第19話 ハンター

 雨宮の脇にいる彼らはこの地下迷宮に偶然立ち寄った旅行者だ。

 ……という確率は俺が童貞を捨てられるよりも低いに違いない。

 そもそも雨宮に向けている大型ナイフや拳銃からして友好的存在でないのは明らかだ。


「なぜのこのこ出てきたのバカ道具」

「俺はエスパーじゃないんだ。お前がこんな男友達を連れてくるとは想像の範囲外ぞ」

「私に男の友達がいるわけないでしょう。なんなら女子の友達もいないわ」


 お、おう。ていうか友達が全くいないってこと?

 茶化した俺の方が悲しくなるのとかどうなんだ?


「お喋りはそれくらいにしておくことだ」


 雨宮の背後からするりと身体を出した男が低い声を発した。

 年齢は30代後半だろうか。流暢な日本語を発していたが、深い掘りの顔は日本人には見えない。その顔には無数の傷跡が刻まれており、これまでどういう人生を歩んできたのかが容易に想像できた。


 トレジャーハンター。

 宝を探し世界中を巡る存在。

 紹介されたわけではないが彼等の職業を推測する。

 ここは宝が眠る人工島だ。出くわしても全く不思議ではない。

 わざわざ俺たちに接触してきているということは、生徒会長バッジが「お宝」であるというのも知られているのかもしれない。

 本物の圧に押されないよう軽口で様子を伺う。


「赤ん坊の仕事が泣くのと同じで、高校生はお喋りが仕事ですからね」

「そうか。俺たちの仕事はゴールの前に小石があれば取り除く仕事だ」

「いたいけな学生をいきなり拘束こうそくして脅す仕事の間違いじゃ?」

「お前のように軽口を叩く奴を黙らせて従わせるのも仕事のうちだ。質問に答えて大人しくしていれば殺しはしない」


 男は左目の――いかつい顔に似つかわしくない――四角いモノクルを太い指先で直すと、ゆっくりと尋ねてきた。


「生徒会長バッジは見つけられたか?」


 やっぱそれか。表情を隠したまま内心舌打ちする。

 そういえば道中鹿倉が「誰かに尾けられている」とか言っていた。あのときは冗談だと笑い飛ばしたけどまさかこんなことになるとは。もっとあいつの注意を真摯しんしに受け止めておくべきだったかもしれない。

 俺は雨露木メモという存在が幻想や妄想でなく、億単位の金が動く財宝トレジャーだということを、改めて思い知らされたのだった。

 しかしここに生徒会長バッジがあることを、こいつらは一体どこで知ったんだ?


「質問に答えれば何もせん。黙っていないで素直に喋ることだ」

ふくろうさん、そんなガキ殴っちまえば一発で吐かせられ――」


 雨宮の左に立つ屈強な体格の男が余裕の笑いを浮かべなにか言いかけたが、ふくろうと呼んだ男に腹部を痛打され、最後まで続けることはできなかった。


「イギー。今は俺が喋ってんだ。黙ってろ」

「す、すいやせん……」


 男が腹部を押さえよろよろと立ち上がる。梟はずれたモノクルを指先で押さえると、改めて俺へと向き直った。


「さて続きだ少年。そこの地下でバッジは見つけたのか。答えはイエスかノー、簡潔に。余計なことを言うとそこの男のようになる」

「まああったかなかったかと聞かれればあったけど、けどあんたらなん――」


 強烈な腹部への打撃。鈍い痛みが全身に走り、身体が意図せずしてくの字に曲がった。胃から込み上げてくる不快な感触を吐き出す。なにも食べていなかったので胃液だけで済んだのは幸いだった。


「簡潔にと言ったはずだ。その痛みは許可なくお喋りはするなという忠告を無視した代償と思え」

「……そりゃ……どうも」

「答えないのならそれはそれでいいが、次は隣のガールフレンドへ行くことになる」

「ちょっと誰がガールフレンドですって? 明らかな間違いを既成事実にするとはいい度胸――「待て。答えはイエスだ。バッジは地下だ。下の壁にあった」


 余計な事を口走ろうとした雨宮の機先を制し話す。


「では案内して貰おうか」


 モノクルの男は余裕のある低い声で、俺を先へ促した。

 地下への梯子に向かう際、雨宮の恨めしそうな視線に気付く。

 おいおいそんな目で見んなっつの。目の前にいる男は女だからといって手加減するような為人ひととなりじゃないんだからな。

 視線だけで答えると、雨宮はぷいっと顔を背けた。


「……私を勝手にガールフレンド扱いした罰は必ず報いさせるわ」


 あ、怒りポイントはそこなんすね。




    *******




 梯子までは10メートルもないが、それでもなにか手はないかとできるだけゆっくり歩く。

 相手は四人だ。どうする?


