憂鬱03 トリガー・ハッピー・エンドの導き

††

 

 

 アーセナル残党の襲撃!

 予想していなかったわけではないけれど、しかし速すぎる!

 噴煙ふんえん舞い散る事務所から飛び出しつつ、僕は視線を巡らせる。

 

「右だ。ロリニウム第三大路」

 

 どこからか相棒の声が響く。

 吸血鬼のニュータントたる彼は、その全身を極微小な血液の霧に変えることができる。日光下では半ば無効化されるため、その能力はあまり役に立たないが、夜の世界でなら無敵の諜報能力と化す。

 あらゆる隙間、あらゆる場所へと拡散した刹理は、僕へと必要な情報を次々に提示してくれる。

 愛車の自動二輪ドゥカティ・ドレッドデッドにまたがると、僕はエンジンをスタートする。

 敵がどこに向かっているのかは、すでに刹理が教えてくれていた。

 

 

 ††

 

 

 エンブリヲ・シティーの中心には、摩天楼がそびえ立っている。

 バベルの塔の再来とも呼べるその建造物は、超構造ストラクチャーで構成され、いかなる兵器であっても破壊することはできない。

 午前中、アーセナルがユリを連れて行こうとした場所がここで、戦闘があったのもここだった。

 

「つまりこうだ――摩天楼が窮極幻想へと繋がっている?」

「剣士が考えそうな愚劣な意見だ。脳味噌まで砂鉄でできていて、柔軟な発想が出来ないのだろう」


 おまえは柔軟というか血の霧だし、鉄っていうのならあの人形少女のほうだけどな! とか内心だけで思いつつ、僕はゼロ・イレイザの剣身だけを突き入れつつ、内部の様子をうかがう。

 普段は入口すら開いていない摩天楼。

 だがいまは、ぽっかりと入口が開いている。

 

「ええい、ままよ!」

 

 長考は無意味、どころか長引けばあちらの思惑通りだと割り切り、思い切って誘いに乗り飛び込むと、内部そこは光に満ちていた。

 どこまでも続く、まるで星の世界まで届きそうな吹き抜け。

 摩天楼の中心に、純白の花が咲いている。

 ユリ・アテンダント。

 〝白い家カサブランカ〟が生み出した自動人形〝導きの白乙女百合カサブランカ・リリー・アテンダント〟――通称〝ユリ〟。

 そしてその白百合を抱きしめるようにして、顔に入れ墨――見覚えがあるそれは、獅子に薔薇――がある黒衣の、陰険な顔立ちをした女が立っていた。

 その顔が、僕を見た瞬間激しい怒気に染まる。

 女が、口汚く叫ぶ。

 

「ファアアアアキィンンンン!! 台無し! ぜんぶ、あんたらのせいで台無しよ! あたしさまはこいつを使って窮極幻想に至るはずだったのに! 組織の構成員を全員イケメンにして、あたしさまの王国を築くはずだったのに! くそったれどものせいで、なにもかもが台無しよ!!!」

「いや……いきなりそんなん言われても……その、知らんし……?」

「軍事工場で働く部下全員がイケメンなのよ!? 天国じゃない!! それをよりにもよってあんたたちが――ッ」

「……あ? 軍事工場……?」


 まさか、アーセナルってそう言うことか?

 軍事工場アーセナルの名を冠する組織だから、銃器に身体を変質させるニュータントが構成員だったのか?


「じゃあその刻印は、アーセナル構成員の印か! 通りで見覚えがあると思った! くそ、おしゃんてぃーな刺青しやがって! なんか腹が立つぞ!」

「腹が立っているのはこっちよバッカじゃないの!? シット! 飄々としやがって!! ――なんて、いつまでもお喋りしてくれるとでも思ったの? そんなこと、ぶっちゃけいまはどうでもいい。ねぇ、わかる? なんであたしさまが、わざわざんたらの尾行を、許したのか?」


 寸前まで怒りに沸騰していたその女が、唐突にニヤリと口元を吊り上げ、笑う。

 笑い、顔を歪め。

 そして、爆発した。


「あんたらを――!!!!!!!」


 吐き出される赫怒かくど

 シンプルで濃密な殺意。

 その相貌が、極限まで煮詰められた怒りに不細工にゆがむ。

 そいつは、確かに僕らを憎んでいた。

 燃え上がるような憎悪だった。

 僕はそれを見て。

 天を仰いで。


「……はぁ」


 うんざりと、溜息を、ついた。

 あーあー、もう……ほんと、三下の台詞だねぇーほんとに。

 

「ぶち殺すって……そんなに邪魔されたくなかったら僕たちのことなんて無視すればよかったんだよ。実質なんでも屋の三流探偵は、割に合わなきゃ手を引いたのに」

「だったらいまからでも――」

「でも、もう駄目だね」

「――っ」

 

 僕は語気を強め、告げる。

 宣告する。

 そう、もう駄目だ。おまえは僕を、怒らせた。

 だって――

 


「事務所のローンは、まだ24年分も残っていたんだからなぁぁぁぁ!!!」



 そうだ、24年、24年分だぞコンチクショウ!


「な、なにがローン」

「うっさい! ローンはローンだよバカタレが!」


 相手の言論を封殺し、素晴らしく正しき怒りに覚醒した僕は、正義的鉄槌をくだすべく、そいつに向かって疾走を開始した。

 すでにゼロ・イレイザは抜剣ずみ。

 普段の鍛錬のたまものである身体能力で、相手の反応速度を超えて一瞬で肉薄。一刀のもとに斬り伏せようと刃を振り抜く!

 安心しろ、僕の能力で峰打ちにしてやる!


