無双の武者 一
夕暮れの道をトボトボ歩きながら、左兵衛は悲嘆に暮れていた。
左兵衛には権左という主人がいる。
城仕えの武者である権左は、武勲も山盛り、近辺にその名を轟かせる無双の武者であった。
左兵衛はその家来として仕え、主人の剛勇を目の当たりにする度、惚れ直すような気持ちになるとともに惜しいという気持ちもむくむくと湧いてくるのだった。
それというのも、主人の武の質が理由であった。
昨年の話だが、山の方の村で三つ首が出たということで、その退治を権左と左兵衛が仰せつかった。
三つ首というやつは名の通り頭が三つ有る大犬の妖で、その大きさは牛ほどにもなる上、すばしこく動く。
その牙にかかれば人などボロ雑巾の様に引きちぎられる上に、首三つで死角もなかなか無い。
鼻が利いて知恵もそこそこ回るので罠にかけるのも難しいという、なんとも厄介な妖である。
常ならば山狩りの末に完全武装の武者・兵卒を十人から揃えて囲み、それでも死人が出るやもと覚悟せねばならぬ相手であり、小さな村であればとても太刀打ちできぬ。
こいつが出れば村全体逃げねばならぬこともあるのだ。
さて、村に逗留して数日経ち、すわ三つ首が出たぞという声に権左がひっつかんで駆けていったのは、丸太である。
太さ三寸ほどで長さは一間程の生の丸太。
なんとか片手で掴めるかというそれを、軽々と持って三つ首に駆け寄る権左。
主人の戦いを心得ている左兵衛は、三つ首にヒョイヒョイと矢を射かける。
左兵衛が引ける程度の弓では三つ首にさしたる傷も与えない。
怒らせるのが目的である。
案の定、たった二人と見て取った三つ首は、逃げることもなく権左に駆け寄る。
さて、たかが人間一人すぐに噛みちぎってくれるわと三つ首が飛びかかる瞬間、権左が丸太を横薙ぎに振るう。
ぴうん。
まるで小枝を振ったような音の後に、ばりぃともぐちゃあとも聞こえる音が響き、三つ首は一つ首になっていた。
権左が振るった丸太は三つ首の首をまとめて二つ爆ぜさせ、同時に丸太も先三分の一ほどが木くずとなった。
返り血というより血煙を浴びて赤鬼もかくやという面相になった権左は、そのままもう一歩踏み込み、残り一つの首に丸太の残りを叩きつける。
先程よりは控えめな音とともに丸太は折れ飛び、一つ首はひき肉首となった。
丸太を二回振って退治の終了である。
このように無双というほかない権左の武者振りなのだが、丸太ですらこの有様では、尋常の槍や剣などでは全く権左の怪力に耐えられない。
もちろん、弓を加減して引けば使えぬこともないし、槍や剣とて使いこなせる武技は持ち合わせている。
だが、壊れやすい武具に合わせて力を抑えるより、丸太で力一杯殴りつけ、石を力一杯投げるほうが遥かに強いのだ。
結局、妖退治でも戦働きでも権左の武器は使い捨ての丸太か、投げつける石かという話になってしまう。
武働きが一番で、格好など二の次よと権左は言うのだが、きらびやかな武者が立ち並んだときに丸太を抱える権左の姿はいかにも垢抜けないし、なにより権左自身が時折、自身の怪力を疎ましく思うようなことをこぼすのだ。
左兵衛は、尊敬する主人がその無双の力を嘆くような姿は見たくなかったし、素晴らしい主人を指差して丸太武者よと嘯く奴らを見返してやりたかった。
故にある日、とうとう決意して主人にこう言ったのである。
「私に五日の暇を下さい。必ず権左様にふさわしい武具を見つけてまいります。」と
そうして固い決意と共に出発して四日目の夕方、左兵衛は求める武具の手がかりすら得られず、途方に暮れて歩いていたというわけだ。
どこの鍛冶屋や弓師、はては大工のところまで行っても返事は否ばかり。
なにせ主人は国中に聞こえる剛力無双の武者である。
自分の作った武具が無残に砕け散れば、職人の矜持も評判も諸共に粉々だ。
おいそれと請けられぬのもわからぬではない。
だが、一人ぐらい難題に挑んでくれる性根の職人が居てもよいではないかと左兵衛は嘆くのだ。
ともあれ、約束の日時は既に四日を使い切らんとして、その手がかりはまるでなし。
優しい主人のことだ、見つけられませなんだ申し訳ございませんと左兵衛が謝るのを責めることなど決して無いだろう。
それどころか、意気消沈する左兵衛をなんとか励まそうと言葉を掛けてくれるのすら目に浮かぶ。
そして、自分の怪力が迷惑を掛けるというようなことを言うだろう。
それが左兵衛は我慢ならぬのだ。
自分の主人は、権左は無双の武者であり、その武にいつでも胸を張って居てもらいたいのだ。
それを自分のせいで卑下させるなど悔しくてしょうがない。
だが、現実は非情なもので、主人の元へ手ぶらで帰る刻限はどんどん近づいている。
この際、現物は後でも良い。
せめて手がかりだけでも下され天神地神龍神様と悲壮な顔で祈りながら歩いていると、ひょっとこんな声が耳に入った。
「いやいや、まことこの小刀は凄まじいのよ。何を切っても刃こぼれどころか一向に鈍りもしねぇ。五助のやつなんか、まちげぇて岩に落としたら突き立ったと驚いていた具合だ。あの職人さんはきっと黒龍様のご加護を頂いて、秘密の技でも持っていいるに違いない。」
うなだれていた顔を上げれば、道沿い茶屋の軒先にて百姓らしき男が自慢げに話しているのが見えた。
その手には黒々とした小刀。
岩に落としても突き立つ小刀とは眉唾の限りだが、もしそれが真実ならばと左兵衛は男に駆け寄り、どうかその小刀を見せてくれと言う。
お武者様の言うならばと手渡された小刀は、艶々とした黒一色。
これは見た目だけでも立派なものよと思うが、本題はそこではない。
黒の小刀を木台に置き、百姓が不審な顔をする間もなく腰の剣を引き抜いて、えいやと一閃。
ガキンと音が響くとともに、振り下ろした剣が小刀の形に欠けてしまい、小刀は傷一つなし。
あんた何しやがると百姓男が詰め寄るが、左兵衛は逆に男に取りすがる。
どうか、どうかこの小刀を作った職人を教えてくれと。
百姓男に謝罪と少しの謝礼を渡して聞けば、なんでもあの黒龍洞に近頃住み着いた職人の作だと言う。
溺れるものが掴んだ藁か、或いは龍神の賜り物か。
なんにせよ一縷の望みを掴んだ左兵衛はその足で黒龍洞へと駆けるのであった。
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