第13話「締め切り」

 ――新手のシュヴァリエが出現。銀色の騎士。それを迎え撃つは、青色の騎士……リッター・ランスロット・RHだった。

 ランスロット・RHは敵の攻撃を紙一重でかわし、反撃に転じる。繰り出された機巧剣セイバーアロンダイト改め「オートクレール」は、シュヴァリエの胸を貫き、爆散。ランスロット・RHは帰投する。


「カズマちゃん、やったね!」

 ヘルメットを小脇に抱えた和馬を、ミコがとたとたと駆け寄り出迎える。

「いやぁ、ミコちゃんのお陰だよ!」

 和馬はミコの頭を撫でつつ、愛機を振り返った。ミコは得意そうに胸を張る。

「リッター・ランスロット・リオン・ハート……こんなに上手くいくなんてね!」

「……こんな凄いシステムを、一日で作っちゃうんだからなぁ」

「私だって、やる時はやるのだ! リオンちゃんのアイディアが良かったしね!」

 ミコはうんうんと肯く。リオン・ハートをリッターのサポートに使えないか……という凛音のアイディアを、ミコが超特急で形にしたのが、リッター・ランスロット・RHである。その結果、和馬は敵の行動を先読みできるようになり、それが挙動の鈍さを大いに補うこととなった。

「カズマちゃんだって凄いよ! 魔力も高水準だし……愛の力は偉大だね~!」

 ミコに肘をぐりぐりと押し当てられ、赤面する和馬。

「あ、愛だなんて……でも、凛音ちゃん、大丈夫なのかな?」

 ミコは肘を止め、溜息をついた。猫耳と尻尾も、力なく垂れ下がる。

「……頑張り過ぎなければいいんだけどにゃぁ」


 ――STWの司令室。戦闘を終え、操作卓に突っ伏しているリオンの首筋に、舞はよく冷えたスポーツドリンクの缶を押し当てた。……3秒経っても、反応なし。舞は眉根を寄せた。

「凛音?」

 振り返る凛音。青白い顔に、大粒の汗を浮かべている。

「……司令。お疲れ様です」

「大丈夫……じゃなさそうね?」

「いえ、大丈――」

「どこが大丈夫なのよ? これ、飲める? えっと、タオルはっと……」

 舞は凛音の手にスポーツドリンクの缶を握らせると、操作卓の脇に置かれたハンドタオルを手に取った。舞は凛音の顔から眼鏡を取り上げ、ハンドタオルで汗を拭ってやる。眼鏡をかけ直された凛音は、「ありがとうございます」と微笑んだ。

「新しいシステム……相当、負担があるようね」

 舞が操作卓に目をやると、ヘッドマウントディスプレイが置かれている。

「……そりゃそうですって。ゲームが二次元から三次元になったんですから」

 キーボードを叩く手を休め、晋太郎が振り返った。舞は晋太郎に顔を向ける。

「ステージ作りも大変になったんじゃない?」

「それは、まぁ……ただ、ライオン・ハートも随分と頭が良くなってきたんで、そっちの負担が減ったことを考えると、どっこいどっこいかな? 大変なのは……」

 晋太郎は凛音を見やり、舞も凛音に顔を向けた。

 凛音は手にした缶のプルタブを起こそうとして、何度も指を滑らせている。見かねた舞が凛音から缶を取り上げ、代わりにプルタブを起こして返す。凛音は「ありがとうございます」と頭を下げ、缶に口を付けた。

