第3話

意識が複数の存在に分離してから数か月後。

私は地元の心療内科に居た。県立高校進学後からあまりにも言動がおかしくなったので、何かしらのストレスが溜まっているのだろうとかかりつけの内科医に判断されたためだ。

心療内科も心因性の病を治療する『内科』なのだが……そこはツッコまなくてもいいか。

心療内科で簡易的な心理検査、血圧測定などの身体検査を受けた数週間後につけられた病名は『解離性障害』だった。

現時点で、身体的には何の問題もないらしい。それはそうだろう、数字は何の高低もない。

それよりも『解離性障害』とは一体……。


「解離性障害……?」

「健忘や離人感、多重人格などの症状を引き起こす精神疾患の一種です。あなたの場合は複数の人格の存在こそ確認されましたが、記憶をお互いに共有しているので、解離性同一性障害だという断定は出来ません」

「解離性同一性障害? それが多重人格ってやつですか?」

「そういうことですね」


自分が精神疾患。まさかと思った。

どうしても信じたくなかった。私が15年間で必死に積み上げてきたものを否定されたような感じだったからだ。

しかも『鬱病』や『躁鬱病』、『統合失調症』の類は世間にもよく知られていたが、『解離性障害』というのは当時あまり知られていなかった。

だからこそ、自分がそういう類の病気になってしまった、あるいはその疑いがあると言われたら否定したいと願ったのだ。


―――けれど、現実は残酷だった。

医者が提示した症状のほぼ全てが当てはまったからだ。これはもう認めざるを得ない。


「この一族から精神障害者が出たのは初めてだよ、発達障害者は居るけどさ」


親戚たちの私を見る目も変わった。

全日制高校を僅か1年で中退し、定時制高校へ再入学した私は一族の恥のように扱われた。しかし、どちらの同級生たちも私を『仲間』として見てくれた。

精神的な障害はあれど、培った友情は変わらないと身を持って教えてくれた。


「大丈夫だよ、あんたはあんた」


本来の同級生が上級生になると言う屈辱的な経験から心を閉ざしていた私に、精神科への転院と様々な福祉サービスを教えてくれたのも友人だった。


「精神科に行けば、何か分かるかも知れないよ」


そう言われ、初めて行った精神科はとても穏やかな雰囲気で私を迎えてくれた。


「障害名としては広汎性発達障害と解離性障害の2つですねぇ……あとは、抑うつ傾向もあるかな?」


私の担当医となった三石さんは、穏やかな雰囲気を纏いながらもハッキリと障害の名を告げた。

解離性障害は先程の通り。

発達障害は主に自閉症と呼ばれる障害の大元であり、得意・不得意の差が日常生活に影響を及ぼしている『発達凹凸症候群』とされている。

健常者に分かりやすく説明すれば、出来ることと出来ないことの差が激しいという状態か。

高機能の発達障害者は二次障害として精神疾患を引き起こしやすく、私はたまたま解離性障害を二次障害としたらしい。


「へぇ……」


けれど、この当時の私は納得していなかった。

弟が知的障害のある自閉症―――そう、発達障害のイメージに高機能なんてなかったのだから。

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DISSOCIATIVE DISORDERS 藍美 @awomi

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