「生徒会長バッジがここにあるって、一体どこで知ったんだよあんたら」

「それ、お前が知る必要があるか?」


 肩を竦めながら諦めたていで尋ねると、腹を殴られた男――イギーと呼ばれていた――が鼻で笑って乗ってきた。


「そりゃそうだけどさ。どうやって知ったのかなーって。俺、将来トレジャーハンターになりたいんで後学のために聞けたらって思って」

「おいおい冗談でしょう? キミみたいなひょろいやつがなれるほど、こっちの世界は甘くはないよ」


 答えたのは雨宮の隣にいたもう一人の男だった。

 モノクルの男や殴られた男は、筋肉の隆起が服の上からでも分るくらい無骨な体形だったが、こちらはどちらかと言えばモデルに近い体形で、喋りもどことなく品を感じさせた。


「ひょろいって! くくくっ! ひょろがひょろに言っても説得力ねーぞ。レノ」

「体幹なんか必要な分だけ鍛えればいいのさ。必要以上に鍛えてもキミみたいに動きが重くなって不便だからね」

「あ? 俺のどこがとろいってんだ?」

「頭の回転だよ。キミに足らないのはそういうところだぞ。イギー」

「あんだと」


 二人はどう見ても日本人だ。愛称のようなもので呼び合っているが恐らくコードネームだろう。


「でも本当にすげーって思いマスケド。頭使わなきゃ、こんなところは見つけられないでしょ」とりあえずおだててみる。

「お、お、そーだろそーだろ。お前ひょろいけどなかなか見どころあるじゃねぇかガキ」

「アザッス。俺だってあれを使う場所知ったの最近デスヨ」ちょろそうなのでもう一息。

「あん? 使う場所?」


 ……なるほど。バッジの使い道まで知っているわけじゃないのか。あるいは知らされていないか。


「ま、なんでもいいや。頭使うのはふくろうの旦那とレノに任せておけば。おめーも旦那が忠告したように余計なことはいわないこった。ああやる気なら一戦交えてやってもいいんだぜ? 俺は旦那と違って手加減できないけどな、くくく」

「おい無茶言ってやるな。がいい勝負できるのは随伴ずいはんしてる坊やくらいだろ」


 レノが指したそこの坊や、とはもう四人目の男――いやむしろ少年という方がしっくりくる幼い顔つきの人物だった。

 俺たちと同い年くらいに見える。足を踏み外しそうになったり砂地でバランスを崩していたりと、明らかに場馴れしていないのが分る。

 テキパキと動く三人に比べるとその差は歴然だ。新人なのだろうか?

 まあ確かにあれくらいなら勝てそうだが――


「おい。お前ら、お喋りはそれくらいにしておけ。ここがどこだか忘れるな。些細ささいな油断から命を落とした奴の話はダース単位になるぞ」

「へへ、分ってますってふくろうさん」

「……おい待てイギー。お前が監視してたはどこへ行った?」


 梯子手前まで来たとき、ふくろうが眉をひそめた。


「えっ、さっきから横に――」イギーが横を見たのと、その巨体が吹き飛んだのはほぼ同時だった。

 吹き飛んだ、という表現は誇張こちょうでも何でもない。

 二メートル近い巨躯きょくは、まるで巨大なこん棒で殴りつけられたかのように宙を舞い、数メートル先に叩きつけられていた。


「ちっ⁉」


 強大な質量を吹き飛ばす一撃を放った可愛い坊主――鹿倉かぐらかなめ――は、すでにレノに身体を向けていた。


「ふッ!」


 鹿倉の小さな身体がレノの目の前で反転し、体重を乗せた回し蹴りを放つ。レノが両腕でガードしたのはさすがと言うべきだったかもしれないが、それでも数歩よろける。

 体勢を崩したレノに向かって放たれる銀閃ぎんせん

 だが単に狩られる羊ではないことを証明するかのように、レノは鹿倉のナイフを自らのナイフで受け止めていた。

 俺の目で追えたのはそこまでで、速すぎて何をしているのか分からないほどの攻防が繰り広げられ始めた。


「ちっ! イギーの脳筋が。から目を離すなとあれ程言っておいたってのに!」


 ジャミがののしったのと、俺の身体が動いたのは同時だった。

 一番近くにいたルーキー野郎の襟首を掴み引っ張る。勢いをつけてそいつを押し付けると、不意打ちの効果でふくろうが体勢を崩した。

 今だ!


「雨宮! 行くぞ!」

「ひゃっ⁉」


 俺は雨宮を抱きかかえ地下室への階段へ向かって走る。勢いをつけたまま飛び下りた。


「ちょ、八坂。また私の身体にさわっ……触って!」

「うるせ不平・不満・言い訳・全部後回しだ。今そんな時間はない!」


 レノと相対している鹿倉が気にはなったが、こと『戦闘』に関しては比較するまでもないのは明らかである。悔しいが上は任せるしかない。

 壁に埋め込まれている生徒会長バッジに触れる。無理に取りだせばここへ来た生徒会長同様、トラップに引っ掛かってしまうのは想像できる。

 だがどうすりゃいい?


「八坂! 後ろ!」


 雨宮の悲鳴にも近い声を、聴覚が認識する。

 右に転がり込んだ直後、俺の頭があった位置に、暴風のようなふくろうの蹴りが跳びぬけていった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る