第30話 生徒会No.革命

「阿賀山! 貴様、桜ヶ峰病院で療養中のはずでは⁉」

「会長! 今までどこにいらしたんですか⁉」


 大野と副会長の発声はほとんど同時だった。

 それが合図になったかのように、静寂だった室内にどよめきが広がっていった。


「あめみー。おまたせぃ」

「みのり。メールをしたら前の扉から入って来るという予定だったでしょう。なぜ後ろの扉から入ってきたの」

「いやー期待通り出てくるのもつまんないじゃない? 後ろからどどーんて現れた方が意外性があって盛り上がるじゃん!」

「そういう私を驚かせるサプライズは要らない。まあ、ちょっとは面白かったけれど」

「ちょ、ちょっと待て。雨宮、それに先輩。会長っていったい……」


 俺は隣で二人が話すのをぼーっと眺めていたが、ハッと我に返り、一歩詰め寄る。


「うん。ここからはあたしが代わりに話す必要があるようだね」


 阿賀山先輩はふんふんと鼻歌を歌いつつ上座中央――――大野が座っている席へと歩み寄った。


「どきなさい」


 大きくもない声だったが、大野は威圧されたかのように慌てて立ちあがり席を譲る。

 桜ヶ峰学園生徒会。通称『桜会さくらかい』。

 その長たる生徒会長は、代々、雨露木メモを発見し企業に提供することで資金援助を受けている。生徒会長とは組織における絶対的権力の象徴だ。代理などと名乗っている大野とは、格そのものが違う。


「でもその生徒会長が阿賀山先輩だったってのは聞いてないぞ。雨宮」

「言ってないもの当然ね」


 ……お、おう。ホウレンソウって言葉はご存じですか雨宮さん?


「14代目桜ヶ峰学園生徒会長、阿賀山みのり。只今ただいまより職務に戻ります」


 姿勢正しく座った彼女は、ゆるふわロールをかきあげると、ロリビッチに似つかわしくない凛々りりしい声でそう宣言した。


「さてさて。二ヵ月ぶりに来てみたけどこりゃまた雰囲気変わったねぇ」

「阿賀山みのり、お前」

「ん、ん、ん。大野? 突っ立ってないでいいよ。とりあえず空いてる席に座って」

「……ちっ! どわっ⁉」「邪魔そこどいて! 会長っ! 会長ぅ‼ 探したんですよぉ⁉」

「うん。副会長ちゃんは近い。近いから。とりあえず自分の席にもどろっか?」


 抱き付いてきた副会長をぐいっと押し戻すと、阿賀山先輩――いや生徒会長――は改めて室内を見回した。


「心配かけたね」

「そんな心配だなんて……私は、私たちは戻ってきてくれただけで十分です」

「ありがと副会長。でもどうやら皆が皆、諸手もろてってわけじゃないようだ」


 先輩がぐるりと見回すと、何人かの生徒は視線を背けた。

 生徒会長が戻ってきたという安堵あんどの空気は流れていたが、そのうちの半分ほどはどちらとも取れない微妙な雰囲気だった。

 拒絶きょぜつ――――とまではいかないが、こころよく迎え入れるというものでもない。


「阿賀山……いや会長。お戻り頂いて嬉しいが、発言があれば最後にお聞きします。今は生徒会長バッジを不当に所持している理由の査問をしている最中で」


 迎え入れない空気代表とも言うべき大野が言葉を発したが、先輩をそれを一笑した。


「査問? 難癖なんくせつけて生徒会長バッジを合法的に貰いうけるために?」

「誤認だ。そもそも、あれは我が生徒会が所持すべき物だということをお忘れなく」

「いやいやもちろん知ってるよ。でもあんたの口振りはまるで、生徒会長あたしじゃない人物が持つべきとでも言いたげだったからさ」


 阿賀山先輩の言葉からは、普段感じる甘ったるさはなく、雷雨の到来を予感させる厳しさが込められていた。


「ふん。こう言ってはなんですが、その通り。半年も公務を放っておいた人間よりも、実務をこなしてきた人物こそ相応しいと思っている。俺だけでなく、ここにいる執行委員たちもね」

「大野! 会長はご病気でやむを得ず離れていただけだ! その言い様は失礼にあたるだろう!」


 侮辱するようなげんに対して、副会長が叱責しっせきを飛ばす。厳しい口調はまるで人が変わったかのようだ。こえぇ!