「……凛音。それを飲み終わったら、仮眠室で寝ること。その前に、銭湯でしっかり温まること。シャワーは駄目。これは、命令よ」

「でも……」

「ここ数日、ろくに寝てないでしょ? 食事も食堂でしっかり食べて欲しいけど……食欲もないだろうから、とにかく休むこと。いいわね?」

 凛音は肯くと、缶を傾け中身を飲み干した。椅子から立ち上り、扉に向かう。

 その途中、コートから携帯電話を取り出して一瞥。それをコートに戻して、凛音はふらふらとした足取りで、司令室を後にした。

「……ライオンの奴、何であんな無茶をしてるんだ?」

 首を振る晋太郎に、啓介は肩をすくめて見せる。

「それは、言うまでもないんじゃないかな?」

「そうだろうけどよ。……ったく、あの非常勤、ちゃんと執筆してるんだろうな?」

 晋太郎は前に向き直り、作業を再開。それを横目に、啓介は小さく笑った。

「……なんだよ?」

「いや、執筆なんて言ってないで、さっさと来やがれ……ぐらい言うかと思ってね」

「……いなくてもどうにかなるなら、無理強いすることもないだろ? いくら世界を救うためとはいえ……監視や拉致なんてのは、やり過ぎだぜ」

「全くだね」

 啓介は頷き、言葉を続ける。

「リオン・ハートを凛音ちゃんの負担を軽減する形で調製できないか、ミコちゃんに検討して貰おう。来たるべき決戦には、万全の状態で臨みたいからね」

「そうだな。そん時はまぁ、非常勤も来てくれるだろうさ」

「……それは、どうかしらね?」

 舞はそう呟くと、晋太郎と啓介の首筋によく冷えた缶を押し当てた。

「うひょぉぉぉおぅ!」

「ぬぁぁぁぁぁぁあ!」


 ――歩は携帯電話を見詰めていた。

 長らく両親と親戚、そして不動産屋の電話番号ぐらいしか登録されていなかった電話帳には、真新しい連絡先……凛音の電話番号が並んでいる。

 小説を書き上げて、コンテストへの応募が完了したら、すぐに連絡してくださいね……そんな言葉と共に告げられた、携帯電話の番号。歩はまだ、その番号に電話をかけられずにいた。

 締め切りまで残り四日。本来ならもう書き上げ、誤字脱字の修正だって終わっていてもおかしくない頃なのだが……執筆の進捗は、まだ半ばを過ぎたほどである。

 ……あの日以来、凛音は姿を見せていない。

 敵が攻めてこないのか、凛音の考えが功を奏したのか。一人でいると、この世界が異星人に狙われているなんて冗談みたいだと、歩は思う。

 お膳立ては整った。あとは書くだけ……なのに、進まない。

 リッターでの戦闘が気分転換になっていたのかもしれないな……と考え、歩は首を振った。リッターに乗れなかったせいで書き上げられませんでした……なんて、特製ドリンクの十本や百本じゃ済まされないだろう。

 歩は携帯電話を机に置き、ノートパソコンに目を向ける。そして執筆に……は取りかからず、自分は何のために小説を書いているのだろうと、考える。

 夢のため? ……もちろんそうだ。だが、小説家になれたからといって、どうなるというのだろう? ……と、それはなってから考えればいい話で、今は作品を書き上げることが先決だ。そんなことは、分かっているというのに。

 大丈夫、まだ四日もある……駄目だ、そんなことでは。一日でも早く完成させなければ。きっと、彼女は無茶をしているに違いないのだから。

 

 ――ぷす。ダーツは中央に命中した。特大のルーレット、そのど真ん中に。

 エクセリアは目をぱちくりしていたが、やがて満面の笑みを浮かべた。

「ついに……ついにこの時が来たぞ!」

「ええ、随分とかかりましたが」

 メイソンはルーレットに目を向ける。

 初期の十倍はあろうかという特大サイズの板に、百本のダーツが突き刺さっていた。本日最後……百投目で、地球の命運は決したのである。

「やはり最後は、中央で決めたかったからのぉ」

 ……メイソンには、そんなエクセリアの気持ちはよく分からなかったのだが……そのために毎日百回、来る日も来る日も飽きることなくダーツを投げ続けていたことを思えば……まずもって、重畳ちょうじょうであろうと思い直した。

「お嬢様、いよいよですな」

「ふわぁぁあ……」

 エクセリアは大欠伸をすると、半開きになった目をメイソンに向けた。

「……今日はもう眠い。爺、準備は任せた。ヴェルサイユも万全に頼むぞ?」

「御意のままに。お嬢様、おやすみなさいませ」

 メイソンは恭しく頭を下げ、部屋を後にする。

 エクセリアはベッドの上で転がりながら、暗闇に浮かぶ地球に肯いて見せた。先生、いよいよじゃぞ……そして、目を閉じる。ぐぅ。


 ――九月三十日。午後五時。STWに警報が鳴り響いた。

 未だかつてないほどの大軍。その中には、これまでにもその存在こそ確認されていたものの、全く動きを見せなかった母艦の姿もあった。無数と呼ぶに相応しい数のソルダ。そしてシュヴァリエも、二十機以上が確認されている。

