第34話 俺、の布団に雨宮がいる

「それで。二人きりで一体なにをしていたのかしら」

「いやなにって別に。普通に話してただけっていうか」

「健康な男女が二人きりで居て、そんなことがあるわけないじゃない」

「おいおい。お前は俺をなんだと思ってるんだなんだと」

童貞獣ドウテイジュウ

「怪獣みたいな動物を生み出すな?」

「獣という意味では同じでしょ」


 うーんまあ違わないかもしれない!


「だいたいみのりもみのりよ。私の道具もちものには興味はないって言ってたくせに」

「いやだから俺と先輩はなにもなかったつーの! むしろぐーぱんされたまである。それより食いながら喋ってると、ほら、服、服にケチャップつくぞ」

「え、うそ。ちょっと、んもうっ!」


 雨宮は慌てて皿にスプーンを置くと、胸元についた赤いソースを指ですくい、舌先をちろっと出し、舐める。他愛もない所作しょさだが、彼女がすると一種の優雅さすら漂う。神様ずるいぜ。


「これお気に入りなのに」


 なら着てこなければ良かったのでは。なぜ俺の家に来るのに着てしまったのか。そこが謎だ。

 ちなみに飯は女子っぽくふわふわのオムレツ。我ながらうまく作れたとは思う。


「ごちそうさま。悪くなかった……ん、そうね。その、美味しかったと言いかえることもできなくはないわ」


 どっちなのそれ、というありがたいご感想も頂くことができた。とりあえず不味くはなかったぽいので一安心。

 夕飯を食べ終えたあと、見もしないテレビを付け、雨宮と選挙について話し合った。


「ところで雨宮」

「なに?」

「選挙に勝つ方法を考えるのはともかく、悪いが頭を使うそっちの役に立てそうにないぞ」

「立つか立たないかは私が決めるわ」

「唯我独尊なご意見どうも。つうか選挙なんてのは、俺がやりたかった冒険とは全然違う方向だし、明日も学校だし、寝ていい?」

「永眠するなら手伝うわよ」


 真顔で不吉な単語を口走るのほんとやめて。

 雨宮はふぅっと息を吐くと、穏やかな笑みを浮かべた。


「私はこれも冒険だと思ってるし」

「ああそーかよ」


 俺も笑いを含んだ溜息で返した。

 ま、こういうのもありかってな。



   *******



 結局、生徒会総選挙にどう勝利するかの結論は出ず、やがて夜も更け、雨宮が布団に入ったのは0時を過ぎたところだった。

 着替えを持ってきていた雨宮は、ティーシャツにホットパンツというラフな恰好で布団に潜りこんでいる。(持ってきていたということは、つまり俺が断固拒否するというパターンは頭からなかったと思われる)


