第11話 財宝と生徒会とその秘密

「生徒会を壊したい……ですか?」

「そーだよー」


 なんだそれ。雨露木メモと生徒会になんの関係があるってんだ?


「んんん。少年は、この学園の生徒会が特別なのを知ってるかい」


 俺は阿賀山先輩の問いに首を振った。

 そもそも雨露木メモ目的で入った学園だ。それ以外はあまり調べずに来たから気にも留めていない。


「呆れた。あなたここの生徒会のことも知らないで入学したの? 昨日はちょっと凄いと思ったのに、やっぱりたんなるバカだったのかしら……」

「やっぱりとはなんだ、やっぱりとは」

「まあいいじゃん。せっかくだからこの機会におねぃさんが教えてあげよう」


 先輩は近くに積み上げていた手ごろな段ボールに腰かけた。


桜ヶ峰さくらがみね学園の生徒会。通称『桜会さくらかい』はね、他の高校の生徒会よりも与えられている予算と権限が、とんでもなく大きいの」

「へぇー……。つか予算と権限って言われてもあんまりピンとこないですけど」

「そうね。まず予算の桁が全然違うわ。少年は生徒会の予算ってどう決めているか知ってる?」

「え、そうですね。まあ学校からでる金と……あと生徒からの積立金とかですか?」


 常識的な範囲内で答えてみる。中学の時の生徒会はそんな感じの仕組みだったはずだ。


「うん。そうだね。学校側から与えられる基礎予算と生徒からの積立金を合わせたものが生徒会予算になる。だけどうちの生徒会では学校側から出る基礎予算がゼロなの」

「え、つまりそれって学校から一切金が出てないってことですか?」


 そんなバカな。生徒から集める金だけでやるって無理ありすぎだろう。


「もちろん積立金だけで運営をやっていけるはずがないよ。積立金の他に協賛きょうさん予算ってゆー枠があるんだ」

「協賛予算……? あまり耳にしたことない単語ですね」

「そりゃこの学園でしか使われてないもん。協賛予算ってのはね、簡単に言ってしまえば、学園内の部活動および学園活動を促進するための基金のことよ。主にサクライにきょを構える企業から出資されてるわ」

「企業がなんのために?」

「サクライにおける企業イメージのアップ。いくら無知なきみでも、桜ヶ峰学園の部活動は有名なのはさすがに知っているでしょ?」


 それはさすがに知っている。

 野球部は甲子園春夏連覇中、サッカー部は全国高等学校サッカー選手権大会優勝、ラグビー部は五年連続で花園に出場中。卒業後にプロで活躍している選手はもちろん、アマで活躍している選手まで入れれば枚挙にいとまがない。余談だが俺にスポーツ推薦の話がきたのは陸上の成績が良かったからである。


「それらの活躍はもちろん生徒の練習あっての賜物たまものなのだけど、資金面での援助がしっかりしているのも大きいの。わかる?」

「ああ。スポーツってのは、努力と根性だけでなんとかなるものじゃないからな」


 精神論で強くなれるのは少年ジャンプの中だけである。

 例えば俺の母校の中学野球部が有名私立中学の名門野球部に勝てなかったのは――もちろん努力の量や才能の違いもあったが――ピッチングマシンなどの機材の差、夜間照明による練習可能時間の違い、県外遠征の数、場合によっては海外での活動費用などなど、実力以外での如何ともしがたい差があったからである。

 スポーツとはとにかく金がかかるものなのである。

「俺らの学校はそこまで力入れてないからなぁ」とは、主将を務めた同級生の愚痴で、やる気だけでは詰められない差を嘆いた一言だった。


「お金がかかるのはもちろん運動部系だけじゃないわよ。吹奏楽部、写真部、ロボット工学部を始めとした文化系活動も、とんでもない額が掛かってる。それだけの成績をちゃんと残しているけれどね」

「つまり、ここの学生が他の学校と一線を画した成果を出せているのは、資金面の援助がしっかりしているから、ってことですか」

「そゆこと。ちなみに去年の協賛予算は14億5000万よ」

「へーじゅうよんおく……ってすごいですねーってはあっ⁉」


 子供のお小遣いを告げるくらい軽い口調だったので、額の重みに気が付くのに遅れた。

 ていうか億? いま億って言いました?


「ええ。フォーティーンハンドレットミリオンダラーで間違いないわ」


 なんでお前がドヤ顔なの? 雨宮さん? しかもわざわざ英語に訳した?