 司令室の全面モニターには、監視衛星から届いた最新映像が映し出されていた。それを並んで見詰めているのは、凛音、晋太郎、啓介、和馬、そしてミコ。映像を目にして口にした言葉は……三者三様だった。 

「ついに来やがったな!」と、晋太郎。

「シュヴァリエが多いですね……新手はいないようですが」と、啓介。

「ソルダも凄いですよ……ゾルダートの増産、追いつくかな?」と、和馬。

「あの母艦、お花みたいで可愛いなぁ」と、ミコ。

 凛音は唇を固く結んだまま、携帯電話の時刻と着信履歴を睨んだ。

 ぷしゅっと扉が開き、凛音は素早く顔を向ける。そこにはエプロン姿の舞が、両手でお盆を持って立っていた。凛音は深い溜息をつき、少し躊躇いながらも、携帯電話をコートのポケットにしまう。……間に合わなかった。

「さぁ、皆! ついに決戦の時が来たわよ! 腹が減っては戦はできぬ……おにぎりを握ったから、しっかり食べて頑張りましょう……って」

 舞は呆然としているSTWの面々を見渡す。

「……もう何よ、揃いも揃って、辛気くさい顔しちゃって。これが最後の戦いなのよ? ……多分。大丈夫、皆の力を合わせれば勝てるわ! ……運が良ければ。 さぁ、世界を救いましょう! ……できればね」

「司令、本音が出ちゃってますよ?」

 啓介はそう突っ込みつつ、舞に向かって歩いて行く。

「司令の手料理が最後の晩餐……ってか? ま、悪くないか」

 晋太郎は頷き、啓介に続く。

「……縁起の悪いこと言わないでくださいよ!」

 和馬は唇を尖らせながら、晋太郎の後を追う。

「わ~い! おにぎり、おにぎり!」

 ミコは飛び跳ねながら、和馬を追い掛ける。

「じゃんじゃん食べちゃって! おかわりもたくさんあるから!」

 STWの面々は、舞に勧められるまま、おにぎりを手にした。塩むすび。それを最初に口に入れた晋太郎が、口元を押さえて悶絶する。

「……かった! これ、どんだけ力を入れて握ったんですか?」

「それはもう、必勝祈願を込めて、あらん限りの力を――」

「これは……もはや巨大な米粒ですね」

「ばりばり……あはは! おせんべいみたい! マイ、おいしいよ!」

「……ミコちゃんって、歯と顎が丈夫なんだね?」

 ――おにぎりを巡る喧噪から離れ、凛音は一人で佇んでいた。

「ほら、凛音もこっち来て食べなさい!」

「ライオンにこんなもん食わせたら、腹痛で戦闘不能だぜ? いや、歯痛かな?」

「どういう意味かしら? ……まぁ、それならゆで卵でも作ってこようかしら? 交戦開始エンゲージまでは、まだ時間もあるしね」

「あ、俺もそれがいいな! この物質は、非常勤のために取っておいて……って、非常勤はどうしたんだ? リブラが呼びに行ってるのか?」

「……先生は、来ません」

 凛音の言葉に、司令室がしんと静まりかえった。晋太郎は首を傾げる。

「来ないって、どういうことだ? あいつ、この期に及んで――」

「違います! 先生は、今日が締め切りなんです」

「何が違うんだよ!」 

「私は先生と約束しました。小説を書き上げるまで、STWで世界を救うと」

「……そんなの、初耳だぜ?」

「それは……ごめんなさい」

「凛音ちゃん、今は謝っている場合じゃない。約束なんてどうでもいいんだ。必要なのは世界を救う力だよ。いいかい、亀山さんをすぐ連れてくるんだ。君が行かないなら、僕が行こう。脅してでも、引きずってでも、アーサーに乗って戦って貰う」

