第24話 虎穴を好きな奴がいる
「おいおい、聞いたか八坂。土曜日の事件!」
月曜日の教室。窓際の席に座った瞬間、後ろから
「あー、聞いた聞いた。で、なにを聞いたって?」俺はパックのお茶をカバンから取り出すとストローを刺し続きを促す。
「お、おお? お前ほーんとマイペースだなぁ。土曜日の事件だよ」
呆れたようだったが、それでも人の良い塚崎は再度話を振ってくれる。
「例の地震の話か?」
「そーそー。なんでも
「当たり前だ。この世の中には驚いたり慌てたりすることなんてないからな。テレビでよく見かけるアイドルと握手したって話の方がよっぽど事件になるぞ」
悠々とお茶を吸い出しつつ
思いっきりその当事者で、思い当たる節はありすぎたが、ここで言いふらす必要はない。つまり相手の言葉に驚いてやる必要も、また無いのだ。うむ。スルー
「まあ聞けよ。俺が極秘に手に入れた情報によると忍び込んだ奴はうちの生徒で、A組の雨宮さんを見たって情報がだな――」
「ブォフゥゥゥ⁉」
口内のお茶が高性能霧吹きとなって塚崎の顔面に吹き飛んだ。
「お、おう驚き慌てすぎでは? つうか汚ねぇ。そんな漫画みたいに綺麗に吹き出した奴、初めて見たぞ……」
「俺もビックリだ。つか雨宮を見たってマジ?」
塚崎にティッシュを渡しつつ、俺は話の先を促す。
「ああ。生徒会の人からチラッと聞いただけなんだけどな。なんでも
「生徒会って、塚崎、もしかして生徒会と繋がってんのか?」
「繋がってるっつか俺は
「ほー、そんなことしてたのか」
「ああ。なんつーの? 島との繋がりってやつ? 初代生徒会が発足した際にそういう目的があったらしいぜ。数代前までの生徒会は結構地元密着型だったし、俺も街で桜バッジを付けた生徒会委員に喧嘩してたところを注意されたことがあるわ」
生徒会の意外な一面を聞かされ、少し驚く。
今まで雨宮や先輩から聞かされていた生徒会は、雨露木メモを渡す代わりに企業基金という膨大な金を得て私腹を肥やすような組織、というイメージが強かった。
だがよくよく考えれば生徒会には誰でも入れる。俺たちの敵は、歴代の事情を知っているのは生徒会長とその周りのごく一部なのだろう。
「んだからさー、生徒会と住民との繋がりは深いんだけど、ここんとこ数代の生徒会はそれを無視して金勘定ばっかりでちょっとなぁ」
にこやかに話していた塚崎は、教科書を出す手を止めトーンを落とした。
「俺が頑張って桜ヶ峰に入ったのもそんな生徒会に憧れてたからなんだけど、企業基金で
雨露木の使われない場所(デッドスペース)を牛耳り、企業へ情報を流すことで莫大な予算を確保する組織。
――生徒会という組織自体が徐々に狂ってきているのよ――
阿賀山先輩の指摘が脳裏に呼び起こされた。
塚崎のような地元民が薄々感じるほど、組織の形態が変わってきているのかもしれなかった。
「八坂浩一郎はいるか?」
と、その時、教室黒板側にある扉が勢いよく開いて男子生徒が入ってきた。扉の音に衆目の視線がその男子生徒に集まる。男子生徒の襟元には桜のバッジが付いているのが遠目でもはっきり確認できた。
「俺ですけど」
「生徒会委員二年代表代理の
隠し通せるものでもなく軽く手を挙げて名乗り出ると、馬場と名乗った生徒は威圧的な態度で事務伝達を行った。
「今すぐって。もうすぐ一限目はじまりますけど」
「会長代理のご使命だ。担当教師には後ほど連絡が行く」
おーなるほどなるほど。変質するとこんな行動にも出てこれるのか。
俺が無言で感心していると、肯定と受け取ったか男子生徒は満足そうに頷き教室を出ていった。
彼が立ち去ると、クラス内がにわかに騒然となる。
「八坂くんなにかしたのかな」「呼び出しがあるときって結構厳しい処罰があるって先輩から聞いた」「生徒会室執務室って、別名処刑執行室って話だぞ」「ご愁傷様……」「良い奴だったのにな」
おい最後? 何か俺が死んだ風になってない?
「おいおい八坂。呼び出しとかなにしたんだ?」
「一限目は移動教室だろ。そろそろ移動しないと一限目に間に合わないぞ」
塚崎の心配そうな声に明るく返し、必要のなくなった教科書を机に戻し教室を出る。
さて俺の所にも生徒会委員が来たくらいだ。当然、張本人の一人である雨宮にも行っていると見た方がいい。
生徒会執行室とやらに行く前に寄り道を少し。一年A組へ。入り口からちょうど雨宮が出てくるところだったので、その肩を
「おい」「きゃっ」
可愛い声をあげて驚く雨宮。
心底びっくりした表情になったあと、赤くなり、般若の様な怒りの表情になる。
……という謎のサイクルを数秒かけて繰り返した後、女神のような微笑みを浮かべた。
「こんにちは。八坂くん」
「ずいぶん忙しいな。新しい顔芸の練習か?」
「誰が顔芸芸人よ。ぶち殺されたいのかしら」
雨宮は笑顔のまま、小声で
愛の囁きなら歓迎したいところだが、今回の場合はどちらかと言うと悪魔の布告である。クリーチャーを一体生贄に捧げよと言わんばかりだ。表情は女神のままだから内容とギャップが凄い。
「お淑やかな女の子を演じるの、大変そうだな」
「その気持ち悪いにやけ笑い、今すぐ止めなさい。なにか用かしら。急ぎの要件じゃなければ後で聞くわ」
「さっき俺の教室に生徒会のやつがきた」
簡潔に要点だけ伝えると、雨宮は眉をひそめ、視線を教室の方へ移した。
A組も移動教室らしく周囲に何人もの生徒が歩いており、そのうち何人かは奇妙な視線をこちらに向けている。その彼らの間をかき分け、見覚えのある男子生徒が現れた。
「雨宮るりか、八坂浩一郎! 探したぞ! すぐ行くよう言ったはずだ。世話を焼かすな!」
先ほど教室に来た生徒会メンバーが高圧的な態度で告げる。こっちにも来てたのか……こいつ――うーん、名前なんだっけ。まあいいか。
「すみません
「八坂くん。そんなトンデモ格闘技の主人公みたいな名前に間違えるなんて
「ば、馬場だ! いいからさっさとこい! 代理がお待ちだ。俺も貴様らに割く時間はないんだ」
「失礼しました先輩。さ、八坂くん行きましょう」
丁寧な口調で、素直に一礼する雨宮。
だが俺は知っている。この女神の仮面の裏を。
そして理解している。大人しく引き下がる
「この呼び出し。目的は一体なんだと思う?」
「なんだっていいわ。私たちがすることは一つだもの」
「それは?」
彼女の背中から怒りの黒いオーラが立ち込めていくのを見て、俺は、
「宣戦布告に決まってるじゃない」
こいつと敵陣ど真ん中に突っこんでくとか、色んな意味で行きたくないなぁ、と、強く思ったのだった。
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