憂鬱02 人形をめぐるエトセトラ

††

 

 

 エンブリヲ・シティー。

 数十年前に突如この世界に現れた、霧の都にして黄金都市。

 この街のどこかに眠る窮極きゅうきょく幻想げんそうエンブリヲを手にしたものは、あらゆる望みをも叶えることができるといわれている。

 そんな幻想、普通なら一笑にふされても不思議ではない。

 しかし、この街の出現と同時に現界を果たした幾つもの幻想種(人狼とか竜とか吸血鬼とかホフゴブリンとかそんなん)、そして超技術がそれを疑わせない。

 どこの世界から持ち込まれたものか、ニュートラル・ウイルスは、生命体、有機物、無機物、機械、一切を問わず感染し、そのような超常の存在――ニュータントへと変化させていく。

 午前中やり合ったマフィアの腕も、そんな超技術・超現象の産物だし、僕が使った超構造ストラクチャーなんかも、この街特有の(というにはいささか限定的な代物だが)恩恵によるものだ。

 さて、既に夜の帳が落ちたからか、ようやく姿を現した真性の幻想種ニュータントの相棒、ヴァンパイアの迎日むこう刹理せつりが、レバーの串焼き片手に濃縮〝無〟還元トマトジュースをズビズビ啜り、僕に冷たい言葉を投げかけてくる。


「で、玲人。きさまはなにを考えているんだ?」


 吸血鬼特有の怜悧な美貌を誇るこいつがそんな言葉を吐くと、同性の僕ですら少々奇妙な気分に陥るわけだが、まあ、慣れているのでなんということはない。

 普通に相棒の頭の上で右の人差し指をくるくると回し、ぱぁっと手の平開いてどこか虚空へと羽ばたかせる。


「え? ごめん、刹理の空っぽの頭蓋にどのくらい爆薬を詰めれば必殺兵器になるか考えたから聞いてなかったわ」

「死ね」

「おうふ!?」


 ビュフン! と空を裂いて走る串焼きの串。

 眼!

 いま、いま的確に僕の目を狙ったよねぇ!?


「おい! 僕じゃなきゃ失明していたぞ、どうしてくれる!?」

われの精神的安定を図るための超法規的処置だ、賠償金と慰謝料をどうしても払いたいというのなら受け取ってやろう」

「なんでだよ!? 貰うのは僕のほうだろうがっ!!」

「そんなことよりも玲人」

「そんな事じゃねぇよ、大事だよ!」

「……そんなことよりも、だ」


 相棒が、やれやれと首を振りながら、僕に問う。

 真紅の眼差しが、冷ややかに僕を見据えていた。


「で? 〝それ〟はどうするつもりなのだ?」


 頭がおかしい相棒の、しかしこの場面では嫌気がさすぐらい真っ当なその問いかけは、辟易するほど虚しく室内に響いた。

 『Bブレイド&Vヴァンパイア総合探偵事務所』。

 僕と刹理が経営する、ニュータント関連のもめ事を専門に扱う武力探偵事務所のその一室――というか、まともな部屋はここしかないので、この部屋がオフィス兼応接室兼住居なのだけど……そうだよ、零細企業だよ、悪いね、ドーモ。

 その、普段なら僕と刹理、そしてサボリ上等を標榜する刑事のエトセラぐらいしかいない手狭な室内に、いまは見慣れない人物がいた。

 あー、いや。

 を、人物というのはちょっと違うかもしれない。

 僕らの前にいたのは、真っ白な靴に、真っ白な手袋、真っ白な衣裳を身に着けた美しい少女の――そのなりをした

 その少女型自動人形――ユリ・アテンダントは、無機質な声で僕らに問う。

 

「それで? 私の処遇と、あなたたちのこれから。そのすべては、お決まりになりましたか?」

 

 抑揚というものが感じられない、独特の声音。

 僕は無意識に下唇を指でなでる。

 この人形の出自は、少々特殊だ。

 この街に数多ある秘密組織の一つ〝白い家〟。そこで、とある魔導科学者の手で生み出されたこの人形は、しかし別の犯罪組織〝アーセナル〟によって強奪された。

 探偵事務所という名の、しかし実態はニュータント関連の何でも屋たる僕らが受けた依頼は、そのアーセナルから人形のユリを取り戻すことだった。

 誘拐犯であるアーセナルの構成員はとりあえず全員ぶち倒した、昼間の奴が最後だった。

 だから本来ならいまごろ、依頼主である〝白い家〟にユリを引き渡して依頼終了、報酬がっぽり、今夜は酒盛りだ最高! ……という予定だったのだが、僕たちが戦闘を行っている間に〝白い家〟は消滅してしまった。