「病気であろうとなかろうといなかったのは事実だろう。不在の間、生徒会を運営してきたのは誰だ? 正直いまさらしゃしゃり出てこられて場を乱しては他の委員も迷惑だろう」

「貴様大野……っ! 会長を侮辱ぶじょくするに他人のべんうたうか!」

「副会長。怒気を向けるのは自由だが、一度冷静になって周りを見たらどうだ? 君の意見にがどれだけいるかを、な」


 副会長は唇を噛みしめると、表情を曇らせ黙り込んだ。

 大野の声には、過半数以上の生徒会委員を支配している余裕があり、彼女自身もそれを分っていたからだった。


「ちょうどいい機会だ。本物の生徒会長バッジも発見された。この機に本当の生徒会長が誰なのかを再度問おうではないか」

「どういう意味か」

「簡単なことだ。今から生徒会長不信任案決議を提出する」


 大野が放った言葉に、ざわりと、生徒会室が揺れた。


「おい雨宮。あいつはなに言ったんだ?」

「会則第10条8項。不信任案が提出された場合、生徒会委員でその審議を行い、過半数以上の支持を得られた場合、生徒会長は解任となる。その後、現行生徒会委員より生徒会長再選出を行う」

「ほーんなるほど! おおなるほど」

「あなた本当に分ってる?」

「いやすまん、雰囲気で適当に頷いた」

「運動に関してはこと一流の動きができるのに、頭の方は本当にいまいちなのね」

「うむ。え、つか一流って、もしかして一応認めてくれてるってこと?」

「………………別にあなたが一流という意味で言ったのではないわよ」


 ほうつまり文脈的に違うと。うむ。わからん。


「ともかく今大野が言った不信任案決議が出されると、生徒会メンバーによって投票が行われるわ。生徒会メンバーの半分は大野の影響下なのだから通過は間違いない。そして不信任案決議が通った後は、通常の選挙と違い、現生徒会役員の中から会長が選出される。今の勢力図なら誰が壇上に上がるかは明白でしょう。恐らく出すタイミングを見計らってて、今がチャンスと見たのね」


 確かに雨宮(とおまけの俺)という不確定要素に、不在だった会長――阿賀山みのり――の登場は、明らかに現場の混乱を招いている。投票になれば勝つ自信があるからに違いない。

