」
とは言え権左には左兵衛の不安がよく分かる。
何しろ権左は左兵衛以上に長い間、あちこちに武具を探し回って、その度に失望を味わってきたのだ。
そうして自分はもはや大して気持ちの上下もせぬように成ってしまったが、これが初めての左兵衛はそうも行くまい。
そう思えばどうしても苦笑交じりの緩い叱責だ。
それでも主人からの叱りは効いたのだろう。
左兵衛はパンと一回自らの両頬を張ると「みっともない所を見せました。平にご容赦を!」と背筋を伸ばしてみせる。
いやまこと、気持ちの良い心根の男よなと権左は思いながらにっこりと笑むのだった。
さて、主従が連れ立って歩くことしばらく、目的の黒龍洞に近づくと洞の前には人影が二つ。
片方は見間違えようも無い、黒龍様の人身だ。
してみるともう片方の男が職人殿とやらだろうか。
なんにせよ迎えを長く立たせておくのも無礼と主従は急ぎ足にて近づき、ほぼほぼ対面の適当な所で権左が片膝を付く。左兵衛は軽い平伏だ。
「大変ご無沙汰しておりました黒龍様!城武者の権左に御座います!本日はまこと不躾な願いをお聞き入れいただき恐悦至極に御座います!」
怪力に見合った大男の大声が響き渡る。
もちろん全力で叫んでなぞいないが、素の作りが大きいので多少張った声ぐらいでも辺りに響き渡る。
もっとも、対する黒龍はいささかもうるさそうな様子など見せず、笑顔で応える。
「うむ、よう来たのう権左。最後に顔を見たのはヌシが元服してすぐじゃったかのう?もっと訪のうてくれても良いのだぞ?」
むしろ、もっと頻繁に顔を見せろと突付く。
「は…そ、それは真に申し訳なく思う次第にございますが…その、某も主君の命が色々とその…」
冷や汗をかきかきしどろもどろになる権左。
「おっと、いけぬいけぬ。このように弄われては増々足が遠のいてしまうの。音に聞こえる無双の武者が忙しいのは重々わかっておる故、寂しい龍の戯言と流してくれい。」
そこで黒龍の側の男が、自らも挨拶をと一歩前に出て口を開く。
合わせて権左主従も立ち上がる。
「はじめまして権左さん。私は黒鉄鋼治と申します。黒龍さんに拾ってもらい、ここで職人仕事をさせてもらってます。今日は細々と指図させてもらうかもしれませんが、納得行くものを作るためということで、一つよろしくお願いします。」
そう述べて軽く一礼。
これを見て権左は、物腰柔らかだがなるほど確かに職人らしい飾り気の無さよと納得をする。
拵える物が第一というのがにじみ出ている言葉に、少し期待が膨らむのを感じるのであった。
さて、黒龍洞の瘴気の問題も有る。
さっさと用件を進めようと言うことで、そのまま外での打ち合わせが始まる。
「まず、大きな方向として、どういう形の武器を作るかを決めたいと思います。基本そちらのご要望をお聞きしたいと思いますが、もしこれと言った拘りがなければ、私からは鋼棍を提案させていただきます。」
まずは職人の側から鋼治。
これに権左が答える。
「ふうむ、鋼の棍にござるか。某、武具は全般扱えまするが、お聞きの通りいつもは丸太を振っている始末。それを繰り返せば結局一番手慣れておるのは棒でござるな。職人殿は如何なる故にて鋼の棍と?」
今度は権左が問うて鋼治が答える。
「大きな理由は権左さんが仰られたとおりです。実際の戦いで使っていただくためには、すでに馴れたものからあまり外さないほうが良いだろうと思いました。加えて職人の都合として、太さが均一で曲がりや欠けを作らない形は一番強度が出しやすいです。あとは長尺で六角の鋼棍なら、武者の皆さんで並んでもそう見劣りすることは無いだろうと思います。」
言われて主従は風体を想像する。
権左のいつもの武者姿から丸太を引いて身の丈強ほどの六角棍を持たせる。
黒々とした鋼の風合いがあればなるほど、立派な武者姿だ。
何より鞘だけ金銀豪奢な剣を佩いている姿などより、よほど権左らしい質実剛健の武者姿とも思える程だ。
「大変よろしかろうと某は思いまする。」
左兵衛が述べて。
「確かに。善し、職人殿。それでお願いしよう。」
権左も諾する。
こうして武具は六角の鋼棍と相定まった。
さて、物が決まれば続いては大きさ・太さと言った部分を決めていく。
通常、武器としての六角鉄棒はせいぜい四尺、太さ一寸という所が限界だ。
何しろこれで二十斤(約7kg)を越えてしまうため、尋常の力ではそうそう振り回せるものではない。
地球の日本で言う日本刀、その普及型である打刀が精々二斤~四斤(700g~1400g)程度。
それですら鍛錬を積んでいない人間には満足に振れないのだ。
しかし、今回は音に聞こえた無双の武者の武具。
一般の常識など捨ててかかるべしと鋼治は考える。
そこでまずは、権左の剛力をざっくりとでも掴もうと用意しておいた物を引っ張り出してくる。
長さ七尺(約2.1m)、太さ一寸(3㎝)、重さ堂々の四十斤(約14kg)の鋼鉄。
