第16話 ありか
鹿倉と談笑していた雨宮に向けて声をかける。
「雨宮」
軽く呼ぶと、彼女は黒く長い髪をさっとかき上げ、こちらに顔を向けた。
俺が雨宮るりかという同級生に対して抱いた第一印象は「彫刻」だった。美しさ的な意味を込めた美術品、という意味では間違っていないだろう。
しかし人間的な意味となると少々異なる。
なんというか、こう、不思議と人を引き込む力があるのだ。
阿賀山先輩のような人とコネクションを作ったり、鹿倉のような変わった人間をも引き寄せるカリスマ性。
それらは、どちらかといえば政治の世界での闘争を戦い抜くために必要だったりする能力だ。
もしも将来政治家のような権力を持つことがあれば、
ただ、そんな彼女に唯一足りてない能力を挙げるとすれば、「奇抜な発想を完遂することができる能力」だろう。
阿賀山先輩のように実務に突出しているわけでもなく、俺のように労働に特化しているわけでもない。
まあ、足らない部分は誰かの力を借りればいいだけだが。
「遅い。遅すぎるわ。一体何分待たせたと思っているの。反省してる?」
さっきまでの笑顔を消しゴミを見るかのような目でゆっくりと歩いていらっしゃった。うーん一番足りてないのは
「多分に時間をかけ申し訳ございません。不肖ながら我が主が命じられた指令を果たすベく検討を重ねたところ、目的の存在があるべき場所の見当がついたためご報告申し上げたき候」
「一見丁寧な言い方で反省を口にしているようだけど、思い切りバカにされている気がするのでやめなさい」
「練馬一の知将ゆえ、このような言い方に」
「あなた出身は岐阜でしょう?」
……だからなんで俺の個人情報知ってんの。凄腕ハカーの仕業?
「茶番はいいわ。それでなにか分ったのかしら」
「ああ。オリジナルバッジは阿賀山先輩から貰った情報通りここにある。その場所の見当もついた」
本当に? とでも言いたげに彼女は形の良い眉を
「三つの推測がある」
俺は顎に手を当て纏めた考えを脳内で整理しつつ、順番に言葉にしていく。
「一つ目。九年前、生徒会長はこの大洞穴で雨露木メモを見つけた。九年前に起きたサクライのベンチャー企業の
だけどここは広すぎる。
「つまりそれって、ここのどこかにまだ隠された場所があるということ?」
「ああ。この
「なんだかマトリョーシカ人形みたいね。二つ目は?」
雨宮の興味を引いたようで、彼女は一歩近寄ってきた。
「オリジナルバッジの役割についてだ。あれが鍵であるって分ったとき、俺たちはどう思った?」
「どうって。あの倉庫の地下にある箱を開けるための鍵だと考えたわ」
「そうだな。なら使わないのに、鍵をわざわざこんな場所に持ってくると思うか?」
「そんなわけ――」
雨宮は言いかけ、ハッと顔を上げた。
「使うからわざわざ持ってきていた、と言いたいのね?」
「ああ。アマロギセキュリティは同じ鍵を作ることができない。でもそれは公表時の仕様だ。
これはあくまで仮説なんだが、恐らく当時まだ開発中だったアマロギセキュリティにはマスターキーのような存在があったんじゃないだろうか? 現在使われてるセキュリティには関係ないだろうが、この人工島に現存するセキュリティはそれで解除できる仕組みにしていた。だから島内の至るところに
まあ作ったというより、雨露木征爾が勝手に利用していたって方がしっくりくるけど。
「オリジナルバッジはマスターキーだった、と」
「あくまで仮説だがな。それが二つ目の推測。そして三つめの推測でそのマスターキーたるオリジナルバッジが今どこにあるか予測できる」
雨宮がまた一歩近づいてきた。
俺のジャケットを着ているのになぜかふわっとした匂いがする。くそ、なんだよ。
「こほん。オリジナルバッジを使って目的を達成した――たぶんなにかを見つけた――生徒会長は、その後バッジを落とした。けど本当にそうだったんだろうか?」
「どういうこと?」
「生徒会にとって大事な鍵だ。もし落としたのなら大体的にとはできないだろうけど、総力を挙げて探すだろ。でも鍵は発見されなかった」
「生徒会長が見つからない振りをして隠した、とか。のちのち雨露木メモを独り占めするために」
彼女は視線を空中に
「いや中々面白い陰謀論だがそれはありえないな。もしマスターキーを独り占めしようなんて不当な輩が現れたら、今や
「だったらやっぱり無くしたのは本当だと言えるんじゃなくて?」
「そこだ雨宮。見つかっていないんじゃなく持ち帰れなかったとしたらどうだ? なんらかの原因があって置いて行かざるを得なかった」
「なぜ?」
「さあな。そこまでは分からん」
「ちょっ……ここまで人を好奇心で引っ張ってそれで終わり? 肝心な所で役に立たないわね」
「ばっか無茶言うな。俺はエスパーじゃない、推測から得られる答えは推測だけだ。その
ま、自信あり気に言っておいてなんだが証拠は何もないのだ。
我が御主人様から罵声の一つでも飛んでくると思って少しだけ覚悟していたのだが、
「ぷっ……ナニソレ」
可愛らしい唇から零れたのは、叱責ではなく可愛く綻んだ声と微笑だった。
こいつこんな顔ももってるんだな。
「で、そのありがたい三つの推測が本当だったとして、肝心の場所が分からないと証明もできないじゃないのかしら」
「そこは大丈夫。分った気がしてる」
「分ったと分った気がするでは100光年ほどの差があるわよ? 練馬一の知将さん?」
口角を上げ皮肉を口にする彼女は、もういつもの雨宮るりかだ。
思わず苦笑しそうになるのを
「なにしてるの?」
「その100光年の差を埋めてみようと思ってな」
「光の速さで100年必要な距離よ。あなたが童貞を捨てるよりも時間がかかるわ」
まじかよ俺は一生を捨てられないのか。
「ってほっとけ。童貞を捨てる場所ははるか遠くでも、
数歩歩いては鉄の棒を突き立てる行為を繰り返しつつ、背後の雨宮に語りかける。
「隠す……? 生徒会長がバッジを隠したというの?」
「いやそれはない。さっきも言ったが生徒会長は持って帰れなかったんだ。恐らく生徒会長バッジを使って
「ええ。それがどうかしたのかしら」
「ある生徒という単語を生徒会長に置き換えてみ。何らかのハプニングに巻き込まれて生徒会長が救助を求めざるをえなくなった、って意味にとれる。で、もしこの砂鉄の浜こそが、ここで起きたハプニングだとしたら、どうだ?」
「あっ……」
雨宮が手を口に当て小さな声をあげた。どうやら彼女も感づいたようだ。
「おそらく彼が辿り着いた
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