第27話 それはこんな内容だった
活動報告会が終わったのは、それから三時間以上経ってからだった。
終了後、一時休憩ということになり、査問を受ける俺たちは会議室の隣にある部屋に連れていかれた。
ここから更に時間を拘束されるわけであるが、それでも助かったと思った。
なぜか。
活動報告会とやらがあまりに退屈すぎる時間だったからだ。
俺たちに、生徒会の力を見せるデモンストレーションの成分が含まれていたのもあるだろうが、とにかく人生であれほど時間を無駄にしたと思ったことはない。
「あれが年間13億もの予算を扱う組織? 子供だましにも限度があるじゃない。人生でこれほど時間を無駄にしたと思ったことはないわ。思い出すだけで吐き気がする」
と、俺と同じ感想を吐き捨てた雨宮の声も、いつになく疲労の色が濃かった。
無理もない。
あの会議室では、緊張した面持ちの生徒が中央にある壇上に上がり、上座にいる大野生徒会長代理に向かって一礼し報告を始める――――そんな専制君主制時代のような一種の儀礼が182組も行われたのだ。
精神的な意味で疲れないはずがなかった。
どんな会議だったか。一例をあげよう。
例えば園芸部の場合はこうだった。
部長が壇上に上がり説明を始める。前期は農作物の栽培に力を入れ、これまで栽培しなかった新しい品種への取り組みを行うという活動方針で、品種改良を行った作物は島外で生産を行うため現在準備を進めているという、おいおいほとんど研究機関じゃねーかと後ろから聞いていた俺ですら思わず「ほっほーぅ」と感嘆する説明を行った。
だが大野は不服そうしたまま腕組みを崩さず、「おい会計。去年度の園芸部の予算はいくらだ?」と隣に座っていた男子生徒に問いかけた。
それほど活動費必要なさそうな園芸部ですら500万かよと思ったが、園芸部部長の説明を聞く限り、そのほとんどが専門知識を学ぶために島外の農業大学や専門者との交流するための移動費や宿泊費らしい。
「ちと多すぎるなァー? その活動内容なら今期は半分くらいで足りるだろう。おい、中期の予算修正報告にそう付け加えておいてくれ」
「え、ち、ちょっと待ってください! どうしてそんないきなり⁉」
「その交流とやらの成果が、本学園に対してなんら
必死に説明する部長を、大野は
やつが無下にする理由は分からなくもないが、使った時間と金額の分だけ正しく成果が出せるのなら、世界中の研究機関は
それにいくら設備が揃っていても高校内でできることなど限られている。
金額に見合った成果を出そうとしたら、園芸部長が言うように外部との連携が必須になってくるのだろう。それに報告の中にあったが、数年前から大学と連携している研究が花開こうとしているらしい。
彼女の代だけで成し遂げられる成果ではないから、恐らく数代前からの園芸部の方針としてそうあったのだ。方向性としては間違っていないように思われた。
もちろん500万円という金額には重みがある。精査すれば彼らが使っている金に無駄がある部分も出てくるだろうが、しかしそれらを考慮してなお、大野の言葉に同調することはできなかった。
こいつが言ってるのは違う。なにかが違う。違うと分かる。
言葉ではうまく言い表せないが、確実に、俺たちが見ているものと異なっている。
その違和感の正体は、園芸部よりも更に金がかかる部活の活動報告でハッキリとわかった。
「野球部の
次の報告のために壇上に上がったのは30代半ばの男性だった。
「ねぇ八坂。私、視力が落ちたのかしら。どうみてもあれは生徒ではないように見えるのだけど」
「おう。そうだな」
「どちらかと言えば誰かの父親と言った方がしっくりくる気がするわ」
「おう。そうだな。お前の新しい援助な
「ありゃ生徒じゃないが部長だ」
「生徒でもないのに部長?」
「ああ。運動部になじみがないと理解しにくいと思うが、監督とかと同じで、専門知識を持った人間を外部から招くことが多い」
運動部が成績を残すにはしっかりとした組織を作る必要がある。
例えば、部活の部長は普通学生がやるものだが、外部から経験者の大人を招き
もっともそういった強くなるための組織が作れるのは、歴史がある部活だったり、これから全国を狙っていこうとする本気の高校だけであるのだが。
「おや、大野の坊ちゃん。今日のネクタイはいつもと違いますな。それもお似合いですが」
「これは先週親父がイタリア出張の際にプレゼントしてくれたものだ。
「はっはっは。いやいやそれほどでも。まあ実際太ってはいますがな」
「見ればわかる。先月一緒に大温泉に入った時よりも肥えたようだが……美味いモノを食いすぎてるからじゃないのか」
「北海道の海産物は美味うございますからな。またご一緒させてください」
俺が雨宮に説明している間も、大野と渡井は楽しげに
まあ冗談はさておき。話の流れ的に、恐らくこの二人は
「ここは雑談をする場所ではありません。私的な会話は慎んでください」
副会長が冷静に注意すると、野球部副部長はばつが悪そうな表情を閃かせたが、すぐに取り直し報告を始めた。
報告の内容は、正直良く分からなかった。
俺がそれほど詳しくないというのもあるが、この
とりあえず野球部には予想以上の予算が掛かっていて、実際その金額を使い切っているというのは辛うじて分かった。
「――――という活動を続けておりまして。現在甲子園三連連続出場に向けて、部一丸となって猛練習に励んでおります」
「うむ。うむ。甲子園出場となれば我が校、如いてはこのサクライのアピールとなるからな。ところで今年も出場は確実視されているが、来年はどうだ?」
満足そうに報告を聞いた大野が質問する。
「二年生バッテリーは来年も続投ですし、中学でコネをかけた有望な一年生野手が入ってきたので守備面も問題ありません。まあ大丈夫でしょう。ただ不安があるとすれば打撃面ですな」
「ほう?」
「補強のため中学で有望な選手を見て回ろうと思っているのですが、視察に行こうにも予算がですね……。最近はいい選手は取り合いですし」
そう言って渡井はチラリと大野を見た。
「なるほど。それは重要な課題だ。ならば海外視察などはどうだ。イタリアとか? ミラノには有望な選手がいそうじゃないか。留学生として迎え入れればいいだろう」
「おお、それはいいですな!」
っていやいやまてまて。なにがいいの? 野球ってイタリアじゃ「どマイナー」なスポーツだぞ? もし行くとしてもキューバとかアメリカじゃね?
