第14話「決戦」

 ――かくして、戦いは始まった。

 前哨戦はゾルダートとソルダの激突。それは、決戦においても変わらない、お約束だった。だが、違いもあった。圧倒的な物量、そして……。

「はい、クリアっと! 啓介!」

「了解!」

 舞のかけ声に応じる啓介。そのやり取りを横目に、晋太郎は驚嘆する。

「……本当にやっちまうんだからなぁ」

「晋太郎! ステージをじゃんじゃん作っちゃって!」

「水を差して悪いけどさ、こっちはなんとかなりそうだ」

「そうなの? 案外、敵もだらしないわねぇ」

「結局、数が多いだけだからな」

「……となると、問題はシュヴァリエね。そっちをお願い!」

「任せとけ!」

 舞は携帯ゲーム機から手を放すと、全面モニターに目をやった。ランスロット・RH改(カスタム)が振るう機巧剣セイバー、オートクレールがシュヴァリエを両断、爆散。舞はぱちんと指を鳴らす。

「和馬もやるじゃない!」

「ええ、今の和馬君……ランスロット・RH改なら、何が来たっていけますよ!」

 啓介が興奮気味に肯く。舞の目から見ても、ランスロット・RH改の動きは素晴らしかった。あのアーサーを彷彿する動き……それは、和馬の努力のたまものだろう。

 そして……舞は凛音に顔を向けた。椅子に座って、ヘッドマウントディスプレイを被り、操作卓に両手を走らせている。複雑化した操作にも、問題なく順応しているようだ。……凄いわね、本当に。

