第28話 嵐が一つだと、誰が言った1
「待たせたな。では貴様らの査問を開始するとしよう!」
大野の野太い声が広い会議室に響いた。
続けて、大野は活き活きと俺たちの罪状(!)を読み上げていく。
雨露木メモを巡る争いの部分を大幅に省いているのも、理解しにくいのに拍車をかけているのだろうが、そもそも会長代理の説明が要点を得ていない。もっとちゃんと説明しろと言いたい。
雨宮なんかは
とにかくまとめると。
・永らく見つかっていなかった生徒会長バッジが
・代わりに生徒会のメンバーがバッジを見つけたが、八坂浩一郎と雨宮るりかに奪取された
・彼らが生徒会長バッジを不法に所持しており、正しい持ち主に返還するべきである
長ったらしくて全て挙げることはできないが、要点だけ切り抜くとこうなる。つかなんだよ不法って。法律なの? 適切な言葉を当てるなら不当じゃね?
「以上だ。なにか申し立てはあるか」
「あるよあるある」
「軽口を慎め下郎が」
え、なに申し立てあるかって聞いたのお前では⁉ 俺は喋らず申し立てをしなきゃならんのか? どんなエスパーだよ。
とりあえずこほんと一つ咳払いをし、
「えーっと。まず不法というか不当に所持しているっていう主張ですが――」
俺たちとしても生徒会長バッジを例の
となると、うまく誤魔化してこの場を切り抜ける必要がある。
そのきっかけを作れるとしたら、後ろにいる一般生徒らがキーになりそうだ。
自らの力を誇示したいがために残したんだろうが、さっきの報告会を見ている感じだと立場をニュートラルにとっている部活も少なくない。
生徒会(というか大野側)が大っぴらにしたくない雨露木メモを巡る部分を、うまく整合性をつけて説明し、味方になってくれるようならばこの下らない査問にも勝機はあるように思えた。
「――というわけで、俺たちは生徒会バッジなんて見つけてないし、変なところにも行ってません」
簡潔に説明を終える。少なくとも大野の説明よりはるかに理論的だったはずだ。
「つまり貴様らは
「ええ。そういうことです。あんたが主張してる土曜日は雨宮サンとデートしてました」
嘘だけどな。なんか痛い視線が隣から感じるが無視だ無視しよう。方便だよ痛いって足踏むな物理でくるな。
「ふん。もし
「犯罪を犯したわけでもない、たんなる
「これは俺が知りたいのではなく、生徒会という機関として正式に聞いている。貴様らが証明しないというのなら広報部を通しサクライ情報管制部に話をつけてもいいぞ」
ああくそう。こいつバカなのに権力と情報の使い方だけは熟知してやがる。
自分にだけ聞こえるほど小さな舌打ちすると、聞こえていないにもかかわらず大野は不敵に笑った。優位に立ったときに強いやつタイプの特徴だ。
「この学園にいる以上、生徒会の影響力から皆無ではいられない。不可能だ。貴様らも三年間、無事なまま楽しい学園生活を送りたいだろう?」
無事なままという言葉の意味が、大半の生徒には不可解に捉えられただろうが、俺には意図がはっきりとわかる。
あの
「八坂とかいったか。お前も金が必要だろう?」
「……いきなりなんだよ」
「トレジャーハンターを志望していると調査にあった。冒険には金がかかるからな?必要であれば俺が手配してやってもいいのだぞ」
なぜ俺の進路希望を知っているか不思議だったが、議員の息子で金もあればどこでなりとも調べられるのだろう。
権力と情報、それに暴力。バカに持たせちゃいけない三要素がもりもりだ。
しかもやっかいなことに、こいつはそういったものを使い慣れている。思った以上にやっかいな奴だ。
俺がどう対応するかと無反応でいると、それを肯定と受け取ったか、
「そっちの女は……雨宮るりかといったか。貴様はどうだ。隣の男にたぶらかされたというのなら見逃してやってもいいぞ。生徒会長バッジを渡せばだがな」
大野はターゲットを雨宮に向けた。
力を誇示しきってから生徒会長バッジを奪い取ろうという算段だったのだろう。
黒髪長髪、人形のような白い肌、凛とした佇まい。大野から見て組みやすそうな女に見えるのも無理はない。
もちろんそんな存在じゃない。静かに見えるのは、台風の中心が穏やかであることと同意だ。
大野が目の前にいる女の子が台風そのものだと気付くには、雨宮るりかという女の子の情報が不足しすぎていた。
「見逃す? 冗談じゃないわ。あなたこそ予算を使ってお気楽なご旅行に行くくらい暇なら北極海に視察に行って寒中水泳でもして生ぬるくなった頭を冷やしてこればどうかしら」
最高権力者を痛烈に批判する言葉に、室内はしんと静まりかえった。
いや元々騒ぎ立てるような声を上げていたのは大野一人だったのだが、それすらもなくなり、本当に人がいるのかと疑ってしまうほど
大野も、立ち上がろうとしていた副会長も、周囲の生徒も、
「い、今なんて言った? オレの聞き間違いか? 温い頭がなんとか……」
大野が
面前の前で一人の生徒を屈服させ、権力というステータスにとってプラスになるはずの予定だったのだろう。
もちろん、そんな甘い計算は雨宮の前では無意味で、驚くくらいあっさり狂う。
「こんなくだらない前時代的なもので、私たちの貴重な時間を奪わないでと言いたかったのだけど理解できなかったかしら。それとも聞こえなかった? ならもう一度言ってあげましょうか?」
大野はなにを言われたのか理解できていないのか、再びぽかんとした表情に戻った。
彼が、雨宮という存在に威圧を投げつけたのが計算ミスだと気付くには、そこからさらに10呼吸する程の時間が必要だった。
「ふ、ふざけるなよ貴様! いや貴様ら! 俺を誰だと思っている! 一年如きが舐めた口を聞くな! 場所をわきまえろ! ここを何処だと思っている! 神聖なる桜ヶ峰学園生徒会だぞ!」
大野が連発した怒号に生徒会委員らは萎縮するが、
「ここがどこかですって? ここは生徒会よ。最初は『バカなお山の大将が猿山では飽き足らず、今年のオリエンテーションは何処へ行こうかもちろん猿山以外で、と相談する学芸会の発表の場』なんじゃないかと勘違いしてしまっていたけど。ここが13億の予算を持つ生徒会執行部ですって? 笑わせないで。ただのおもちゃを持った未熟児の集まりでしかないわ。そこに座ってる代理はもちろん、その暴走を止めない周りの人形たちも」
雨宮がやたら長い「学芸会」名を一息で語りあげ、熱のこもった言葉を生徒会委員たちへ投げつけた。「出来の悪い寸劇をこれ以上見せられるのは、苦痛以外の何物でもない」と。
「大野
雨宮は制服の内ポケットから、なにかを取り出した。
数センチほどのそれには見覚えがある――生徒会バッジだな――っておい! いきなりなに出してんだこいつは⁉
大野も目を見開いている。そりゃそうだ。俺は所持を否定し、大野は大野でどうにかしてその存在を認めさせようとしていたものを、こいつがいともあっさり表に出したのだから。
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