第10話 阿賀山みのり
放課後を告げるチャイムが鳴った瞬間、ダッシュで教室を出た。
向かう先は例の倉庫。一度行った場所なので迷うこともない。
倉庫の前でスマホを取り出し時間を確認する。16時57分だ。息を整えると、俺は扉に手をかけて一気に開けた。
「21秒の遅刻ね。5時に来なさいとメールは送ったはずだけど?」
脚を組んで座っていた雨宮るりかは、開口一番、俺の罪を問うてきた。
「いやいや。まだ16時59分だ」
「私の時計では遅れているの。分かる?」
分るわけねー!
分ったのは、もしかしてこいつのためにデザインされたんじゃないかと勘違いするくらいやたら似合う制服を着こなしていて、塚崎が付けた
いやそれよりも、
「聞きたいことがある」
「なに? これからやることがあるのだから一つしか聞かないわよ」
俺は無言で、スマホに送られてきた添付画像を突き付けた。
液晶画面には『破れた服を抱えて座り怯えている女の子(当然雨宮だ)に対して、裸の男(当然俺だ)がゲスな笑いを投げかけながらもう逃げ場はないぞ、と脅している素敵な画像』が表示されているはずであった。
「この新たな
「それは朝、あなたのクラスを通りかかった時に、なんだか分からないけど私の性格が悪いというあなたの呟きが聞こえて何だか無性にイラッと来たから、主従関係をはっきりさせるために送ってあげたのよ。分った?」
クッソ地獄耳なのだけは分かったゾ。
つうか俺の席、窓際なんだけど? なんで廊下にいて聞き取れんだよ!
「まあいいわ。今日の遅刻は不問にしてあげる。さすがに私の時計に合わせろというのは不条理だものね」
おお。一応自覚はあったのか。つうかできれば毎回言葉を投げつける前に考慮して?
「でも次はないわよ。次遅刻したら――」
雨宮は近くにあった「謎の格闘家がピカテュウに
チョップされた紙製のポップは無残にも真っ二つ――――になるわけでも砕け散るでもなく、その場に変わらず
変わった部分は真ん中が少し凹んでいるくらいだ。
ドヤ顔の雨宮が「こうなるわ」と豊かな胸を張っていたが、いやいや非力すぎんだろ……。
「あははは。あめみー、それが罠にかかった例の彼だね?」
あまりに非力なパンチにツッコもうとしたとき、倉庫の奥、ガラクタが積まれた裏から女の子がひょいと顔を出した。
桜ヶ峰学園の制服を着た女の子は、わずかに赤みがかかったセミロングのユルかわウェーブを片手で抑えている。
童顔なのに、制服の上からでもはっきりとふくらみが分る双丘や「見えてる見えてる!」とこちらが心配したくなるほど短くしたスカートが、不思議とアンモラルな魅力を引き出している。右目の泣きホクロも印象的だった。
「みのり。いつからそこにいたの」
「あめみーが来る前からだよー。これが例の道具ちゃん? なんだ。実物は割とイケてるじゃん」
みのりと呼ばれた少女は手を後ろに回しころころと笑った。
「雨宮。誰だこのロリビッチは?」
「は? ちょっと誰がビッチだし」
スッと目を細める少女。
そういえばなにかのドキュメンタリーで、小動物でも獲物を狩る時は目の色を変える、というのをやっていたっけ。
それを思い出した、というか思い知らされた。要約すると超怖ぇ。なんでそんな恐ろしい目ができるの? 女子って怖い!
口をパクパクさせていた俺に、雨宮のフォローが入った。
「彼女は
「え、ここの下にある場所を知ってるのか?」
「ええ。私の大伯父……雨露木
「あはは。そーゆーこと。あたしとあめみーはこのサクライを作った功労者の孫同士ってワケでーす」
ロリビッチは元の穏やかな顔つきになって答えた。
「じゃあ、昨日言ってた聞くべき人間の心当たりってのはもしかして」
「はじめまして道具くん。あめみー。ちゃんと紹介してよ」
「え、ああ、うん。そうね。彼は………………」
雨宮は思案するように形の良い唇に指を当て、やがて首を振って、
「ごめんなさいただの変態よ」
「くっそ長いタメからの謝罪、しかもものすげー角度から切り込んだ紹介だけで終わるのやめてな?」
せめてちゃんとした名前くらい教えてあげて?