 気を取り直し先輩に向き直る。


「その集まった莫大なお金を管理して分配するのが、桜ヶ峰学園生徒会――『桜会さくらかい』なの。だからこの学園における生徒会の影響力は、普通の高校のそれを遥かに権限が強いのよん」

「権限って、どんなふうにですか」

「うーんと、そうだねぇ。例えば他の学校のお飾り生徒会と違って、校内規則も頻繁に変更させてるわ。あめみーは制服で来てるみたいだけど、そもそも私服で登校してもいいのは知っているよね?」

「ええ。男子は面倒くさがって制服が多いみたいですけど、女子なんかは私服姿で歩いているのを校内でよく見かけます」

「校則第二条八項『制服に限らない登校の許可』。これは三代目生徒会、通称『最強生徒会』が決めた校則ね。ちなみにデザイン業界最大手ベルファシュカの社長になったのが、その時の生徒会長よ」


 おいおいベルファシュカって小中学生ならだれでも知っている大手ブランドだぞ。この生徒会出身なのかよ。


「企業から基金を募るというルールを作って運営を始めたのは二代目の『革命生徒会』、教師の横暴を排除させた六代目『鉄壁生徒会』、海上生徒会連盟を創設した八代目『大帝生徒会』とかとか。それらを率いた会長は、いまじゃ経済界でそれぞれ名を馳せた人物になってるわね。

 だから生徒会というより、んー……そうね、もう企業運営って言った方が近いかも。実際、数年前から起業を目指すということで生徒会に入るメンバーも多いしー」


 ほぇー……さすが一流の学園ってとこか。本当の意味で意識高ぇ。考え方も目指す方向もご立派すぎる。つーか俺が入れたのは本当に運が良かったな。


「で、生徒会の権限が、ほぼ生徒会長に集約されてるのも特徴ね。

 例えば役職持ちの生徒を罷免することができる『罷免権』。

 一定の予算を自由に決められる『予算采配権』。

 学園が生徒に不当な要求をした場合に際しては『全部活停止権』とかがあるわ。

 『生徒会総解散権』なんてのもあるわね。もっともこれは未だかつて使われたことがない伝家の宝刀だけど」

「はー。すごいですね。でも権力の集中って、なんかあまり良いものには聞こえないですけど」

「そうねぇ。でもこれには仕方ない部分もあったと思うのよ。初代の生徒会長が、まだ混乱期にあった生徒会をまとめるために、多少強引にでも前に進めるために作った法律みたいなものだから。まあとにかく、これで生徒会は特別って言った理由、分ったかしらん?」


 阿賀山みのりはふふっと微笑み、指先で髪の毛をくるくると回す。

 俺はこくりと頷く。把握です。


「だけどそれだけに不思議ですね」

「ん、なにがだい?」

「生徒会くっそすげーじゃないですか。先輩はなんでそれを壊したいんですか」


 そう尋ねると、彼女はは指を回す動きを止め、少々真面目な顔つきになった。


「生徒会が大きくなりすぎた、からかな」

「大きく?」

「そう。圧倒的豊富な予算、生徒はもちろん教師にすら与える影響力。社会に出て一線級で活躍している旧生徒会メンバーのバックアップもある。そんな影響力のある巨大組織が長期間に渡って存在したら。組織はどうなると、きみは思う?」

「腐敗、ですか」


 阿賀山先輩はこくりと頷く。


「人が運営している組織である以上、高潔こうけつな意思を持った者ばかりではない、清廉潔白せいれんけっぱくではいられないわ。

 巨大な金と権力を扱う機関。そんな所にずっといれば汚れた考えを持つものが生まれるのも不思議じゃない。体に水銀がほんの少しずつ溜まって悪影響を及ぼすように、組織にも悪意が少しずつ蓄積されていった。

 最初はほんのちょっとしたことだったわ。

 仲の良い友達の部活にほんの少しだけ予算を多めに回すよう提案する、予算を上乗せする代わりに文化祭の出店で飲食をタダにしてもらう、書類上の小さなミスで生まれた小銭を懐に入れる、とかね。

 やがて予算を粉飾ふんしょくして得た金を教師や生徒にばらまき更なる利権を得ようとする……そんな小さな欲望が積み重なり体内に溜まっていき、やがて明確な悪意に成長していった。

