第29話 嵐が一つだと、誰が言った2

「大野会長代理が主張していたのは本当だったのですか?」


 疑問の声をあげたのは副会長だった。


「そもそも生徒会長バッジは会長が持っていたはずです。それは本物なのですか」

「今の会長が持ってるのはレプリカ。これがオリジナルバッジなのよ、副会長さん」

「オリジナル?」


 多くの生徒も口には出さないがそう思ったようで、隣の生徒と顔を見合わせていた。

 ただ、まったく違う反応をした生徒もいた。

 具体的には大野、それと彼の右手に控えている二人の生徒だ。


「ふぅん……。どうやらこれのが分っているのは、そこの三人だけみたいね。意外と少ないんだ」


 雨宮は微笑を浮かべ、大野を見た。

 大野は一瞬忌々しげに睨みつけたが、すぐ元の顔に戻る。それらを見逃さなかった副会長が眼鏡の奥を光らせた。


「もしかして、あなた方が今日ここへ呼ばれた理由に関係しているのですか?」

「副会長。小娘の戯言ざれごとだ。無視していい」


 だが全員の注目は否応なく雨宮に集まっている。

 生徒会の威厳を見せつけ、合法的にを奪い取る――――その皮算用を狂わされた大野は、苦虫を噛み潰したような顔になって、再び雨宮を睨んだ。


「どうやら会長代理は、なにか隠しているようですね」

「……そんなものはない」

「いいえ。事情は後ほどハッキリさせてもらいます。それとも言えない事情があると?」


 いくら大野であっても、この大勢の視線の前では迂闊うかつな発言はできない。またその使用目的も大っぴらにすることもできない。

 雨宮がここで「自らがバッジを所持している」と明かしたのは絶妙なタイミングだった。さすがか。


「えっと、雨宮さん、でしたね。えっとそちらの男子生徒は。なんというお名前でしたでしょうか」

「彼は私と同じ一年のどう……八坂浩一郎です」

「おい。今なんて言いかけた? 間違える要素どこにもなかったよなぁ?」

いんを踏みかけただけよ」


 韻とは。


「雨宮さん、八坂くん。なぜあなた方が生徒会長バッジを所持しているのか、わたしは把握していませんが、それは桜ヶ峰学園生徒会長を示す証です。こちらで保管しますので渡して頂けますか?」

「いいえ。それはできないわ。副会長さん。なぜなら今このバッジをつけるべき生徒会長は、決まっていないからよ」

「え?」


 思わぬ拒否に副会長は驚く。彼女の言葉の意味を理解できなかったのだ。

 この部屋にいる全ての生徒も、一番近くにいて分っているはずの俺も。

 いや渡さないのは渡さないけど、なにいってんのこの子? 


「それを桜ヶ峰学園生徒会生徒会長は、去年の会長選挙において正式に決定していますが」

「少し端折はしょってしまったようね。続きはもう少し詳しく話せる人に話してもらいますのでそちらからどうぞ」


 怪しい微笑えみを浮かべた雨宮は、いつの間にか取り出していたスマホを上着のポケットにしまうと、重厚な扉へ顔を向けた。

 全員の視線が扉へ集まる。

 と、同時に勢いよくバンと開かれた。

 ――ただし開いたのは後方の扉だったが。


「はっなっしはぁ! 聞かせてもらったわ!」


 後方の扉を開いた人物は、ここ数日で聞き慣れた声を生徒会室に響かせた。

 ユルかわウェーブにしたセミロングの髪、ボタンを二個ほど外したブラウスから見える豊かな胸部。


「阿賀山先輩⁉」

「阿賀山みのり⁉」

「阿賀山会長⁉」


 その人物に対して、三者三様の名称が投げかけられた。

 ――って会長? 会長って誰が?


 この生徒会執行室で嵐が起こると思っていた。

 そして雨宮るりかが起こした。

 ここまでは予想できていた。

 けどもう一つ来るだなんて予想誰ができたか。


「桜ヶ峰学園第14代生徒会長、阿賀山みのり。ここにふっかーつ!」


 こうしてもう一つの暴風が生徒会執行室に現れた。

 間違いなく起きる、天変地異の予兆だった。

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