 それを分っている大野の表情は、先ほど阿賀山先輩に一喝された時とは異なり余裕があるものになっていた。


「書記! 今から決議を採る。手続きの準備だ!」

「ま、待ちなさい! そんなのは認められません!」

「副会長。俺が今からしようとしているのは正当な手続きだ。これを認めないというのなら学園の秩序が何たるかを一から考え直さねばならないと思うのだが?」

「…………っ」


 キッと睨みつける副会長だったが、制止する言葉は出てこない。今回ばかりは大野の言葉が正しいからだ。


「そっかぁ。そうだよねぇ。理由はどうあれ、長期不在にしてたのは事実だし、ここらが潮時なのかもねぇ」

「そんなっ……! 会長……!」


 しゅんとする先輩。


「強力な権限を持つ生徒会長と言えど、自己の進退しんたいに関する不信任案決議を止める権限はない」

「その通りだよ。大野。でもさぁ、ちょっとだけいい?」

「ふん。泣き言ならばここ以外で聞きますが」

「いやね。不信任案決議も全然それでおっけーなんだけど。ただね、うん。手続きの前にあたしの話を聞いてからでも遅くはないでしょ?」


 大野は一瞬眉をひそめたが、


「そうですな。それくらいの時間はいいでしょう」


 生徒らに寛容かんようを示すため、提案を受け入れた。


「どうやらあたしは生徒会長には相応しくないようだ。専横と横暴を許し、否定する生徒らの言葉さえ届かないような組織にしてしまったのは、あたしに一端の責任がある」

「でも、それを変えようって、会長はずっと……!」


 副会長の悲痛な言葉に同調するかのように、何人かの生徒会メンバーが唇を噛みしめた。


「あたしが生徒会長に相応しくない。それはそれとして受け止めよう。新しく決めようというのもいい。そこの彼女が責められてたのも、だからでしょう」

「……? だからなんだというのだ」

「生徒会長を決めればいいって話」

「だからこれから生徒会メンバーで決議を……」

「それは不信任案が可決した場合の話でしょ?」

「? なにを言って」


 言いかけた大野の目が見開かれた。


「貴様……まさかっ!」


 今の状況を打開する、なにかを阿賀山みのりは持っていた。

 風向きが変わりつつあった。


「そう。つまり。持ち主決めればいいのよ」


 そう言ったのは雨宮。かすかな笑いが風に乗って俺に届く。

 思い出した。

 いつか話していた先輩の言葉を。

 生徒会長が持つ権限の一つを。

 全14代の生徒会長が唯一使っていない権限――――伝家の宝刀は抜くためにあるのだと。


「生徒会長権限により、現時刻をもって生徒会を解散します」


 静かな先輩の声。


「同時に会長権限により、副会長・会計・書記、及び全ての生徒会役員は罷免ひめん! 同時にわたくし、阿賀山みのりは生徒会長を辞職。一週間後に生徒会長を選出する総選挙を行います!」


 続けざまに放たれた凛々しい声は、隅々まで会議室の壁を叩き一瞬の静寂せいじゃくを作る。が、すぐに生徒らの湧きあがる声が室内を満たした。


「ば、バカな! 俺は認めんぞ、こんなっ! こんな! 不信任決議を、俺は!」

「会長になりたかったんでしょ? 正式な選挙を経て会長になればいいじゃない。なにか問題ある?」


 本来であれば生徒会メンバーのみで生徒会長を選出する密室選挙になるはずだった。それが全校生徒を巻き込んだ公開選挙になってしまった。

 雨宮を追求し生徒会長バッジを正統な所持者――会長不在であれば自分になるはず――に引き渡させるつもりだった大野にとって、解散総選挙になりいちから出直しになるというのは誤算もいいところに違いない。

 奇妙な熱気に包まれるなか、元生徒会長と、元会長代理は睨みあった。


「腐敗した、生徒会を、壊す」


 かつて阿賀山先輩が口にしていたキーワードが脳裏に浮かぶ。

 これはが生徒会を正常化するために図っただったのだ!


「だから言ったのに。生徒会長バッジの持ち主は、まだ決まってないって」


 そう呟いた雨宮を見る。

 新たな生徒会会長を擁立し、生徒会を立て直す――先輩は最初からこの青写真を描いていたのだろうか?

 いや。まだ出会って日が浅い俺でも分る。先輩はこういうのを考えるタイプじゃない。確かに小細工は弄するが、あくまで敷かれたレールの上で考える人だ。


 なら発案は誰が?

 決まっている。雨宮るりかこいつだ。

 雨宮が大野を挑発しなければ、大野が俺たちをここへ呼びつけなければ、こんなに早く事が進むことがなかった。

 いやそもそも、雨宮が雨露木の箱を開けると言い出さなければ――生徒会長バッジを探そうとしなければ――大野が俺たちと関わることはなく、誤魔化しの効かないで総解散が訪れることはなかった。


 いつからだ。

 一体いつから、雨宮は絡んでいた?

 こいつと初めて出会ったとき、他を寄せ付けない不思議な求心力を持っていると思った。同時にイカれているとも思った。

 でもしばらく行動を共にしているうちに、クラスにいる女の子と変わらない、どこにでもいる普通の女の子なんじゃないかって思うようになっていた。


 でもそれは大きな間違いだった。

 この島を消すと言った彼女の力は、きっと、こういう多様な思惑が渦巻く混沌の場でないと、見いだせない力だったのだ。


「こいつは革命家だ。しかもとびきり大きい」


 歓声と怒号が飛び交う執務室の中、俺は誰に言うわけでもなく呟いた。

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