第31話 俺、先輩と二人きりになる

「なんですか先輩、この部屋は」

「え、あたしの部屋だけどおかしい?」

「おかしいっていうか……」


 俺は倒れ込んできそうな段ボールタワーを手でおさえながら、ぐるりと見回す。

 壁際には段ボールの山。

 テーブルの上にはコンビニで買ったと思われるお菓子の山。フローリングにはよく分からない機材とコードで足の踏み場もない。ここからじゃ見えないがコードが続いてるのを見るとたぶん浴室の方も似たような感じだろう。

 この部屋でシャワーを浴び、疲れをいやし、みんなで簡素な食事を採った。それはつい昨日のことだ。もちろんこんなゴミ部屋ではなかった。


「一体なにがあったんです? 泥棒にでも入られたんですか」

「? 別になにもないよ。普通に使ってただけだけ」


 普通の定義が崩れそうだ。どうやったら一日でこんな汚くできるのか……。


「うーん。ほら男子三日会わざれば刮目かつもくして見よっていうじゃない?」

「男子じゃないし三日どころか一日ですし、どこからツっこめばいいか分からん台詞をいい笑顔で言わないで下さい」

「ま、いいからいいから。ほらこっちきて座りなよ」


 先輩は辛うじて床が見える場所だけをひょいひょいと歩いていくと、テーブルの前にちょこんと座った。


「分りました。けど少し時間がかかります。待っててください」


 苦々しい声を先輩に投げつけつつ足の踏み場を探す。「いやーあたしは特に変なことはしてないんだけど。いつもすぐにごちゃってなっちゃうんだよねぇ。ちょっとだけだけど」の定義も崩れそうなご意見だった。


「これ、掃除どうしてんすか」

「お手伝いさんが二日に一回来てくれてるよ。ぱぱっと綺麗にしてくれるよ」


 すげーなそのお手伝いさん⁉

 期待と欲望とロマンに満ちた女子コーセーの部屋が一日おきにこんなんになってたら涙目だろうなぁ。いやここまでくると逆に綺麗にしたくなるのかもしれない。

 途中で台所にあったと思われる雑巾を拾いつつ、俺はなぜここにいるかを思い出す。

 生徒会解散と生徒会長選挙。今日丸一日、これらの話題は校内に奇妙な熱気を沸かせていた。そして俺がその原因ともいう人物に呼び止められたのは、放課後になりちょうど校門を出たあたりだった。




   ******




「よ、道具一号くん。この先輩を待たせるとはいい度胸してるるるじゃないー?」


 聞き覚えのある声に呼び止められ俺は振り返った。

 

「阿賀山先輩。今にも踊りだしそうなリズムで呼び止めるのやめて下さい。つか別になんの約束もしてなかったと思いますけど……」

「今日の放課後、あたしについてくるって話だったじゃん。遅れたらあの画像を流出させるという約束したじゃん」

「え、そんな約束しましたっけ?」

「うん。たった今」


 雨宮と同じ「わたしが決めたからあんたも知ってるよね」という謎理論を振りかざすな? そんなの分るわけねーでしょう⁉ 君たち共通の思考回路でも使ってるの?


「冗談冗談。そんな泣きそーな顔しなくても大丈夫だってば」

「はぁ。で、俺はいいんですか」


 先輩は一瞬、きょとんとした表情になった。


「なんすかその顔」

「いや察しがいいなって思って?」

「そりゃまあ」


(あんたらと一ヶ月近く一緒にいれば多少はね?)

 心の声は出さないように溜息だけつく。


「でも安心するがいいよ。今日はなにもしなくていい。あたしに付き合うだけー」

「はぁ。それだけでいいんですか」

「うん。だって君さ、執行室でなーんかいいたそうな顔だったし。ご褒美に待ち伏せしてたんだよ」

「あまり嬉しくないご褒美ですけど。まあ聞きたいことは山ほどあります」

「おっけー。じゃいこっか」

「ちょ、手握らないでくださ、っていうかいくってどこに―――――」


 そのまま手を引かれ、あれよあれよという間に学校から数キロ離れた先輩の部屋まで連れてこられたのだった。




   ******




 そしてゴミ部屋になっていた先輩の部屋に至る。

 この部屋も別に荒らされたとかそういうのじゃないっていうから安心したけど、いったい俺になんの用だろう。


「しかい……女の子ジョシコーセーの部屋って、こうなんというか、もう少し男に夢を見させるような部屋にするべきなんじゃないですかね」

「カレシを呼ぶときだったらそーしたかもよ。あんまり気にしないあたしでも、さっすがに段ボールの山はだもんね?」

「なんの邪魔になるんですか?」

「言わせたいの?」


 すみません童貞を絶対一撃必殺する流し目やめてください。あとスカートの隙間から見え隠れするふとももをもう少し隠してください絶対視線がそこに固定されちゃいますすみませんってええいえっちすぎるでしょうクソビッチ先輩めが。


「こほん。一体何人の男をここに連れ込んだんですか」

「さあ何人でしょーか。あたしに聞きたいのはそんなつまらないことだったのカナ?」


 けらけら笑う先輩。

 けど――――その瞳には生徒会執行室で見せた、あの鋭さの残滓ざんしがあった。


「聞いたら教えてくれるんですか」

「うーん内容次第? あ、スリーサイズは聞いても教えてあげないよ」

「そいつは知りたいですが、違います」

「なら。なんであたしが生徒会長だったのを黙ってたかってことかなー?」

「それはどうでもいいです。俺が聞きたいのは、先輩と雨宮はいつから生徒会を解散させる計画を考えていたのかってことです」


 夕日が、先輩の顔に影を落とした。


「もうひとつ。もしかしてあの巨大地下空洞デッドスペースに生徒会長バッジがあるってのも、最初から知ってたんじゃないですか。雨宮はランダムに道具係おれを選んだと言ってたけど、本当は、探索者ハンター役に仕立てようとしてたんじゃないですか。いずれ対決するであろう、大野の暴力の前に立たせるスケープゴートとして」


 立て続けに聞くが、返ってきたのは沈黙だった。

 先輩の顔に落ちていた影が、一段、暗くなった気がした。


「……ふふ。もうひとつって言っておいて、まったくひとつじゃなかったし」

「すみません。聞きたいことが一つで収まりきらないくらい隠し事が多い先輩たちも悪いんでおあいこだと思ってください」

「あーあ。今日呼んだのは道具にご褒美をあげるつもりだったんだけどなぁ。それが詰問されちゃうなんて。さすがのあたしも想定外だ」

「二人の本当の目的はなんなんですか」


 彼女はスカートの裾をつまみ、少し残念そうにそれを離すと、妖艶ようえんな笑みを浮かべ、俺を見た。


「いいよ。教えてあげる。あめみーとあたしがなにをしようとしているか。なぜあの地下にある雨露木の箱を開けようとしているか、を」

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