第09話 桜ヶ峰学園にて

 次の日はこれでもかというくらいの晴天だった。

 雲一つなく広がる青空は、東に見える横浜がうっすらと見えるほど澄み渡っており、公共交通機関の遅延もなし。学生も出勤サラリーマンもいつより心晴れやかに家を出たことだろう。


 そう、寝過ごしてしまった俺以外は。


 俺が虚ろな目で目覚まし時計を見たとき、時計の針は八時を過ぎていた。ベッドから飛び起き玄関を飛び出し、教室に飛び込んだときには、もう一時限目は終わり10分休みに入っていた。


 席に着くなり前の席の坊主頭の男子がニヤニヤしながら話しかけてくる。

 確か野球部に入ったという塚崎つかさきだった。


「よ、八坂。入学二日目から重役出勤とは、もしかしてなかなかの大物? 誰か起こしてくれるような奴はいなかったのか」

「起こしてくれるような彼女も幼馴染もいない。そして残念ながら目覚ましのスヌーブ機能は寝ぼけて叩き潰してしてた。普通なら一発で起きるんだけど、ちょっと疲れててさ」

「お、ネットでいいオカズでも見つけてオナニー疲れか? あとで教えろよ」


 盛大な勘違いをされたが、訂正しようにも、昨日のアレはおいそれと他人に言える内容ではない。他言無用と雨宮に釘を刺されているし、うっかり言えば大変なことになってしまうだろう。雨宮の手によって、主に俺が。


「悪いな。楽しみは秘密にしておく主義なんだ。十分に堪能したら教えるよ。それよりグループメールで知ったんだけど、金曜日はクラスの女子らと歓迎会に行ってたんだって? 俺も誘ってくれりゃ行ったのに」


 さり気なく話題をすり替える。


「おお。急だったもんだから、近くいた奴らしか誘えなかったんだよ。っつかお前、速攻クラス出ていかなかったっけ?」


 塚崎は気にした様子もなく人受けの良い笑顔で尋ねてきた。

 そういえば下駄箱に入っていた雨宮からの手紙を見て、さっさと教室を出て知ってしまったんだった。


「まあちょっと野暮用でさ。で、うちのクラスの女子はどうだった?」

「いい子ばかりだったぜ。よろこべ。一年全体で見てもうちの女子の平均点は高いぞ」

「そりゃいい……って一年全体て。まさか全員に点数でもつけてんのかよ」

「ああ。新入生挨拶が終わった後の空き時間に一年の全クラスを回ってな。女子全員のランク表作ったぜ」


 ドヤ顔でこちらを見てくる塚崎。

 冗談で言ったのにマジかよ。すげえな。その行動力、一体なにがお前をそこまで駆り立てたのか。


「だって知りたくないか? まだ他のクラスの奴らがどんなだか」

「まあそう言われれば……そうだな。気になる」


 実際、雨宮みたいなやつもいるわけだし。


「だろ。で、知りたくなったら誰に聞くってなったときに、オレの名前がまっさきに出てくるわけ」

「ほー。なんだ。思ったよりいろいろ考えてんだな」

「こういう役回りをやっとくとな、色々顔が広くなるんだよ。俺なりの処世術ってやつさ」


 坊主頭をポンと叩いてニヤリと笑う塚崎。体育系に見えて結構頭が切れるやつだった。

「で、そのランク表のコピーは無料?」

「同じクラスのよしみだ。サービスにしとくよ。あとで個人用の携帯アドレス教えてくれ。送っとく。けどちゃんと隠しておけよ? 女子に見られでもしたら悪評があっという間に広がるからな」

「ああ、そこらは重々承知だ」


 もしそんな表が回っていると女子に知られでもしたら、その日のうちにクラス内はおろか、学年中に広まること間違いない。

 するとどうなるか? ……中学二年のとき、似たようなことをしていた浅野くんの惨劇は思い出したくない。むこう一年は女子と口を聞いてもらえていなかったなぁ。


「そういえばAクラスの雨宮って女子は知ってるか?」


 ふと、昨日行動を共にした女の子の名前を出してみた。


「雨宮? ええっと……Aクラスの雨宮るりかか」携帯でなにか捜査していたが、すぐに該当者は見つかったようだった。「今年の新入生代表。容姿端麗かつ完璧なスタイル、加えて成績は優秀。童貞の夢を詰め込んだようなパーフェクト女子だな」


 エベレスト山頂に咲く高嶺たかねの花。というのが塚崎の評価のようだ。

 実際、モデルなんかより遥かに可愛くスタイルもいいのは間違いないので、その評価はおおむね正しいように思える。

 が、性格込みの評価ならパーフェクトどころかランク外に消えるんだよなぁ?


「あれで性格もよければ大変よろしかった」

「あん?」


 ちょうどそのとき、俺の携帯から『テーレレッテー・テーレレー♪』というレイダース・マーチが流れメールの着信を告げる。何の気に無しに画面を見た俺の指がぴたりと止まった。


「そうか八坂は雨宮るりかみたいなお嬢様系が好みか。いやオレも好きっちゃ好きだけど」


 次の授業の準備をしながら塚崎は喋っていたが、俺は画面に表示された『長い黒髪の女の子がいるやけに肌色が多い画像』と、差出人のアドレスを消しながら、こういってやった。


「いやこんな奴を好きになることはない。マジで」


 塚崎はテンションが下がった俺の声を不審に思ったのか、こちらに視線を戻したが、ちょうど教師が入ってきたところだったので、それ以上干渉はせず前を向き直った。

 俺はポケットに戻したスマホを握りしめる。

 あんにゃろう、こりゃ一体何のつもりだ?

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