「ねぇ。このお布団。童貞の匂いがするんだけど。具体的にはイカ」

「しねーよ。電気消すぞ」


 布団の端を握り顔を埋めすんすんしていた雨宮に声をかける。嫌なら嗅ぐなっての。

 電気が消えると、いつものように暗闇と静寂が部屋を支配し――なかった。

 布団に入ってからも、雨宮はあーでもないこーでもないと話しかけてきて、それに寝袋の中の俺が返すというやりとりがしばらく続いた。


 なるほど先輩が言っていた通り、雨宮は道を作るのは得意だがどう進めばいいか分かってない

 それに対して先輩の方は、持ち前の人当たりの良さでをよりよく舗装し、歩きやすくしていけるだろう。

 まるで神様が、互いに必要としている能力を一人に与えず二分にぶんしたかのうだった。

 雨宮の問いかけに答えつつスマホの待ち受けを見る。時刻は00:36。電気を消してから30分ほど経っている。なんだか修学旅行の一幕みたいだ。


「ねぇ。みのりとなにを話してたの」


 静かで小さな声が、冷えはじめていた空気に乗って流れてきた。


「ん、なんも話してないぞ」

「ほんとう? みのりが掃除前の汚部屋に他人を呼ぶの、とても珍しいんだけど」

「あーあれか。確かに昨日の今日であの汚さにはさすがにびっくりだったな」

「普段はそういう弱みを見せない子だから。合格ラインにいることを喜んでもいいわよ、八坂は」

「冗談。あの先輩の合格ラインはもっと高嶺だろ」

「その高さを決めるのはあなたではないから。だって八坂、あんな可愛い子に言い寄られたら悪い気はしないでしょう」

「そりゃまあ。けど言い寄られてなんかないぞ。ただ少し昔話を聞かされただけだ」

「ほーらやっぱり。聞いてたんじゃない」


 どうやらそこがお気に召さなかったらしく、雨宮の少し甘かった声に棘が混じった。

 隠す必要もない俺は、聞いたことを話し始める。

 二人が親戚であること、先輩の目的がサクライの正常化であり、その一歩が学園――生徒会の清浄化であるということ、雨宮がその話の発端であったこと、それらを先輩から聞いたと言い終えると、雨宮は「そう」と小さく呟いた。


「なあ雨宮。先輩の目的はお前の目的と少しずれている気がする。お前の本当の目的はいったいなんだ」


 俺はずっと気になっていた本題を、切り出した。

 あの巨大地下空洞デッドスペースで言った言葉の意味。

 もしかしたら今日中に聞けないんじゃないかと思うくらい、雨宮は関係あること、関係のないこと、ずっとしゃべり続けていた。饒舌じょうぜつに語り続けていれば、聞かれたくないなにかを、隠せると思っていたのだろうか。


「ね、八坂。偉大な技術もった人間の血筋。そこにかかる重圧という呪い。下らないと思わない? だってこのサクライがすごい技術発想で作られたっていっても、しょせん人が創り上げたモノでしょう。今は無理でもいつか可能になるわ。そんな大層なものじゃないのに、父さんも母さんも、親族も、みんなこの島サクライに縛られてる」


 天上を見据えながらゆっくりと。雨宮は吐き出した。


「まさか島を消すって、その縛られてる呪いを解くためだったりするのか?」


 無言なのは、否定なのか、それとも肯定なのか。

 どちらとも分からなかった。

 消防車のサイレンの音が鳴っている。遠いようで近い。


 そういえば先輩が言っていた。

 雨宮が三年ぶりに会いに来たと。けど頭を抱えうずくまっていた親友の前に、雨宮が現れる。そんな偶然があるだろうか。

 何万分の一かであるかもしれない。

 でも二人の関係を知った今、そうじゃないのではないかと考えるようになっていた。

 この騒動の発端が、全て最初から雨宮るりかの計画だったとしたら。


「……もしあなただったら、どうした?」答えはなく質問が帰ってきた。

「さあな。俺みたいなアホにはわかんねーよ。ただ、俺らみたいなガキが背負うにしちゃ、難儀な話だとは思う」


 だってそうだろう。形のない重石を知らず知らず背負わされているのだから。


「もし俺なら同じ立場だったら――」

「だったら?」

「――そんな面倒なことは捨ててさっさと逃げる」


 光のない部屋。布団が擦れる音がして、誰かの視線が俺を見たのが分った。


「先輩もサクライの正常化とか生徒会の清浄化とか、そんな重石プレッシャーは捨てて、どことなり行って違う道を歩めばよかったんじゃないのかって思ったりする。あの人ならここ以外でも活躍できるだろうし」

「……ということが重要なの。こればかりは、なんでも分るあなたにも分からないでしょうけど」


 責める口調ではなかった。


「ま、どちらにせよお前には無用な心配だな。どんな重圧だって跳ね飛ばしていけるさ」

「買い被らないでよ。私だって軽いわ」


 雨宮がなにか言ったが、近くを通り過ぎて行ったサイレンの音で消され、俺の耳には届かなかった。

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