第06話 不法侵入と
しかし深夜とはいえこれだけ大きな施設だ。当然のように警備員の姿が見える。
「見えているだけで正面の出入口に二人、交代要員も合わせれば四人ってところか。他の通路もあるだろうかもう少し多いかもしれないな」
俺は近くにある繁みに身を隠して様子を伺いつつ、思考を巡らせる。
こんなとき、卓越した
A.男女のカップルをを装って忘れ物をしたと嘘をついて一時的に中に入れて貰う
B.通りがかりの一般人に対価を払い、囮をしてもらっている隙にこっそり忍び込む
……どちらのプランもさすがに映画的すぎるな? 現実じゃない。
そもそも自慢じゃないが、コミュニケーションスキルは高い方じゃない。むしろ無い。他人をどうこうして頼るってのは無理がある。初対面の女の子(しかもとびきりの美少女)とぺらぺらと話せてている事自体が奇跡なのだ。
正面突破できないなら、俺らしい方法でやるしかないが、さて。
壁沿いにゆっくりと歩き、上を見上げる。
三階辺り――約八メートルの高さ――の壁に、小さな取っ掛かりがあるのが分った。ふむ。
「……どう? 入れる方法見つかった?」
元いた場所に戻ると雨宮が小声で尋ねてきた。
その声は小く、さっきまでの威勢の良さは薄れている。
夜に一人でいたの不安のためか、これからすることへの罪悪感か、それとも自分で提案しておいて行動指針を示せなかったことへの不甲斐なさのためか。どれなのか分からないが、少なくとも不安そうにしているのは間違いなかった。
「すぐに準備するから雨宮も来てくれ」
だから努めて明るく、俺は彼女に声をかけた。
安堵の吐息が風に流れたが、それを茶化すのはさすがにはばかられ、俺は持ってきていた肩下げ鞄を抱え、先を歩く。
途中で出くわす通行人や警備員の目を
「ここって壁じゃない。どこから入るつもりなの?」
持ってきた鞄を
「上? 星しか見えないけど」
「綺麗な星を見るのは男友達とやってくれ 。そんな上じゃなくて壁、三階のあたりの壁だ」
「……は?」
雨宮にムッとしたような顔を向けられた。
なに怒ってんだ? 女の子の怒りポイントはさっぱりわからん。まあいいけど。
「まあいいわ。大きな円形の窓が見えるけどそれで?」
「ありゃ
「なるほどね。警備員もあんなところから入るとは思わないだろうし隙はありそう。でも一体どうやってあそこまでいく気なの?」
「こいつを使う」
俺は鞄からT字型の器具を取り出した。
強化プラスチックで組み立てられているそれは、拳ほどの大きさで、Tの伸びた部分は根元で折り畳むことができるようになっている。
「それはなに?」
「永久磁力で脱着できる足場さ。元々工事現場で仮の足場にするやつで一つで、最大340キロの重量を支えられる。今日は四つしか持ってきてないがまあ十分だろう」
言いながら背伸びし手が届く一番高い場所の壁にそれを近づけた。磁力で吸い付いたのを確認してからグイッとT字を降ろすと、永久磁力が働きガッチリと固定される。ぶら下がってもビクともしない。
「そんなものがあるのね。知らなかったわ。でもなんで持ち歩いているの?」
「ここはあのサクライだぞ。いつなにがあるか分からんからな。これくらいの準備と心構えはしていて当然だ」
「ふぅん……。トレジャーハンターになりたいって、本気だったのね」
「ばっかやろ。俺の口からは本気しか出ないないっつの」
「軽口しか聞いたことないけど?」
ふふっと背後で笑ったのが聞こえた。
「じゃ行くとしますか」俺は屈んで背中を雨宮に向けた。
「……なに?」
「なにじゃねーよ。俺一人で行くわけにもいかんだろ」
「それはそうだけど、その体勢が、ちょっとその、意味分からない」
「おんぶ。力の弱い者を運ぶ伝統的な移動方法。俺も進んで接触したくないけど」
「え、いやよ」
即答かよ。
「というか、まさか私を背負ってここを登るつもりなの?」
「それしかないだろ」
「ちょ、そんなの無理に決まってるでしょう⁉ 何メートルあると思ってるの⁉ 第一足場ってその小さなやつでしょ? それに四つしかないってさっき――」
「おいあんまデカい声を出すな。ああ、もう面倒だからいいや」
「ひゃっ⁉」
俺は慌てふためく彼女の腰に手を回すとグイッと引き寄せた。
「ちょ、なっ」
頭の上の高さにあった足場に手をかけ太腿に力を籠める。
一秒ほど溜めた力をグッと解き放ち、腕の力と勢いを合わせそのまま身体を――抱き抱えた雨宮ごと――足場の上に移動させた。
「ひゃっ⁉」
顔の横で彼女の小さな悲鳴が聞こえたが無視して、次の足場を片手で用意し、頭上にできた次の足場に向かって同じように跳躍する。
「あっ⁉」「ひっ!」「っ」 雨宮の小さな悲鳴が四たび耳を打つ。最後のは声ならぬ声になっていたが。
やがてバルコニーの手すりに手が届き、雨宮の身体ごと乗り入れる。
数秒ぶりの地面が足を出迎えてくれた。
「おい、着いたぞ」
「…………」
雨宮に声をかけるが返事はない。
見ると放心したような表情を浮かべている。
「…tなんだか空を飛んでいたように思えたのだけれど」
「おいおい頭お花畑か? 人が空を飛べるわけないだろ」
「じゃあどうやってここにきたの。超能力でも使ったの」
「俺は超能力者じゃないからな。片手で身体を持ち上げてジャンプを繰り返しただけだ」
「十分超能力よ、その身体能力……」
ぽかんとしていた雨宮だったが、なにかを思い出したか、ハッと俺をの方を見た。
「そういえば噂で聞いたわ。とんでもない身体能力で、桜ヶ峰学園創設以来、初の全部活からスポーツ特待生推薦を受けたのに、それを蹴って入試受けたバカがいるって話」
「バカとは酷い言われようだな。別に部活をやりにここへ来たわけじゃないから、入る必要なんてないし」
何気なく言っただけなのだが、雨宮は片眉をあげ訝しげな視線を向けてきた。
「あなた、桜ヶ峰学園のパンフちゃんと見た?」
「いや? 見てないけど」
「だと思ったわ。見ていたら部活をやらない理由はないもの」
「あん?」
溜息をついた彼女の意図が気になったが、
「ところでいつまで私の身体に触れているのかしら」
腰に回していた腕をつねられた。痛い。
「これも動画にとっておくべきだったわ。変態、バカ、童貞」
「誰が変態だ誰が。腰に手を回してたんじゃなく、持ち上げるのに必要で、非常事態っていうか最終手段っていうか緊急非難だ」
一応の言い訳をじっと聞いていた彼女だったが、やがてふっと表情を崩した。
「ま、いいわ。おまけで許してあげる。期待以上だったしね」
なにを期待していたのか。
少し聞いてみたくあったが、少女の興味はもうバルコニーの扉に向けられいて、そして扉には幸いにして鍵がかかっておらず、すんなりと入ることができた。
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