「おーっし、これなら……ん? 何だ、ありゃ?」

 晋太郎が声を耳にして、舞は全面モニターへ目をやった。

 ――新たなシュヴァリエ。深紅の騎士。それを待っていたかのように、他のシュヴァリエが戦線から離脱していった。役目は終わったと、言わんばかりに。

「……真打ち登場ってわけね」

 全面モニターの映像が一瞬乱れ、大きく映し出されたのは、深紅の髪と深紅の瞳、そして雪のように白い肌を持つ少女の顔だった。少女は目をぱちくり。

「爺? これでいいのか? もう、相手にも見えておるのか?」

 スピーカーを通して、朝露のような……瑞々しい旋律が、司令室に届いた。

「な、なんだ……?」

 唖然とする晋太郎。啓介は言葉もなく、少女の顔を見詰めていた。

「もっと拡大できんのか? 音声は? ……すまん、声を出して貰えるかの?」

「は~い! こっちは大丈夫ですよ~!」

 舞が声を上げて応じ、手を振って見せる。すると、少女は笑顔で肯いた。

「聞こえたぞ! 其方は……えすてぃーだぶりゅーの司令官、かぐらまいか?」

 少女は何かに目を向けながら、言葉を紡ぐ。それを聞き、晋太郎は首を傾げた。

「……何で、知ってるんだ?」

「多分、皆のことも知ってるわよ? ……そう、私は舞。君がエクセリアね?」

「左様! 私の名はエクセリア。世界征服を成し遂げる者じゃ!」

「……じゃあ、エクセリアちゃん? 一つ質問があるのだけれど、君は、何をもって世界征服とするのかしら?」

「何じゃと? ……何じゃ、爺? 早く書け……ふむふむ、どうやら、其方そなた等を倒せば、世界征服をし遂げたことになります……だ、そうじゃ!」

「では、その後はいかように?」

「いか?」

「征服される立場としては、その扱いが気になるところなのよ」

「……う~ん、考えたこともなかったのぉ」

 エクセリアは眉根を寄せ、首を傾げる。それを見て、舞はくすりと笑った。

 ……こんな無邪気な子が世界征服を夢見て、しかも、それだけの力を持っているんだから……本当、困ったものよね。

「私達はね、その扱いによっては、君の支配を受け入れる用意があるの」

「お、おい! そんなこと言っていいのかよ?」

 慌てる晋太郎に、舞は肯いて見せる。

「STWの役目は、世界を救うこと……どう、エクセリアちゃん?」

「お話になりませんな」

 全面モニターの別画面に、白髪に白髭の老人が現れる。

「いきなり登場してご挨拶ね? ええっと――」

「メイソンと申します。お嬢様の目的はあくまで世界を征服すること。その後のことまでは、お嬢様の手を煩わせるまでもございません」

「つまり、消すってこと?」

「はい。世界征服とはすなわち、世界の生殺与奪を握るということですからな」

「……メイソンさんは、随分と事務的なのね?」

「執事ですから」

「爺! 私にも喋らせろ!」

「失礼しました」

「……先生の姿が見えんな? すでにシュヴァリエに乗っておるのか?」

「亀山君のことかしら?」

「そう、カメじゃ! カメはいいぞ! 甲羅に、あの首がにゅっと……ああ、カメは持ち帰りたいのぉ……いや、カメだけじゃないぞ、先生も、女中殿も、其方等も……爺、この者達を連れて帰るぐらい、いいじゃろう?」

「御意のままに」

「……まるでペットね」

 舞は苦笑した。……まぁ、実際それぐらいの認識なんでしょうけれども。

「それで、先生はどこじゃ?」

「先生はいないわ」

「なんじゃと?」

「君の相手は、先生には役不足ってこと。分かる?」

 目をぱちくりしていたエクセリアが、すっと目を細めた。

「……なるほど。これは見くびられたものじゃ。では、それなる青騎士を倒し、先生の白騎士を引きずり出してやろうではないか! 私のヴェルサイユでな!」

「まさかとは思ったけど……その赤いの、もしかしてエクセリアちゃんが乗ってるのかしら?」

 舞はモニターの片隅に映し出されている、赤騎士を指さした。

 シュヴァリエにはパイロットがいない……無人兵器であることは分かっていた。それはソルダ同様、戦場に大量投入できる可能性を示しており、先程退却していった数十ものシュヴァリエは、その一端を示していたと言えるだろう。

 また、それに強大な魔力を持つ異星人が搭乗したらどうなるかは、火を見るより明らかだった。……だが、だからこそ打てる手というものも、ないわけではない。

「無論じゃ! 世界征服は我が手で成してこそ意味があろう?」

「……ということは、君を倒したら私達の勝ち、ということね?」

「私を倒す、じゃと? ……面白い、やってみるがいい!」

 全面モニターからエクセリアとメイソンが消え、入れ替わりでヘルメットを被った和馬の姿が表示された。舞は腕を組み、司令室をゆっくりと見渡す。

「……皆、聞いていたわね? 絶望的だったこの戦いだけど、一縷いちるの希望が見えたわ! 世間知らずのお嬢様に、私達の力を見せてやりましょう!」

 STWの面々は一斉に頷き、ランスロット・RH改がヴェルサイユに向かう。

 

 ――締め切りまで四時間を切り、歩は焦っていた。

 寝る間を惜しんで執筆した甲斐もあり、あとはクライマックスの数ページを残すのみ。そこは勢いでと考えていた歩だったが、この段階になって、設定上に大きな矛盾を発見してしまい……手が止まってしまっていた。

 たとえ書き上がったとしても、見直しをしている時間はない。あらすじも、試しに書いていたものを、そのまま流用するしかないだろう。正直、酷い状態だが、応募しないよりは……と考え、そんなことでいいのかと自問する。

 こんな、ただ締め切りに間に合わせただけの作品でいいのか? そんなものを応募しても意味がないのではないか? そんなことで大賞が獲れるのか? ……そんなことよりも、他にやるべきことがあるのではないか? もっと、大事な――。

 ピンポーン。呼び鈴が鳴った。

 歩は弾かれたように立ち上がり、玄関に走った。

 鍵を外し、扉を開ける。そこに立っていたのは……着物姿の少女だった。おかっぱ頭がよく似合っているが、肩に提げたボストンバッグはいかにも不自然である。 歩が言葉もなく立ち尽くしていると、少女は口を開いた。