 凛音に向かって淡々と言葉を口にする啓介を見て、晋太郎は目を丸くする。

「け、啓介? お前――」

「……すまない。でも、事態は切迫している。全てが片付いたら、いくらでも謝罪させて貰うよ。だから今は、今こそは、夢でもなく、約束でもなく、世界を救うことを第一に考えるべきだ。僕は……家族を失いたくない」

  凛音は唇を噛んだ。晋太郎は大きく首を振って、舞に声をかける。

「……司令、何か言ってやってくんねぇか?」

「そうね」

 舞は凛音に向かって足を進め、その正面に立った。

「やれるだけのことをやるしかない……私はそう言ったわ。その答えが、これ?」

 凛音は頷き、舞を見上げた。舞は凛音をじっと見返す。

「私は好きよ、その答え。でもね、STWの長官としては看過できない。決してね」

「……お願いします! 私が頑張りますから! 世界を救いますから!」

 凛音が必死に訴えるのを見て、晋太郎は首を振った。

「何でそんな……また次があるじゃねぇか?」

 ……いや、それでは駄目なのだと、凛音は思う。

 なぜ駄目なのか……それが分かるのは、当人だけだろうとも思う。今まさに、夢を追っている人手なければ、分からない理由、戦いが、そこにあるのだ。絶対に譲れない。譲ってはいけない。譲ったら、終わりだ。凛音の目に涙が滲む。

 ……泣いちゃ駄目だ。ううん、泣いたっていい、泣き落としだっていい、それで諦めずに済むのなら、それで夢を追い掛けることができるなら――。

「僕からも、お願いします!」

 声を上げた和馬に、視線が集まる。凛音の瞳から、涙が一粒……零れ落ちた。

「……カズ、本気か?」

 晋太郎の問いに、和馬は力強く肯いた。

「僕だって世界を救えます! 凛音ちゃんのサポートがあれば、ですけど……」

 和馬が視線を向けると、凛音は何度も肯いた。

「よっ! カズマちゃん! 男だねぇ! かっこいいよ!」

 ミコに囃し立てられ、「いやぁ、それほどでも……」と照れる和馬。舞は和馬から凛音に視線を戻し、腕を組んだ。

「……凛音。STWを亀山君の夢と心中させるわけにはいかないの。もちろん、世界もよ。だから正直に答えて。希望的観測は不要。現在の戦力で、勝算はあるの?」

「あります!」

 凛音は間髪入れずに答える。舞は凛音をじっと見詰め……にやりと笑った。

「……なら、問題ないわ」

「司令!」

 声を上げる晋太郎に、舞は顔を向ける。

「STWの予言者様が勝てるって言ってるのよ? 信じるしかないわ」

「司令……ありがとうございます!」

 晋太郎は凛音と舞を見比べ、溜息をついた。

「……あんな聞き方したら、あるとしか言えないよな」

「司令は、それも折り込み済みだっただろうね」

 啓介の言葉に、晋太郎は肩をすくめる。

「いいのか、こんな茶番で? その……家族とかさ?」

「良くはないよ。でも、こんな茶番も通じない世界というのも、存外、つまらないものだからね」

「……さっきといい、お前って、やっぱとんでもねぇよな?」

「そんな僕と付き合えるんですから、貴方も大概ですよ?」

「……まぁ、それもそうだな」

 笑い合う晋太郎と啓介。舞はそれを横目に肯くと、高らかに宣言する。

「さぁ、決めたら行動あるのみよ! ミコ! 凛音が和馬の……ランスロット・RH

のサポートに専念できるよう、装置の調製をお願い! 大至急ね!」

「了解!」

「専念って……ゾルダートはどうするんだよ?」

 慌てる晋太郎に、舞は自分の顔を指さして見せる。

「私がやるわ。だから凛音、和馬のことをよろしくね」

「は、はい! ……って、司令も予言者のタレントを持っていたんですか?」

「ないわよ?」

「それじゃ、どうやって……?」

「人間、なせばなるものよ? 練習ステージはクリア済みだから、任せなさい!」

 そう言って、舞はどんと胸を叩いた。

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