第12話 鍵の正体

「さてさて。あたしの目的が分ったよね。お互い雨露木メモを見つけるため、きょーりょくしていこー少年!」

「はぁ、まあ」

「なんだなんだその元気のないお返事は! この地下の使われない場所デッドスペースにある箱。あれは雨露木征爾最大の成果が入っているとされる箱で、桜会でも存在自体が噂だとされてきたシロモノなんだよ? しかも彼ら、というか生徒会長に伝わってるのは存在の噂だけで、正確な場所は知らないしもちろん鍵のことも知らない。だから見つけて先に開けたら、桜会に対して絶好の交渉材料になりうる。あわよくば大ダメージで壊滅、なーんてこともできちゃうかもね。どうだい、やる気キた?」


 阿賀山先輩は小悪魔が囁くように顔を近づけてきた。やる気にキたというか股間にキました。

 

「というか俺は強迫されてる身ですからね。道具は言われたことを忠実に行うだけす」

「へっへー。とかいいつつ本当は興奮してるんじゃないの? 冒険家トレジャーハンターに憧れて、この学園にきた変態童貞くんは」


 確かにそうなんだけど変なとこ指ささないでください。ポークビッツなのがばれちゃうでしょう!


「つか先輩はなんでそんな色んな情報知ってんすか」

「そりゃハッカーだからね。データ閲覧えつらん改竄かいざんはお手の物さ」


 ああなるほど……。ワイ将、頭じゃなく身をもって理解。

 けど本当にそれだけだろうか?

 一瞬そんな考えが頭をよぎったが、


「さて、みのりの紹介も終わったことだし、今日の活動を始めましょうか。みのり。昨日見つけた紋章のメモ、画像を送ったけどなにか分った?」


 疑問を解決する前に、これまで黙って聞いていた雨宮が立ち上がり、阿賀山先輩に顔を向けた。


「えーっと。試しにうちの学園の校章決定までのデータを探し出して調べてたんだど……どう考えても偶然の一致じゃないね。あのデザインが校章の元になったのは間違いないよ」

「そこの道具も同じ事を言っていたけど。でもなぜそんなものがあそこにあったのかしら」

「きっとこれも雨露木征爾が隠したヒント……なんじゃねーかな」

「うんうん。少年は中々いいセンスをしているね」


 阿賀山先輩は手首につけていた腕時計型の多目的操作シェイプシフトインターフェイスを操作した。

 多目的操作シェイプシフトインターフェイスは空中に投映された画像をタッチ操作で動かすことができる技術の総称だ。元々は10年前に見つかった雨露木メモが切っ掛けで軍事用に開発されたのだが、今では技術公開され一般に普及する程になっている。

 といっても学生が気軽に持てるほど安くもない。なんで持ってんのこの人。


「うちの校章の変遷へんせん。一番左のが最初ので、右が今あたしたちが使ってるやつ」


 投影された複数の画像は、どれも昨日見つけたメモに書かれた絵に似ていた。特に一番最初のデザインは昨日見つけた紋章のデザインとそっくりだった。


「実はね、調べているうちに興味深いことが分ったんだよ。うちにある書類を調べてたら、最初のデザインの決定には、雨露木征爾が関わってたっていうの」

「隠されていたデザインのメモと、うちの校章のデザイン。大伯父さんらしいわね。きっとここにもヒントが隠されているに違いないわ。でもこれのどこに?」

「そこまではあたしもわかんないけど。そこはほら。あめみーの道具クンが何か考えてくれるんじゃない?」

「いや俺は使われる道具なんで期待されてもアレです」

「いやいやこれまでの働きをかんがみれば十分期待できるよ。もしなにか分かったらご褒美を上げてもいいくらいにはね。ほれほれ」

「いやそんなくっそ短いスカートちらちらさせなくても脳内で保管して見えるんでいいです」

「……マジ? 童貞の妄想力を舐めてた引くごめん」

「最っ低ね」


 謎の謝罪と予定通りの罵声を受けつつ、俺は投影された画像を見つめた。

 元の画像と並べられた画像を見比べていて、ふとあることに気が付いた。

 俺は自分のスマホを取り出し、昨日見つけた箱の鍵穴の画像――一応後で見直そうと思って撮っておいた――を表示させる。


「これ、もしかしてデザインが問題じゃなくって、『校章』自体を指しているじゃないですかね?」

「どういうこと?」

「ほら、校章の桜の部分が少し出っ張てるじゃないですか。んで鍵穴の方と見比べてみると――」


 俺は画像を三D表示に変更し、阿賀山先輩の校章の画像に重ね合わせた。


「全部少し形状が違ってるけど、一番左のだけ完全に合致してる」

「一番左。最初期のデザインね。みのり、OBの履歴を調べてこのデザインの校章が使われてた時期を探してみて」

「それなら探さなくても分かるよ。だってオリジナルデザインの校章を持ってるOBは一人もいないから」

「どういうこと?」


 雨宮がいぶかしげな視線を先輩に向けた。


「デザインが変わったんだよ。生徒全員に配布される前にね。生徒に配られたのは二つ目のデザイン。だからオリジナルデザインの校章は存在しないのよん」


 一度は答えに辿り着いたかと思ったが、ビッチ先輩のあっさりとした回答によって出口は再び閉ざされた。

 つうか、冷静に考えれば「鍵」は生体情報を埋め込んだ唯一のパーツって分ってる。校章なんて多数生産されたものなわけはないじゃないか。バカか俺は。

 あまりに間抜けなロジックに両手で頭を抱え込むが、阿賀山先輩はそんな俺の顎をくいっとあげさせ、口に人差し指を当て艶めかしく微笑した。


「せんぱ、ちかっ」

「でもいい線いってたかも。オリジナルデザインを使った校章が、世界に一つだけあるのを思い出したわ」


 先輩は腕時計型の多目的操作シェイプシフトインターフェイスを操作し、画像を宙に浮かべると俺に向けてみせる。


「これは、生徒会委員がつけてるバッジ?」

「一つだけ試作されたオリジナルデザインを元にして作られたレプリカだけどね」

「レプリカってことは」

「そ。。そしてそれは、ある組織の長が付けるモノとして、代々引き継がれているわ」

「組織?」

「あらここまで言っても分からない? どの学校にも必ず存在する組織よ」


 一瞬後に、雨宮が「あっ」という小さな声をあげた。


「生徒会ね?」

「あたーり。さすがはあめみー」


 蠱惑こわく的な笑みを雨宮に向けた彼女は、俺の唇に触れていた指を離してパチンと鳴らした。


「桜ヶ峰学園の生徒会長に代々受け継がれてきた徒会長バッジこそ、現存する唯一のオリジナルデザインの校章よ」


 なるほど。一つしか存在しないのなら、そこに生体情報を埋め込んでいる可能性は十分あり得る……か。


「そゆこっと。鍵の正体突き止めたりーってね」

「全く関係ない可能性もありますよ」

「でも少なくとも調べてみる価値はあるでしょ?」


 違いない。


「ま、これは校章の形を見つけた君の手柄だねって、あっ」


 明るい口調でウィンクした彼女だったが、ふと何かを思い出したかのようにスカートの裾を持ち、ちらりと俺を見た。


「……忘れてたよ少年。ご褒美、いる?」

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