「少し説明が足らなかったようね」
「だよなぁ?」
「童貞だったわ」
「その追加情報はいらないよなぁ?」
傷口とぐりぐり押し込んで無形のダメージを増加させてくる。
「ぷぷ。よろしくね、変態童貞さん」
こっちもこっちでわざわざダメージアップを図った挨拶だった。
ビッチと呼ばれた腹いせか、おのれ非処女ビッチめ……。
「おいおい聞こえてるぞー少年。ビッチって誰のことなのかな?」
「はぁん。お前以外の誰かに思われたのならそれはきっと俺の言い方が悪かったんだろうな」
「おっと先輩に向かって堂々とため口とは割と度胸あるじゃん」
「は? 先輩?」
どうみても中学生――最悪小学生まである――ような顔つきの阿賀山みのりに向き直る。いや特定部分の成長は確かに高校生のレベルを超えているけれども。
「そうよ。見た目は幼く見えるけれど彼女は桜ヶ峰学園の二年生。私たちの一学年上」
「マジかよ。このビッチ年上なの」
雨宮が呼び捨てにしていたのでてっきり同級生だと思い込んでいた。
「先輩に向かってビッチ呼ばわりは頂けないねぇ。どうしてくれようねぇ。あの押し倒し画像はローカルサーバからグローバルに実名入りでアップしちゃおっかなぁ」
「え、今なんとおっしゃられました……?」
ほの暗い笑顔でビッチいや阿賀山先輩がさらりと危険な事を口走ったのを、俺は聞き逃さなかった。
「昨日、きみとあめみーが淫らなほにゃららをしてる画像撮ったのってあたしなの」
「あんたかよ! あの捏造画像つくったの!」
ダークな笑いを浮かべている阿賀山みのりの方を見て叫ばざるを得ない。
つまりこの女があの場面を映像に取って加工し、雨宮に渡したということか!
「叫ぶよりも先に止めなくていいのかしら? 言っておくけど彼女、私よりも凶悪よ。謝るのなら早めにするのをお勧めしておくわ」
と、忠告してくる雨宮。俺は阿賀山みのりを視線を向ける。制服から携帯を取り出し、何やらすごい勢いで操作し始めているところだった。
「ふふふ。しねしねしねしね社会的にしね」
まずい。目が割と本気だ、いや割とどころではない。本気と書いてマジと呼ぶまであるレベル。「あの」捏造画像をグローバルにアップされたら終わる。人生という名の航海が後悔で。
俺は彼女の前に素早く回り込むと、頭を地面にこれでもかというほど擦り付けた。
「すんまっせんしたァ! 先輩! どうかこの下僕の画像はローカルでのお楽しみだけにして頂けないでしょうかァ!」
自らのプライドを全力で投げ捨て全力で謝罪する。屈辱ではあるが人生を終わらせるのと一時の屈辱のどちらを取るかって聞かれたら答えは明白だ。
「……それだけ?」
頭上から阿賀山先輩の声が聞こえたので頭を上げようとすると、少し暖かい何かに頭を押さえつけられた。視界に黒いストッキングに包まれた脚が見えている。今頭の上にあるのは彼女の右脚だ。
「誠意がまだ足らないんじゃないかなぁ?」
「せ、誠意、と仰いますと」
「そうだなぁ。きみはあめみーの道具だけど、あたしの道具にもなるってのでどうかな? うんそうだ、それで許してあげよう」
「はぁ⁉」
勝ち誇ったドヤ声に、俺は思わず押さえつけらえている頭ごと持ち上げた。
「きゃっ⁉」その拍子にバランスを崩して、頭に乗せていた右脚の俺の頭から外れる形となった。
一瞬、スカートの中が見え、
「しろ……」
「ちょ!」
阿賀山みのりは慌てて立ち上がってスカートを抑えた。
白とか意外すぎた。てっきり黒とかそういうのを履いてると思ってたのに。
「……真面目な顔で凝視するのやめてくんない? あめみーの変態童貞って評価ばっちり当たってんじゃん」
弁解の余地なし。すみません。
「はぁ……。みのり。悪いけどそれは私のだからあげられないわ。意地悪もそのくらいにしておいてちょうだい」やれやれといった感じで、雨宮は阿賀山先輩に話しかけた。
「大丈夫だってば。これは欲しがらないから」
ふふっと笑った阿賀山先輩を、雨宮は少し複雑な表情で見つめた。
「ま、タダで見られたのはしゃくだけどいいわ。許してあげよー」
どうやら俺の人生が抹殺されるのは避けられたようだ。「けど今度あたしを怒らせたらどうなるか知らないからねー?」と、釘も刺されたが。
「分かりましたよ、阿賀山先輩」
「ま、これから同じ目的に向かって走る的な? メンバーなんだからそんな固い呼び方でなくてもいいよ」
「うっす。阿賀山先輩」
「んー。固い、固いなぁ。固くするのは海綿体だけでいいよ。もっとこうフレキシブルにファンキーでお気楽にいこうよ」
何語? コミュニケーション能力が高いリア充は同じノリで接してくるから困る。
「よく分かりませんが分りました。阿賀山先輩」
「だからそれが固いんだってば。あたしのことはみのりって呼んでいいよ」
「了解す。阿賀山先輩」
「……ふうん。きみ結構
「そういえば先輩はなんで雨宮に協力を? やっぱり雨露木メモが目的ですか?」
ふと思った疑問を口に出してみる。
「そうだよ。でも一番の理由は面白そうだから。そんでもって次点の理由は、生徒会を壊したいから」
「はい?」
雨露木メモとはまったく関係なさそうな単語が先輩の口から飛び出した。
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