無双の武者 七
客人二人を帰した後、鋼治はポッキリ折れた鋼の棒を前に唸っていた。
棒が折れたことそのものは問題ではない。
これはあくまで力試しのための素延べ棒であり、どのみち溶かすか打ち直して素材にする予定だったのだ。
問題はそこで判明した権左の剛力の方だ。
怪力無双そのものは伝え聞いていたとおりなのだが、己の目で見れば更に色々と判明した。
権左はただ力が強いだけでなく、その力を最大の威力として発揮する技術も兼ね備えている。
しかし、桁外れの剛力と見事な運体、その二つが合わさる先に耐えられる武具はない。
この際、試しで大岩を打つなどという通常の武具にとっての無茶をしたのは問題ではない。
権左はそれを出来てしまう力と技があり、求めているのはそれに応えられる武具なのだ。
これはなるほど近隣の職人が軒並み降参したというのも分かる話だ。
鋼治も普通の鍛冶職人としては殆ど降参の体だ。
何しろ、太さを多少増すにしても精々一回りであり、それで強度が劇的に向上するのは期待できない。
鋼の性質を弄るにしても、現時点ですでにしなっていた以上、これ以上靭性に寄せれば最悪振っただけで曲りが出る。
しかし硬度に寄せたら岩を打つ衝撃に耐えられ無い。
では武器の形状、種別自体を変更するか?
剣・刀は論外だ。
太棒で耐えられない力と衝撃に耐える物を同じ技術で作れるはずもない。
槍はどうだ?
実質、棒と同じだ。
耐えられる槍を作れるなら耐えられる棒を作れる。
斧や棍棒なら或いは。
持ち手を権左の手に合わせた上で、その先をひたすら太くしていけば行けるかもしれない。
だが、権左は棒が一番使いやすいと言っていた以上、なるべくなら要望に沿った形で作ってやりたい。
それに、持ち手周辺に掛かる応力を考えると不安も残る。
あの剛力ならば、30kgぐらいのものを勢い良く振ってピタリと止めても不思議ではないのだ。
先端部にバランスを寄せ過ぎれば、最悪、持ち手の先で曲がるかもしれない。
まぁ、これは実際作ってみないと何とも言えない部分がある。
材質面でどうにもならなかった時の案として取っておこう。
強度だけを論ずるなら、鋼の塊に掴むところだけを付けた護拳のようなものも考えうる。
が、毒を持つ妖かしの討伐など間合いを取らねばならない相手も多いとは黒龍の言。
あまりに間合いが短い武具はナシだろう。
この様に、普通の鍛冶職人としてはかなり追い詰まっている感のある鋼治だが、権左主従にやれると応えたのは見栄っ張りや虚勢ではない。
まだ奥の手、或いは本命の手が有るのだ。
「と、なると、やっぱりコレの出番かな」
そう言って手に取ってかざすのは黒い板状の何か。
陽の光がわずかに透けて見える、冴え冴えとした黒色のそれは、大きな鱗であった。
「おお、やはり使うのか。良いのう良いのう。洞の奥にはいくらでも積んであるし、後からも増える。是非活かしてくれい。」
特に理由もないが鋼治にぺたりと寄り添っていた黒龍が、鋼治の手に有る鱗を見て嬉しげな声を出す。
微かに透き通る大きな黒色の鱗。
そう、これは他でもない黒龍の鱗である。
古来、龍の血肉には特別な力が宿るとされる。
地球の神話や物語を紐解けば枚挙にいとまがないし、この地においてもそれは同じ。
いや、この地に於ける龍の力とは現実のものだ。
地の大龍である黒龍の鱗はとてつもなく硬く重く、尋常の炎では焦げ目一つ付きはしないし、雨風にさらされても朽ちない。
鋼治の推定だが鱗の硬度は地球のダイアモンドを上回る。
それでいて多少の弾性も備えていて、全体として恐るべき強度になる。
これだけ聞くと、武具や道具の素晴らしい素材になりそうなものだが、問題はその耐久性がそのまま加工難度につながってしまう点だ。
まず鋼鉄程度の道具では全く歯が立たない。
加えて熱にも非常に強いため、加熱変性させての加工も難しい。
極低温は試し様が無いため不明。
強酸が手に入らないため詳しくは不明だが、大半の酸やアルカリに対しても恐らく安定だろう。
少なくとも酢漬けや灰汁漬けにした程度では何ら変化しない。
柔らかくしたり脆くしたりする方法が皆無のため、人間の技術では加工が至難の素材というわけだ。
そんな黒龍鱗だが、鋼治はすでに限定的な加工に成功している。
川村の住人、三吉と五助に渡した小刀がそれだ。
恐ろしい硬度を誇る黒龍鱗だが、その鱗同士をこすり合わせれば少しずつ削ることが出来る。
また、黒龍自身は鱗以上の硬度の牙を持っている。
黒龍が鱗を噛んで大まか形を作り、そのあと地道に鱗同士でこすり合わせて削り出していったのが、あの黒い小刀の正体というわけだ。
恐らくこの鱗か、或いは牙を素材とすれば権左の剛力であっても耐えるものが出来るだろう。
だが、必要なのは長尺の棒に出来る素材だ。
黒龍の鱗はほぼ円形で、大きいと言っても大人の手に少し余るぐらい。
厚みは5ミリ程度。
これを削っただけではやはり小刀が精々である。
牙はそれより大振りだが、やはり長尺の棒には足りない。
そのままでは短刀が精々か。
故に鋼治は前人未到の領域に踏み込まねばならない。
基材となる鋼と、黒龍の鱗を合わせる―――全く新しい合金の創出だ。
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