「だからおとなしく死んどけ!」


 矛盾した言動とともに刃を振り抜く僕を――


「――!」

 

 女が、嗤った。


 背筋を極大の怖気がはしる。動作を停止し、反射的に後方へと跳躍すべく地を蹴ろうとして――

 

「――――」

「――きひ」

「――――」

「きひ――きひひひひははははははははは!」

「――くそ、ったれっ」

 

 灼熱感が、僕のどてっぱらを貫通した。

 斬りかかった瞬間、視界が〝闇〟に包まれたのだ。

 

 あのとき、事務所で起きたのと同じ現象。

 つまり――

 

「きひゃひゃひゃひゃ! そう! これがあたしさまの能力のひとつ! 〝注意深き目隠し触診ケアフル・ブラインドタッチ〟! 視界と任意の感覚を奪う能力よ!」

 

 高らかに、勝ち誇ったように女が哄笑する。

 見えない。

 確かに、眼が見えない。指先の感覚もほとんどない。

 ただ、腹から熱が流れ落ちていくのは解る。ひどく寒い。

 まずいぞ、これは致命傷系の……。

 

「御剣玲人! あんたが剣を無効化できるのは知っているわ! 幻想都市のナマクラ剣士といえば有名だもの! でも銃は? 銃弾は!? できない、出来ないでしょう! 第二の能力! 銃は指ほどに物を綴るハンズ・オブ・ガンよ! あはははは! 吸血鬼のほうもなにもできないでしょうよ!」

 

 どうやらその通りで、刹理の声は聞こえない。いまの奴は全身が感覚の塊で、それを奪われては声も出せないし動けない。

 

「怒ったって言ったわよね? いいわ、怒りなさいよ。でもね、こっちはその三千万倍頭にキてんのよ! だから――あんたは苦しんで死ね。痛覚と聴覚は残しておいてやる。いまから、死の残響を聴くがいいわ!」

 

 カチャリと、奴の右手が変化した銃器が、僕の頭部に付き付けられるのが解った。

 死。

 間近に迫る死。

 僕は。

 僕は、こんなところで――

 

!」

 

 今際の際に聴こえたのは、人形の声。

 なにかの感情に濡れた、決死の声。

 

「御剣玲人! 私は、私はあなたたちをエンブリヲに――」

「しねぇえええええええええええええええ!!!」

 

 麗しの自動人形の声をさえぎって、対敵が死の宣告を叩き付ける。

 ――ああ、もう。

 まったく、チクショウめ。

 アテンダントの名前は、伊達じゃなかったってわけか――

 


「――〝遅れる斬撃レイジィ・ブレイド〟――」


 

 僕の呟きと同時に、耳をつんざく悲鳴が上がる。

 視界が、唐突に回復する。

 億劫ながら見遣れば、あの不健康そうな女が、胸を押さえてたたらを踏むところだった。

 

「御剣玲人!」

「……おう」

 

 悲鳴を上げるからだを、それでもムリヤリ引き起こし、僕は駆け寄ってきたユリを抱きとめて笑う。

 悪人女レディ・ヴィランが、ヒステリックな疑問を叫んだ。

 

「な、何故!? 何故、――」

「軍事屋の女王さま。怒りに目が曇った愚かな女王様、僕の真の能力を教えてあげよう。遅れる斬撃。こちらは本来、刀をナマクラにするのではなくってね、、きみと同じく――そんなニュータント能力なのさ」

!」

 

 ユリが理解の声をあげる。

 そう、僕は最前、彼女の胸を切っていた。。だからそこから、いまこの阿呆に向かって斬撃を飛ばすことができたわけだ。

 さぁて、親切な種明かしはここまでだ。

 

「愚か極まりない軍事工場の女王さま、おまえの敗因は、欲に目が眩んでユリを離さなかったことさ。つまりはそう、さしずめ――」

 

 

 彼女は、大団円の引き金トリガー・ハッピー・エンドだったってわけさ。

 


「――くっ」

「んー?」

「――この、くそやろうがああああああああああああ!」

 

 心臓を貫かれ、なおもその手が変化した銃を振り上げようとする彼女を、突如赤い霧が包み込んだ。


「……遅いぞ、相棒?」

「きさまの斬撃よりは早い」


 軽口を叩きあい、吸血鬼あいぼうの復活を見届けて、僕はとうとうその場に崩れ落ちる。

 

「玲人? 玲人!!!」

 

 ガラスをはじくような美しい、だけど悲痛な自動人形の声が遠い。

 眠い。

 眠ろう。

 僕は、闇の中に落ちていきながら、考えた。

 事務所は無くなっちまったし、それでもローンは払わないといけないし、今回の依頼は骨折り損のくたびれもうけだし……どいつもこいつも感情的で考えなしだし。

 それに。


 ああ、まったくもう。

 まったくちくしょう――こいつは僕にとって憂鬱だが。


 そうだな。

 ――


 命の恩人たる君の笑顔が見られるのなら、窮極幻想エンブリヲを追い掛けてみるのも――悪くはない。


「……最高とは、言わないけどね?」


 呟き、そしてきっかり0.1セコンド。

 僕は完全に、意識を手放したのだった。



 ††

 

 

 ――のちに、エンブリヲ・シティーで勇名をはせることになる三人組の探偵ニュータント。

 Yユリ&Bブレイド&Vヴァンパイア探偵事務所の青年たち。

 その物語は、かのようにして始まったのである。







レイジィ・ブレイドの憂鬱――It's such like a prologue.――End.

Next … ブラック・ブラッド・クラックの流儀――Wait, hope it!!

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窮極幻想エンブリヲ ~或いは、レイジィ・ブレイドの憂鬱~ 雪車町地蔵 @aoi-ringo

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