「そういえばミラノで良くしている服飾店が新作を発表したそうだし、見に行くのも悪くないな。予算の方も削れそうな部があったし、そこから回せばよかろう」
「では坊ちゃんもご一緒に行きましょう。そういえば先日、殿堂入りした野手の現役時代最後の満塁ホームランを打ったバットというのが届きましてな。坊ちゃんのご自宅に送らせて頂きましたぞ」
ああそういうことね。
要するに自分にプラスになる部にはよりよい報酬を与え、逆に自分に利益にならない部、あるいは反抗する部に対しては予算を削減して私物化する、と。
分り易く一言で言えば権威。それに歯向かおうものなら予算という形で報復。
実に古典だ。
聞いている部外者の俺ですら呆れてしまったが、周囲を見回すとそんな茶番を呆れた様子で聞いている生徒会委員が副会長以外にもそれなりの数がいるのがわかる。だが多くは見て見ぬふりをしているだけで、この茶番に意見しようとする人間はいない。
こうして活動報告会は続いた。
最後の部活の報告を終えるまで。
******
「阿賀山先輩が生徒会を壊したいって言ってた理由。俺にもよーやく分ったわ」
大野という男に対する違和感の正体。
それは熱。熱意の差。
あの会議室には桜ヶ峰学園に対する情熱がこもっていた。なのにそのトップに座る男からはなんの熱も感じなかった。
からっからの中身。あの男からは信念のカケラすら感じられなかった。
加えて金がかかるという理由だけでその先を見ることができない薄っぺらさ。
情熱もなければ先見性もない。
「おぞましいほど
「生徒会のメンバー全員が全員大野についているわけでもなさそうだったわ。
そう言って雨宮は室内をくるりと見回した。
休憩用に案内されたこの小部屋は生徒会の創設期のものだろうか。
いくつかの平テーブルのほかにパイプ椅子が並べられており、その上には飲みかけのペットボトルやお菓子の袋が置かれていて、いたって普通の学生が大切にしているような場所だった。
きっとここは、熱をまだ持った面々が休憩に使っている部屋なのだろう。
「しかしわからんな。この学校にいる奴ってのは基本的に頭がいい奴なんだろう。あんなのをのさばらせておくなんて、生徒会長ってのはなにやってんだ」
「療養中と言っていたでしょう」
「そりゃ聞いてたけど、ってなに怒ってんだ?」
「別に」
雨宮は不満げに唇を尖らせぷいと顔を背けた。
「とにかくこれで分ったわ。敵は生徒会じゃなくて大野個人ってことが」
「ああ。そうだな」
「壊しがいがあるわ」
「また不吉なことを口走るな。お前は」
茶化そうとして口をつむぐ。
雨宮るりかは、もうなにか考え込んでいたからだった。
目を軽く見開き床を睨みつけている。
びりびりした気配が、空気を震わせこちらに伝わってくる。
俺には思いつかないようなナニかを、今、こいつは考えている。
この話しかけがたい雰囲気を、俺は知っている。
これは、嵐の前兆だ。
――革命を起こして、この島を消しとばすことよ――
真意すら聞けていない発言を、俺は思い出している。
ごくりと唾を飲んだとき、コンコンと扉を叩く音がした。
眼鏡をかけた副会長が会議室に戻るよう優しく指示してきた。
俺は立ち上がり、まだジッと床を見据えていた雨宮の肩を揺らした。
無言で立ち上がった雨宮は、俺の方を見ることなく扉へ向かう。
こつんと、雨宮の靴が床を小さく鳴らす。
ひゅうと、窓の隙間から風が吹き抜ける。
足音に合わせたかのような一陣の風は、雨宮の艶のある黒髪を揺らした。
まるで、これから起こる暴風の予兆のように。
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