 消滅。

 それは、この街――エンブリヲ・シティーではよくあることだ。

 霧と黄金の狭間に、なにもかもが消え、なにもかもが現れる。ここは、そう云う街なのだ。だからこそ、窮極幻想などというものを追い求める者たちがいる。

 報酬はパーだが、この街で商売をする以上はしかたがない。そう諦めるべき案件だった。

 だから、最大の問題は――

 

「君を、どうするかってことだよなぁ……」

 

 ユリ・アテンダント。

 白い家が作りだした一輪の華麗なる自動人形。

 人とほとんど変わらぬ外見に、人以上の美しさを誇る。

 名は体を現すというが、その凛とした顔立ちは、刹理とはまた別のベクトルで美しいといえた。

 彼を凍えるようなと評するのなら、こちらは手折りたくなるような、だろう。

 そんな美貌の人形は、青い瞳の中の歯車をカチリカチリと回しながら、僕らにこんなことをいうのだ。

 

「願うのなら、あなたがたを窮極幻想に導きますよ」――と。

 

 アテンダント。

 導きを与える者。

 どうやら彼女は、それを目的として造られたものらしかった。


「私の心臓は博士が生み出した人工ニュートラルに感染しています。疑似ニュータント、とでも言えばいいでしょうか。私はその為に作られました。その力が、あなたがたを導きます」

「導くと言われてもね……どう思うよ、セツリン?」

「その不愉快極まりない呼び名はやめろ」

「なにが不愉快なんだい、セツリン。そこはかとなく雑魚っぽさが滲み出していておまえにお似合いじゃないか、なあ、セツリ――ンンンン!?」

「……ちっ」

 

 舌打ちする吸血鬼。

 僕の額に突き刺さる寸前――というか、皮を突き破ってないだけで、かなーりめり込んでいる竹串。

 殺す気だった……こいつ、いま僕を本気で殺す気だったぞ!?

 

「尖ったものできさまは殺せない。夜の世界で吾が不死なのと同じだ。つまり、これは冗談。そう冗句だ」

「冗句ってのは口でいうものなんだよ! 行動にうつしたら冗句じゃなくって暴力っつーんだよこういうのは!」

「生きているのだからよいではないか、なにか問題が?」

「相変わらずいい性格してんなおまえ……死ねぇ……ッ、吸血鬼の不死身性を発揮して億千回死ね……っとっと?」

 

 普段と変わらない無意味な軽口の応酬を交わす僕らだったが、遅ればせながらユリが吃驚した表情でこちらを見ていることに気が付いた。

 おやおや……人形の割に、案外感情がありますようで。


「吃驚してる?」

「え? だって、竹串が、ささ、刺さって」

「ああ、これね。これは僕のニュータント能力。レイジィ・ブレイドという〝ちから〟だ。僕が剣や刺突武器と認識したものを、任意でナマクラに変えることができる。例えば――こんな風に」


 言って、僕はイレイザの切っ先を彼女の右胸に突き立ててみせる。

 もちろん斬れない。

 その服に穴も開かなけりゃ、人形だから感じるかどうか知らんが痛みもない。もっとも、重量まで消せるわけではないので、全力で殴りつければ衝撃は相当なものだろうが。


「ね?」

 

 舌を出してそう告げる僕に、ユリは「に、人間にも、不思議なかたはいるのですね」と、そんな事を言った。わーお、なんて高性能だね。

 

「ちゃ、茶化さないで! コホン……とにかく、私はあなたがたを窮極幻想に導くことが出来ます。いえ、むしろ導くために産みだされました! だから――」

 

 だから――

 その続きを、僕は聞くことができなかった。

 〝〟。

 事務所がいきなり闇に包まれる。

 そして――


「――刹理!」

「死ななかったら、来世で会おう」

「結局死んでるじゃあ、ないかあああああああああああああああ!!!」

 

 どっかーん!

 僕らの事務所を、大爆発が襲ったのだった。

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