ちょうどさっきの例の倍の長さの鋼棒である。
ただし、ざっくりとこしらえただけなのでそっけない丸棒であるし、微妙に太さも不均一だ。
これをどう持て扱うかで、権左の剛力をおおよそ測ろうという次第だ。
「権左さん。棒の案がそのまま通ったら試しに振ってもらおうと思って用意してたものです。これで丁度よい長さや太さを探りましょう。」
洞の奥から鋼治が抱え込んで運んできた棒を、権左がひょいと受け取る。
確かに成人男性なら運べぬことはない重量だが、それでも片手でらくらく受け取るのかと鋼治は想定を引き上げる。
「相わかり申した。それでは失礼して…むん!」
棒を受け取った権左は、一声気合を入れて棒を振り始める。
元は手慣らしと言った具合にゆるゆると、次第に速さをましてブンブンと。
両手持ちで振り上げ振り下ろし、中程をもって両端で打ち据え、素早く滑らせて掬い上げ打ち、体ごと回して連続打ちと目まぐるしく身体と棒が舞う。
「ほおう、やはり音に聞こえし武者。見事な武技よ。身体も棒もまるで風よの。」
様子を眺める黒龍が感心して褒め称える。
確かに武術の素人の鋼治から見てもはっきりわかるほど、権左の棒さばきと身のこなしは見事なものだった。
見守る左兵衛はもう鼻高々だ。
しかし、これからピッタリの武具を作ろうとする鋼治としてはそれ以上に気になる点がある。
(重さ14kgの鋼棒が軽々と…。まるでひのきの棒だ…。しかも、心なしかしなってるな。)
急拵えで太さも均一ではない長棒とは言え、太さ三寸の鋼の棒が、人力で振り回されてしなっている。
鋼治は内心が顔の引きつりと出ないように極力努力しながら、観察を続ける。
そうして職人の執着心でしつこく観察を続けると、ふと気づくものが有った。
(なんだろう…権左さん、なにか気遣ってる?)
一方、鋼の棒を振り回す権左は、もうこの棒を引き取っていくので良いのでは無いかと思い始めていた。
何しろ、これほどの長尺で均一な太さの鋼の棒を用意できる職人など今までいなかったのだ。
確かに見た目は素っ気もない丸棒だが、そこはそれ、何か飾り紐でも巻いてやれば充分に見栄えするだろうし、黒龍様からの賜り物だと言えばくさすものなど居はすまい。
そう考えながらひとしきり棒をこなして、一息つくかと手を休める。
そこに鋼治から声がかかる。
「長さ太さはどうですか?」
「そうですな…長さはこれにて、太さはもうほんの一回り太くてもよろしいかなと。しかしまぁ、この長さの鋼棒を用意してのけるとは大した腕のご様子。いや、御見逸れいたした。」
権左がそう答えると、鋼治は一寸迷う素振りを見せてから言う。
「そうですか…ところで権左さん、もう一度、今度は壊すつもりで使ってもらえませんか?」
権左は思わず鋼治をまじまじと見つめてしまう。
してみれば鋼治の顔には怒り…とも違う何かの強い意思が滲み出ていた。
権左はほんの少し気圧されるものを感じながら驚きを覚える。
まさか、棒を曲げぬよう僅かの気遣いをしていたのを見抜かれるとは。
なんにせよそれが職人の矜持に障ったのなら、ここは出し切って見せる他あるまい。
「…然らば、今度は実際に物を打ってみたいと思う所存。よろしいか。」
「はい、力一杯やってください。」
権左が確認すれば鋼治が即答する。
見守る黒龍は興味津々で、左兵衛はそわそわ落ち着かぬ体だ。
ならばと権左が棒を携えて向き合うのは洞の近くの大岩。
構えは両手を棒の片端に揃え、肩の高さでぐっと引き、先端は頭の上、背の少し後ろに。
見守る鋼治から「打者だ…」とかすかなつぶやきが漏れる。
そうして構えて静止。
数瞬の沈黙の後、裂帛の気合が声と成って響き渡る
「ちぇえええりゃあああぁぁぁあ!」
空気を切り裂いてではなく、空気を弾き飛ばして鋼棒が岩を打つ。
撃音。
岩が礫と成って飛び散って地面に突き刺さり、遅れて短い棒状のものがひゅんひゅんと空を舞い、地に突き刺さる。
見れば大岩はごっそりとえぐられ、鋼の棒は先端四分の一程がポッキリと折れ飛んでいた。
ああ、やはりこうなってしまったかと、どことなく遣る瀬無いものを感じながら権左はゆっくりと鋼治たちの方に向き直る。
こうして己の全力を見せると、職人たちは決まって「どう穏便に断ろうか」という思案顔か、手に負えぬと引きつった顔をするのだ。
証拠に左兵衛はもうだめだと顔を覆っている。
しかし、鋼治から向けられた視線は案に相違して生き生きと輝くものであった。
「ありがとうございます権左さん。色々わかりました。改めてこの仕事を請け負わせてもらいます。良いものを作りましょう!」
そんな鋼治の顔を見つめながら、権左の心には今度こそ違うかも知れぬという気持ちがムクムクと湧いてくるのであった。
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