 ほんの五年足らずで、組織は大きく変わったと聞いたわ」


 生徒会の話をする阿賀山先輩は少し心苦しそうで、そして――寂しそうだった。

 先ほどまでの明るさは鳴りを潜め、うれいを帯びた瞳はわずかに揺れているようにも見えた。右目の泣きぼくろも相まってとてもはかなげなのが印象的だった。


「聞いたって……誰からですか?」

「ん。ま、そこは気にしなくていいよ。ほら、どーてーくんには分からない場所で聞いた話だしぃ?」


 笑った彼女の顔は、もう生意気な小悪魔のそれに戻っていた。

 つうか一体どんな場所で誰から聞いたんですかね⁉


「あれ。でも冷静に考えるとおかしくないですか」

「なにがだい?」

「だってプロのスポンサーならユニフォームに企業名を出したりできるかもしれないですけど、なんの見返りもない学生の部活動に大金を出すなんて。ちょっと奇妙に思えるんですけど」


 俺は先輩に問いかける。


「ふふ。そこに気付くとはなかなか面白いじゃない。決まりきった規則は疑問に思わない人間が多い。……でもきみは違うようだね?」

「はぁ。まあ見えるもんは全て疑えってのがトレジャーハンターの基本なんで」

「理由はもちろんあるわよ。けど今から話すのは、めっちゃ極秘事項だから、ここだけの話にしてよね」


 そう言うと阿賀山みのりは片目を瞑り、人差し指を濡れた唇に当てた。


「生徒会協賛予算の秘密はね、実は雨露木メモにあるのよん」

「雨露木メモ⁉」


 思わぬところで思わぬ単語が飛び出たことで、俺の鼓動が一段階高く跳ねた。


「そう。桜会の会長には、このサクライにある使われない場所デッドスペースが、んだよ」


 先輩の言葉が脳内を反芻はんすうしていく。

 莫大な予算。

 生徒会に伝わる使われない場所デッドスペース

 そして雨露木メモ。

 ここまで情報を与えられれば誰でも一つの答えに行きつく。

 ……そうか。そういうカラクリだったのか。


「総額十数億にも上る巨大な予算……生徒会最大の強みである企業基金は単なる善意で集められてるわけじゃない。表向きは企業基金と呼ばれる金は、雨露木メモと交換だったんですね?」

 

 企業基金なんてものを聞いた時、学生の活動援助ごときにそんな金が集まるものなのかと思ったが、そうではなかった。

 要するに桜会――桜ヶ峰学園生徒会――は『雨露木博士が残した技術的情報』を代価に、企業と取引をしていただけなのだ!


 雨露木征爾が残した技術の内容は、エネルギー部門から建築学までと幅広い。

 もしもブラックボックスとなっているサクライに関する技術情報が手に入れば、企業として飛躍的な成長を遂げることも可能だろう。

 取引した企業は――恐らく数年に渡って――生徒会に基金という形で、その代価を支払っていただけなのだ。


「思ったより頭の回転は速いのね。もちろん、そういうのとは関係なく、たんなる善意で予算を出してくれる小さな企業もあるんだけれどねー」


 先輩は少し寂しそうな笑顔を見せた。としと風貌に似合わぬ、不思議と大人びた笑みだった。


「てことは、じゃあこの倉庫の地下にあったあの箱は生徒会も知ってるってことですか? その中身も」

「いいえ。存在は知られているけれど、開けられてはいないわ。これまでも生徒会予算のために新しい雨露木メモが発掘されてきたけど、ここの地下にあるあの雨露木の箱は、誰もあけたことが無い最後のお宝なの。桜会にも開けられない宝の箱」


 その言葉にホッと胸をなで下ろす。箱を開ける鍵を見つける前に中身がありませんでした、では冒険もくそもあったものじゃない。


「じゃあ阿賀山先輩の目的はこの地下にある雨露木メモを先に見つけて、肥大化した桜会を止めるってことなんですか?」

「止めるだなんてそーんな大層でご立派な名目じゃないさ。この学園を創設した理事長の孫としては、生徒会ってのはもっとでっかい夢をもった組織であってほしいの。今の生徒会はつまんない組織に成り果ててるから、ぶっ壊してリビルトしてやろーじゃんってゆー、ただのお節介よ」


 にひひと笑う阿賀山みのりの笑顔。

 それがどこかつくりもののように見えたのは、俺の気のせいだろうか。

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