「亀山歩さんか?」

 凜とした声音。歩が肯くと、少女はすっと頭を下げた。

「私は黒川姫子。凛音の親友だ。黒姫、と言った方が通じるかな?」

「黒姫……って、小説家の?」

 肯く姫子の顔を、歩はまじまじと見詰めた。

 ……親友だって? 本物なのだろうか? いや、そんなはず……しかし、その顔は本に載っていた写真と同じだった。実物の方が、ぐっと美人だけれども。

「上がってもよろしいか?」

「ど、どうぞ……」

 姫子は草履を脱いで家に上がると、歩の部屋に向かう。

「あの、今日は――」

「まだ書き終わらないのか?」

 歩が絶句していると、黒姫はボストンバッグを床に降ろした。ジッパーを開き、白い紙の束を取り出しては、ベッドの上に投げる。

「貴方の作品を全て読ませて貰った。これはその一部……黒猫物語の原稿だ」

 ……読んだ? 全て? 動揺する歩に構わず、姫子は言葉を続ける。

「WEBでの応募が当たり前な昨今、作品をこうして印刷することもあるまい?」

 確かにそうだと、歩は肯いた。

「貴方の小説は最低だ」

 歩は目を見開いた。姫子は立ち上がると、ベッドの上に散乱した紙の束を指さす。

「客観的に見てどう思う? これだけの量を読むということが、どういうことか?」

 大量の紙。両手でも抱えきれないほどだ。重さだって、相当だろう。

「その……大変だと、思います」

「その通りだ。無論、文字数の多い小説を否定するわけではない。だが、これだけの量を読んで貰いたいと思うなら、気遣いが必要だ。貴方の作品には、それが感じられない。誤字脱字はもとより、読みやすさ、分かりやすさに注意が払われた形跡が一切無い。それもそのはずだ、それでも良いという人にだけ読んで貰えればいい……そう思っているのだから」

 はっとする歩。その顔を見て、姫子は首を振った。

「……その考えを否定するつもりはない。小説が趣味ならば、それも良かろう。世界は広い。貴方の作品を賞賛する読者も一人や二人は現れよう。だが、貴方はいやしくもプロの小説家を目指しているのだろう? で、あれば、一人でも多くの人に読んで貰えるような作品を書かなければならない。ただ読んで貰いたいと願うのではなく、読んで貰うための努力や工夫も必要だ」

 姫子は紙を一枚拾い上げ、目を落とした。

「だが、貴方の作品にはそれが無い。むしろ、読めるなら読んでみろと、読者を挑発しているきらいすらある。そこから導き出される答えは一つしかない。貴方は小説家になるという夢を叶えるつもりがないということだ」

「そ、そんなこと――」

「何度でも言おう。貴方は、夢を叶えようと思っていない。夢が叶ってしまったら、その先で何をすればいいか分からないからだ。貴方が望んでいるのはまさに今、この時だ。夢は叶わないからこそ夢である……そして、コンテストに作品を応募するのは、自らを正当化するため。自分はやることをやっている。夢を叶えるための努力をしている。それなのに認められないのは、世界のせいだ……そんな言い訳のために、コンテスト、引いては小説を利用しているに過ぎない」

 姫子はそう断言すると、手にした紙を放り投げた。

「これは小説ではない。ここに書かれているのは、貴方の慟哭、憤りだよ。貴方が理不尽だと嘆いている、人生そのものだ。世界を否定しながらも、世界に甘えている貴方の人生を、ただ文字にして吐き出しているだけ……こんなもののために、世界は、凛音は……反論はあるか?」

 何一つ、歩は言い返せなかった。立ちすくむ歩に、姫子は肯いて見せる。

「ならば、やるべきことは一つだろう?」

「俺には……」

 歩はやっとの思いで、言葉を口にした。そうしなければ、終わってしまうから。

「才能がない」

「それは、私の目からみても明らかだと言わざるを得ないな」

「でも、プロの小説家になりたい」

「なりたいと思っているだけで、なれるようなものではない」

「だから、ずっと小説を書いてきた」

「小説もどきとはいえ、文字を書いてきたことは認めよう」

「……それが、小説じゃないなんて、思いもしなかった」

「さもありなん。それに気付く機会すら、自ら遠ざけていたようなものなのだからな。顔の見える相手に読んで貰ったのも、凛音が初めてなのだろう?」

 歩は頷いた。読みたいと言ってくれた、友人だっていた……それなのに、俺は。

「でも、今書いているのは――」

「違うというのか? 読者を魅了し、ページをめくる手が止まらないほどの作品だと? 何千という応募作品の中から選ばれ、頂点に立てる作品だというのか?」

「それは……」

「……それぐらいは、嘘でもはったりでも、そうだと言って欲しかったな」

 歩はぐっと拳を握り締めた。

「……俺は、駄目だ。分かってる。分かってるけど、仕方が無いじゃないか? 他にどういう道があったっていうんだ? ……俺には、何もなかった。でも、夢を見たことで救われたんだ。生きる理由がそこにあった。だから……夢を失うことが怖かった。たとえ夢が叶わなくても、夢はいつか叶うという幻想ぐらい、抱いていたかった……終わりの時まで。それこそ、夢見たこともあったさ。自分には才能があって、自分の作品が認められて……そうだ、自分の作品はまだ認められいないだけ……そう思えば、楽だった。だけど……」

