窮極幻想エンブリヲ ~或いは、レイジィ・ブレイドの憂鬱~

雪車町地蔵@カクヨムコン9特別賞受賞

レイジィ・ブレイドの憂鬱

憂鬱01 トリガーハッピー討伐戦

「はっはー! バカみたいにご機嫌じゃないか!」

 

 愛剣ゼロ・イレイザの、横幅37ミリメートルある刀身を気休めの盾として掲げつつ、僕――御剣みつるぎ玲人れいじは核爆発にすら耐えうる超構造ストラクチャーの影へと飛び込んだ。

 0.5セカンド。

 ほんの一瞬前まで僕がいた場所を、無数の銃弾の嵐が蹂躙していく。地面が弾き跳び、ねじ切られ、大穴が穿たれて、まるでスポンジ染みたありさまだ。

 ちらりと刀身を突き出して素早く戻す。

 剣を鏡代わりに見とった光景から、敵は単体。

 ただしその腕が、冗談みたいな口径の機関銃と化している。

 ニュートラル・ウイルスの感染者ホルダー

 つまりはニュータントってなわけだ。

 んで、この機関銃の厄介な点は「おっと」僕は思わず首を縮める。

 直撃弾が超構造体ストラクチャーを揺らす。そう厄介な点は、核爆発にも耐えうる構造体を揺るがすほどの威力を、銃弾が帯びているということだ!


「つっても、そのくらいはこの街じゃあ、珍しくもないけどな」


 ひとの夢がかなう街。

 願いのいきつくはて。

 希望の廃棄場。

 そんな風に揶揄される、ここは幻想都市エンブリヲ。

 無数の平行次元がいつの間にか重なって、オーバーテクノロジーの跋扈するこの街には、並外れた連中がうじゃうじゃいる。

 それがニュータント――平たく言えば超能力者だ。

 かくいう僕もニュータントで、探偵なんてものを生業にしている。

 そうして、いまも銃身が焼け付くほどにご機嫌ぶちかましてくれちゃってる乱射間野郎トリガーハッピー・ボーイが、いまの僕――僕らの獲物なのである。


「おい、なんとかならんのかね、あの乱射魔トリガーハッピーは!」

 

 僕ら。

そう僕らだ。

だから背後に向かって怒鳴りつけるが、帰ってくるのは含み笑いだけ。

 クッソ、本当嫌味な奴だな、僕の相棒は!

 

「バーカ! 日光に焼かれて死ね!」


 なんて、そんな罵声を投げつけてようやく


「貴様が死ね、ナマクラ剣士」


と、低レベルな罵声が帰ってくる。サイッコーだな、この期に及んで情報戦に特化するつもりか相棒くんは!

 ジーザスクライスト的な悪態をつきながら、僕は超構造体に刃を叩き付けて飛び出す。

 無数の破滅的銃弾による絨毯爆撃で地面が縦断されていくけれど――もはや砲弾だ――その降り注ぐ雨霰を縫って、僕は走る。

足元が爆砕されるけど気にしない。気にしないったら気にしない。気にしたら死ぬから気にしない!

 ZIGジグZAGザグに――但し常に左回りに――動き回って、目星を搾らせず僕は距離を詰める。

 敵の武器の間合いは大凡47メートル。

 対して、僕の剣のリーチは精々80cmしかない。充分大剣の部類だけれど、まあ圧倒的に間合いで負けている訳だ。くそったれ!

 そんな風に毒づく間にも、災厄の驟雨が降り注ぐ。

 死の弾幕のパーティーだ。

 はっはー、死ぬほど最高だね。

 地面が弾け、破片が僕の頬をかすめ、浅く切り裂く。

 流れてきた血をぺろりと舐めとって、僕は更に走る。

 敵も間合いを詰められまいと、棒立ちで僕を狙い続けるような愚を犯さず、同じように左回転で動き回る。

 まるで永遠に追いつかない輪舞のよう。

 セニョール、エターナル・ロンドはお好きで?

 そう問いかければ返答は弾丸の嵐。

 あ、嫌いですかさいですか。

 まあ……どうフザケたところで、終局は必ずやってくる。永久の輪舞などありやしない。そうだ、さっさと終わりがやって来てくれないと、幾らぼくでも体力が持たないのだ。

 もう少し。

 あと一メートル。

 

「玲人、跳べ!」

 

 相方の声がすぐ横で響き、僕は迷わずに、ありったけの力を持って前方へと跳躍した。

 

 0.3セカンド。

 

 ヘッドスライディングの要領で飛び込み、そのまま勢いを殺さずゴロゴロと転がる僕。

 回転する視界の中で、敵が舌なめずりするのが解った。

 さきほどまで僕が隠れていた超構造ストラクチャーの前に立ち、敵がゆっくりと、しかし的確に僕へ銃身を向ける。

 横面に、獅子と薔薇のマークが刻印されているのが見て取れた。

 ……んー? なんだっけ、それ? なんか見覚えのあるマークだけど――


 

「チェックメイト」


 

 転がりながらも首をかしげる僕に、そいつは嘲りを込めてそう言った。


 ああ、チェックメイトさ。

 


「――君が、ね」


 

 はしる風切り音。

 宙に咲くは鉄火ではなく、赤い赤い血のいろの花。

 かくしてトリガーハッピーなバカ騒ぎは、これにて幕切れとなったのだった。

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