第25話 生徒会長代理という男

 『部室とう』と呼ばれる北棟きたとうは、その名の由来にもなったとおり室がずらりと立ち並ぶ建物で、その一番奥、突き当たりに生徒会執行室は存在していた。

 扉は「学校にこんなの必要なの?」思わず聞きたくなるほど重厚な漆塗りで、金に縁どられた豪奢ごうしゃなプレートには『生徒会執行室』と彫り込まれていた。


「悪趣味ね。誰が作ったのかしらこれ」

「そりゃ13億の予算を持ってるやつだろ」


 雨宮と俺の悪態は小声だったが、扉の前に立つ馬場に聞こえないはずはない。

 しかし権力の威光を気にするような人物はなにも言わなかった。

 というかそれどころではないのだろう。ドアをノックしようとする彼の手は、こちらが心配になるくらい震えていた。


「し、失礼します! 馬場二等執行委員、入室します!」


 馬場は緊張した言葉のあと、コンコンと叩いて重厚なドアを開ける。

 予想していたギィという古めかしい音はなくスーッと開く。

 中は教室二個分ほどの大きな縦長の空間が広がっていた。高そうな平机がコの字を描くように並べられており、その上には「会計」とか「広報」と書かれた、国会議事堂の本会議場にありそうな黒いネームプレートが置かれている。中にいた生徒は40人ほどで、80の瞳が一斉にこちらを注目する。

 その中の一つが慇懃いんぎんな声を投げつけてきた。


「生徒会長代理の大野だ」


 上座の中央席で両腕を組んだ男子生徒。薄く茶に染めた髪は無造作にオールバックにされ、濃い目の肌の色と合わさってチャラい雰囲気を与える。年の割に老け込んだようにも見える濃い顔立ち。顔立ちは一応イケメンと言えなくもないが、ギラギラとした目付きが不快でプラマイゼロといったところだろう。

 彼が軽くうなずく仕草をすると、馬場が「座って良いとのことだ」と伝達あそばせてきた。

 おいおい。ここはいつの時代の平安京エイリアンだよ。直接言えよ直接。


「とても小物に見えるわ」

「同感だ。でも今は黙っとけ。あんなのと無駄な会話をしたくないだろう」


 放っておけば今すぐにでも言葉の暴力を投げつけそうな雨宮の腕をぐっと抑え、俺たちはあてがわれた席に座った。

 それを満足そうに見届けた大野は、背もたれにゆったり深く座りなおし、見下したような視線をこちらに向けた。


「お前たちがここに呼ばれたかは分っているか?」


 横柄な態度に加え、上から目線の発言。

 改めて確認するまでもない。これが俺たちのだ。

 「さあ?」投げやりに返答すると、生徒会長代理大野は眉をひきつらせた。


「お前らが生徒会長バッジを不正に所持しているという事実。すでにこちらで確認している」


 バンッという机を拳で叩く大きな音。野太い恫喝の声。

 俺たちにはなんの効果も与えなかったが、40人近い生徒会メンバーの身体をビクッとさせるのに十分だったようだ。室内の空気がピシリと張り詰める。


「今日お前たちを呼んだのは査問会議を行うためだ」

「査問会議?」

「この選ばれた生徒会メンバーの前で、お前たちがどれだけ不敬ふけいな行動をしたかを明らかにし、軽率な行動が生徒会と桜ヶ峰学園の秩序を乱した罪を問う会議だ」


 足が砕けそうになる。ここはいつの時代だいつの。


「はぁ……。ぶっとんだ結論を出してますけど、要約すると私的刑罰ってことですかね?」

「生徒会に許された学園内秩序を守る権限の一つだ」


 随分な御名目ごめいもくが出てきた。なにが秩序だ? 要するに、「力づくで奪うのは失敗したからバッジを公的な場所で明らかにして合法的に手に入れるわ」ってだけだろーがよ。

 いやまあ? 生徒会長バッジを不当に手に入れたってのだけは間違ってないけど?


「で、ですが会長代理。不確定情報が多すぎて彼らが生徒会長バッジを持っているかは確かではありませんし、第一たかがバッジ一つで、それほどの罪に問うほどのものでしょうか?」


 隣に座っていた男子生徒が恐る恐るといった様子で進言すると、室内がざわめいた。

 確かに大事なものかもしれないがたかが指先ほどのバッジではないか、何故こうも問題にするのか――といった空気が流れ始める。


「知っている者は知っているだろうが、今、会長に伝わっている生徒会長バッジはレプリカだ。生徒会長たる正統な証を生徒会に戻そうと思うのはそれほどおかしなことか? ん? 違うか? 俺の言っていることは間違っているか?」

「あ、はい。いえ。代理のおっしゃる通りです」


 質問した生徒が引き下がると室内もしんと静まり返った。バッジ云々うんぬんはともかく、大野という生徒会長代理の影響力は十二分に浸透しんとうしているようである。

 というか今って授業中じゃないの。査問会とかいう面白会議してていいの?

 そう茶化そうとしたがやめた。こんな茶番をやるくらいだ。教師らにも薫陶くんとうという名の賄賂わいろが行き届いているのかもしれない。


「しかし典型的な独裁者タイプね」

「有能独裁者か無能な独裁者か。前者ならまだましなんだけどな」

「残念ながら後者でしょうね」

「なんで分る?」

「大声出す人間は大体後者と相場が決まっているわ」


 ちがいない。


「今の会話からして、やっぱりほとんどの生徒会メンバーは、この生徒会が雨露木メモを見つけ取引しているという事実を知らないようね」

「みたいだな」

「つまり知ってるのは大野一人とその取り巻きだけ。大野アレをなんとか排除して生徒会長バッジを所持する正統性さえ証明できれば、全て解決できるわね」

「正統性の証明て。そんなことできんのか?」

「できるのかじゃないの。するの」


 雨宮はなんの迷いもなく言い切った。

 どうこう考えるより先に、最速で『ゴールに必要な答え』を出す。

 雨宮の特質だ。

 もし俺だったら、あれこれ考えたあと、『実現可能な答え』を出すだろう。そしてそれはたぶん大きさとして小さい。俺はあくまで実行者であり、革命者じゃないからだ。

 こういうスケールの大きさ。俺は本当にこいつの足下にも及ばない。

 どこか弛緩しかんしていた気持ちが、ぎゅうっと引き締まった。


「では査問を開始するとしよう」


 強硬手段によって手に入れるか、合法的に手に入れるか。

 100億の財宝生徒会長バッジを巡る冒険の舞台は、いつの間にか使われない場所デッドスペースから、壇上へと移り変わっていた。

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