「だけど?」

「作品を読んで欲しい……そう思える人ができた。そうしたら、変わったんだ。楽しく読んで貰うにはどうすればいいのか、考えるようになった。それだけ……たったそれだけのことで、作品が変わっていくことを感じたんだ」

「……それで?」

「俺は作品を書き上げる。そして、コンテストに応募する。これは約束であり、一歩なんだ。俺は大きな思い違いをしていたのかもしれない。……でも、だからこそ、ここまで来れたんだ。ようやく、夢に向かって、最初の一歩を踏み出すことができる……それを、諦めるわけにはいかない!」 

 歩はきっぱりと言い放った。姫子はじっと歩を見返し……笑顔を見せる。

「ならば、やるべきことは一つだろう?」

 ――がちゃり。歩が玄関に顔を向けると、リブラが立っていた。

「凛音が危ない」

 その一言が、歩の頭をがんと打ち据えた。歩は振り返り、ノートパソコンに目をやる。その傍らには、携帯電話。歩は目を閉じて、唇を引き結んだ。そして……。


 ――戦闘開始から十分。

 青騎士ランスロットは、防戦一方だった。

 リオン・ハートの助けを借りて、今までで最高の動きを見せている……にも関わらず、敵である赤騎士ヴェルサイユの動きに、翻弄され続けている。

「どうした? その程度か?」

 ランスロットのコックピットに、エクセリアの涼しい顔が現れる。

 和馬はそれに答える余裕もなく、必死の表情を浮かべ、ただひたすらに、全身全霊をかけて、ランスロットを動かしていた。……くそ、僕だって!

 ランスロットが放った渾身の一撃は、明後日の方向を切り裂く。どこを狙っている? 私はここじゃぞ? ……エクセリアの言葉が、和馬の頭に反響した。

 ヴェルサイユとの戦いが始まる前、すでに他のシュヴァリエと三十分以上交戦していた和馬は、とっくに限界を迎えていた。リオン・ハートの行動予測も途絶えがちとなり、自動回避システムが最後の砦である。

 凛音も限界だった。3D空間に絶え間なく現れる敵を、凛音は撃ち倒し続ける。これまではクリアごとに一息つく余裕もあったが、リッターをサポートするためには、刻々と変化する戦況に、リアルタイムで対応し続けなければならなかった。当然、戦闘時間が長引くほどに負担も増大。そして何よりも、相手が人工知能ではなく異星人であることが、難易度を跳ね上げていた。やがて、凛音が撃ち漏らした敵がその数を増し、3D空間を黒く埋め尽くし――。

 凛音が椅子から崩れ落ちた。

 駆け寄った舞が凛音からヘッドマウントディスプレイを外し、その身を抱き起こす。凛音は何度も嘔吐えづいたが、出るのは涙と胃液ばかりであった。

「凛音……」

「だ、大丈夫です。まだ……」

 凛音は舞に肯くと、震える手をヘッドマウントディスプレイに伸ばす。

 ……駄目だ、まだ、携帯電話は鳴っていないのだから。もう、絶対に、諦めるもんか! 私が、世界を、夢を、先生を、救うんだから!

「無理だよ! これ以上やったら、リオンちゃん、死んじゃうよ!」

 リオン・ハートの調製を続けていたがミコが、涙目で首を振る。

「カズ! もう無理だ! 離脱しろって!」

 晋太郎が全面モニターに向かって吠えた。ランスロットの動きが、遅く、鈍い。

「……そんなこと、できませんよ! 僕だって!」

 和馬は目を凝らした……が、ヴェルサイユの姿がどこにも見えない。

「和馬君! 上だ!」

 啓介が叫ぶ。……上? 和馬がぼんやりと顔を上げた。剣を構えたヴェルサイユが、ランスロットに向かって落ちてくる。

「これで終いじゃ!」

 ランスロットの胸……コックピットをヴェルサイユの剣が貫こうとしたその瞬間、それを横から滑るように受け流したのは……白騎士アーサーだった。

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