第18話 鹿倉要と発見と


鹿倉かぐら、そっちはどうだ? なんかあったか?」

「……いや。…………異常は……ない」


 こちらを向くことなく、弱々しい小さな声が返ってきた。

 雨宮を救出した際の卓越した身体能力には驚いたが、どうやら体力はあまりないらしい。まあ体格を考えたら当然か。


 しかし雨宮も大概たいがい変わってるが、こいつもかなりの変人である。

 そもそも俺たちよりも年下にしか見えない(というか一体いくつなのか分からない)少年が、なぜ護衛などという仕事をしているのか?

 道中なんとなく聞いてみたところ、


「その質問に答える必要がボクには思い当たらない」


 というつんつんしたお言葉が返ってきた。

 その表情は硬く、笑顔の微粒子すら感じられない。

 黙ってれば雑誌の表紙を飾れそうなスタイルと造形なのにもったいないと思う。


「そういう浮ついた世俗せぞくには興味がない」


 ほーんさいでっか。

 世俗とかほんといくつだよお前と聞きたくなるが、聞いてもどうせ答えないだろう。

 とりあえず今分ってるのは、鹿倉かぐらかなめが異常な身体能力を持っているということだけだ。

 雨宮を助けた際の動きには目を見張るものがあったが、一朝一夕いっちょういっせきで身に付けられるものではない。なにか特殊な訓練を受けたとしか思えない。

 俺も個人で色々修業()したから分かるのだ。

 ただその「特殊」が一体なんなのか、と問われると分かるよしはない。


「こちらはなにもない。そっちはどう?」

「ああ、残念ながら当たりは無しだ」

「……本当にあるのかここに?」

「だから探してんだろ。お前との契約もしたことだし、ほら喋ってないで体動かせ」


 ちなみに「探す」のは鹿倉が雨宮と交わした「契約」に入っていないかったで当然の如く拒否されたのだが、後でアイスを奢ってやるから、とダメ元で言ってみたらひょいひょい釣れたのである。ちょろすぎでは。


「くっ……これは思っていた以上に重労働……契約はもっとちゃんとした報酬にするべきだった。これではスターフロントスのダブルトールヘーゼルナッツラテウィズホイップだけでは不相応ふそうおう。ビアードママでメロンパンシュークリームも報酬に追加するべきだったか……」


 え、なに? 今なんつった? 女子力高いヤツが使いそうな呪文が飛んできたんだけど? 報酬のアイスは普通のコンビニアイスなんだが……一体なにを買わせる気なんだ……。


 そんなことを考えつつ、俺は思わず苦笑する。

 基本的に「契約に対して絶対服従する中二病をこじらせたイカれたヤツ」なのだが、こういう子供っぽいところを見せられると、なんとなく嫌えないのだ。

 危うさも感じるが、そこらがけて年相応になれば、こいつとは案外いい友達になれるかもしれない。


 そんなを考えつつ棒を突き立てたとき、ガチッという、これまでにない固い感触が棒の先から伝わってきた。

 慌ててしゃがみこみ、何度か両手で砂をかき分けると、赤い鉄製の板が現れる。さらに大きく払おうとした手に触れたのは、一目で取っ手と分る突起物だった。


「あった……!」


 感慨深い溜息を吐いた後、にじみ出る喜びを抑えるようぎゅっと拳を握る。


「うそ。まさか本当に見つけたの……」

「なんせ運だけはあるらしいからな、俺は」


 いつの間にか近くに来ていた雨宮に、ニヤリと笑いかけ、板上に乗った残りの砂を払うと取っ手が付いた直径一メートルほどの板が露わになった。

 取っ手を引くとずっしりとした重量が手に伝わるが、動かせないほどではない。気をつけながらゆっくりと開くと、梯子はしごが下へと伸びていた。


「雨宮ちょっとこい」

「? ……ちょ、ちょ、なに! 身体に触れようとしているの鬼畜! こんなところでっ……妊娠させる気なのかしら」

「俺は触れただけで妊娠させちゃうエリート鬼畜なの? ってちげーよ。お前に貸した上着にライトが入ってんの。俺だって可能な限りお前には触れたくないっつの」

「……は。それはつまりあなたにとって私は触れるに値しない存在で魅力はないと? 触れるなら隣にいるかなめのような美少年の方がいいということなのね」

「済まないがボクはそちらの基礎訓練は受けていない。契約をしたとしても満足させられるかどうか……」

「お前も極論をすげー勢いで急カーブさせるのはやめろ?」


 差し出された上着から携帯型ライトを取り出しつ下を照らす。

 光はすぐに地面に反射した。


「下まで三メートルってとこか」

「なにか見える?」

「空間があるみたいだが……ここからじゃなんも分からんな。降りて確かめる」

「ちょっ、いきなり入ってだいじょうぶなの?」

「大丈夫じゃないか確かめてくるんだよ。なにがあるか分からん。一応俺が先に行くけど、いいか?」


 雨宮に確認を取ると、彼女は一瞬迷ったあと頷いた。


「気をつけてね」

「ああ」

「まだ仕事は終わってないんだから」


 もっと他に言うことはないのかと軽口を叩こうとして、飲み込む。

 彼女の両手がぎゅっと胸の前で握られているのが視界の隅に入ったからだ。

 なので俺は、皮肉の塊のような女王様の心配を吹き飛ばすよう、ぐっと親指を立てて返した。


 鉄骨を合わせて作ったような梯子は、一見ジャンク品にも見えるが強度は十分のようで足を架けてもビクともしない。

 踏み外さないようにゆっくりと足をおろし、床へと降り立つ。

 ライトを照らし辺りを見回す。

 四メートル四方の小部屋。中央にはテーブルが二つ。壁際には幾つかの本棚が置かれている。


「間違いない。雨露木征爾が使っていた使われない場所デッドスペースだ……」


 はやる鼓動を抑え、注意深く観察する。

 メモや書類といった痕跡が一切ないのは、ここに来た生徒会長が持ち出したからだろうか。


 ふと、正面の壁に当てたライトの光が反射した。親指の先程の大きさの丸い紋章が壁に埋め込まれており、それが反射していたのだと分かる。

 一重桜ひとえさくらが五枚の花弁を開いた形状の紋章。桜をモチーフとしたデザインは古今東西幾らでもあるが、上部の一枚が三つに分かれ絡み合った形状になっているのは、桜ヶ峰学園の校章だけだ。


 つまりこれが、


「生徒会長バッジ」


 触れようとして、その手を慌ててひっこめた。

 っと、危ない危ない。これは生徒会長が「使ったが持って帰れなかった」モノだった。迂闊に手を出せば何が起きるか分かったもんじゃない。

 さてどうするかと少し思案した後、とりあえず上にいる二人に向かって声をあげる。


「雨宮、予想通りだ。バッジが見つかった!」

「……あ、そう」


 予想に反して随分と気のない返事が返ってきた。

 あれ?

 そりゃまあ「やったー!」なんて声を上げて喜ぶのはあいつの性格じゃないだろうけど……それにしたっていまいちな反応じゃないか。

 不審に思いつつ階段を上り外へ出ると、そのいまいちな理由が目の前に広がってていた。


 雨宮の周囲を取り囲むように四人の男が立っていたからだった。

 彼女はそのうちの二人に腕を掴まれ、整った顔立ちを歪めていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る