第2話

目覚めたとき、私の脳内の世界は一変していた。


「―――は……?」


そこに居たのは何人もの男女。

全員が泉のような場所に足をつけて談笑している。私はその泉から離れた場所に放置されていた。見たところ、全員が10代から60代くらい……10歳未満の子供と思われる存在も一人居た。


「おや、お目覚めかな? D-01さん」

「からかうのは止めな。こいつは一応、私たちの統括者なんだから」

「(統括者だと? 何を言ってんだ、こいつらは……)」


私の心の叫びなど全く気にしていない人間たち。

いや、彼らは『人間』などではない。何故なら今、この時点で私の身体を動かしているのは『S-10』と名乗った存在だと明確に分かるからだ。

つまり、これは私の頭の中の世界。だとすると妄想なのだろうか……?

それにしては聞こえてくる声も彼らの触ってくる感触もリアルだ。


「おやおや、状況がよく分かっていないようで」

「状況説明してないの? S-10は不親切ね」


状況説明どころか眠らされて終わりなんだけど……。

自分が置かれている状況をさっぱり理解していない私に、『S-07』と名乗る人物が説明してくれた。

中学1年生から続くいじめと家庭環境に耐えきれず自分たちを生みだしたのだ、と。


「家庭環境も原因の一つだって? うちの環境は比較的普通だろうよ」

「弟さんが居られるでしょう? 彼のことをどうするか―――それについて悩んでいたのではありませんか?」


確かに。

知的障害のある弟の面倒は私が見ている。弟を通わせる予定の中学の見学も私が行った。未成年であることが理由で、書類にサインをしたのは両親であるが。


「いじめや親御さんからの無言の圧力が負担になって、知識や感情を私たちと分けたのです」

「よく分かんないけど……要するに『私』と『あんたたち』は同一の存在ってわけ?」

「多重人格で普通は共有しない記憶を共有していると言えば分かりやすいかな?」

「あー……はいはい。と言うことは夢ですね、分かりました、ありがとうございました。どうぞあなたがたは消えてください。私は一人でも十分に役目を果たせますので」


夢ではないと分かっているけれど、夢だと信じたかった。

いきなり30人を超える意識の分裂が起きて、その原因が家庭や学校にあると言われてしまえば誰でも信じられないだろう。

そんな小説のようなことが自分の身に起こるわけがないと必死に言い聞かせて―――私は今起きている現実から目を背けようとした。

多重人格は創作の中だけの話だ。現実に起きるはずなど……あの頃の私はそう思っていたのだ。

後に、精神疾患の診断を伝えられるまでは。

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