第15話 仮説
最下層中央には直系50メートルはあろうかという湖が存在している。
もちろん淡水ではなく海水なので正確には湖ではないのだが、便宜上そう呼称されているそこは、海水を取り入れ循環させてエネルギー源の一つとしている場所らしい。
らしい、という歯切れが悪い結論なのは、一体どういう構造になっているのかは専門家の間でも未だに分かっておらず、止めて調べようにも下手に触ればどうなるか分かったものではないのでうかつに手出せないからである。
そんな神秘的な場所に辿り着いたのは、ここへ入ってから六時間余りが経過してからだった。
湖の部分は底に何かの動力があるのか湖底は僅かに光っており、それが湖全体をぼやっと明るく照らし出している。周囲には細かい砂のようなものが積もっており、もう少し明るければ星空の下の砂浜のように見えなくもない。
まあこんな所にデートに来るカップルもいないだろうが。
「綺麗な場所ね。少し鉄臭いけれど」
「この砂、全部砂鉄だな」
手にした砂はずっしりと重く、指の間からさらさらと落ちていった。どこかで砕かれて少しづつ体積してるのだろうか。
だが今必要なのはこの場所の役割を知ることでも、もしデートに来た場合どうエスコートするかでもなく、このあたりに落ちているはずのバッジを探すことであった。
「さて一体どこにあるのやら」
「あれの出番ね」
「なにか持ってきてるのか?」
「ええ。道具があるわ」
雨宮は細い指を俺の胸に突き立てて頷いた。
仕方なく便利で道具な俺は、しゃがみこんで腕を組み思考の渦に入り込むことにする。
九年前。この巨大地下空洞に入った桜ヶ峰学園生徒会長は救助信号を出した。そして生徒会長は鍵たるオリジナルバッジをここで無くした。
いや。落とすとかあり得るか? 大事なモノだぞ? そもそも持ってくる必要が全くない。
……このあたりがヒントになっている気がする。
スマホを取り出しタップする。電波は届いていないのでオンラインにすることはできないが、ローカルデータ――俺が集めたこれまでの雨露木メモに関する情報――は閲覧可能だ。
「九年前……雨露木メモに関する出来事……」
いくつかのタグを検索し、やがて求めていたページを見つける。
「通信関連の技術が飛躍的に向上……開発したのはサクライに本社を置くベンチャー企業。これまで無名だったが、ある時期を境に急激に成長してる、か」
九年前と言えばここを発見した時期と重なる。恐らく雨露木メモを手に入れたのだ。会長は救助信号を出して救出されたが、雨露木メモは手に入れた、と考えて間違いない。メモは手に入れ持ち帰った。九年前における通信技術の発展はそれを示す証拠ではないだろうか。
……ん、待てよ?
オリジナルバッジは鍵だ。だがそれは俺たちが見つけたあの箱を開けるためだけのものなのだろうか?
他にも鍵として使う用途があったんじゃないだろうか?
生徒会長はそれを知っていてここで使うから持ってきたのではないだろうか?
なにに使うため?
決まってる。この湖のどこかにあった雨露木メモを手に入れるためだ。
しかしそれならそれで別の疑問が湧く。
重要な鍵だと認識しているものを無くしたら、探すはずだ。
この広大な地下迷宮といえど、自身が通った経路を辿れば見つけられるだろう。しかし実際には見つけられず、
そんなことがあるだろうか。
あり得る可能性が、一つだけある。
……そう例えば、見つけられなかったのではなく持って帰れなかったとしたら?
もやもやとした思考は次第に鋭利な形へと変わり脳を刺激していく。
どれくらい考えていただろうか。ある仮説としてまとめた内容を雨宮に話そうとして、俺は顔をあげた。
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