第07話 発見と

 鉄柱の中はしんと静まりかえっていた。

 日中は客であふれいるだろうフロアだが、深夜に開店している店など当然なく、ところどころ明かりが点いているだけで人影はない。


使われない場所デッドスペースがあるとしても、これだけの広さだ。探すのは大変だな」

「そうね。手分けして探索するにしてもなにか手がかりが欲しいわ」


 雨宮は口に手を当てた。俺はその真面目な表情をチラリと盗み見る。

 明るくもない蛍光灯に照らされていても劣化しない美貌。むしろ白い肌の輪郭がくっきりと見え、暗がりが故の不思議な色気すら感じるほどだ。

 こんだけいい素材なら、あんな罠じみたことしなくても、適当な男を誘えば手伝ってくれそうなもんだが。


「とりあえず手分けして探すしかないわね。……ってなに見てるのよ?」

「いやべつに。おっと。警備員の巡回だぞ」


 俺が近くにあった服を飾る什器じゅうきに身を隠すと、彼女も俺の懐へするりと潜りこんできた。ほのかに香る女の子特有の甘い匂いが鼻孔びこうをくすぐった。

 いや近いっての。近いし、あと近い。なんなの? これは自分からナチュラルに誘ってくる新たな罠なの?

 俺は思わず逸らした顔を雨宮に戻すが、彼女は真剣な表情で去っていく警備員の後ろ姿を見つめている。

 どうやらこの行為に他意はないらしい。

 単なる天然ってことか。でもちょっと無防備すぎやしません?

 よく考えたら裸で脅すとかいう突拍子もないことを考えたのはこいつだ。

 俺は改めて、この雨宮るりかという女の子の特異さを思い知らされた。

 警備員が去った後に相談し、とりあえず三階だけを調べることにした。




    *******




 スマホを取り出し時刻を確認する。ここにきて一時間以上探しているが釣果ちょうかはない。

 そもそも大鉄柱は多くの人々が行きかうサクライのランドマークであり散々調べ尽くされているわけだから、なにも見つからないのは当然と言えば当然かもしれない。

 そもそもよく考えれば真昼間に客として来柱らいちゅう(なんだか奇妙な響きだ)し、アタリをつけてから改めて来ても良かったのではないだろうか?


「文句言ってないで探しなさい道具」


 お、おう。音波にすらなってない呟きだったんだけど地獄耳すぎん……?

 しかし探せと仰る雨宮本人自体が休まず探し続けている。

 口の悪さはともかく、世の中には口を動かす身体を動かさない奴はごまんといる中で自分も率先して動くという部分には、正直、好感が持てていた。

 ……もう少し真面目に考えてみるか。


 まず、あの倉庫にあった影絵は確かにこの大鉄柱を指していた。

 ここになにかあるのは確かだろう。

 さりとて無謬むびゅうのまま探すのは時間の無駄な気がする。

 雨露木征爾は奇行が目立ったと言われているが、本質的には頭のいい人物だ。

 あの地下室の影絵だって、さりげなく気付かせるように作られていていた。

 そんな人物が、こんな目立つところに地下室のような大掛かりなモノを作るだろうか?

 ――――ん? 待てよ。なぜここに地下室があると考えた?

 ヒントの発端になった影絵。あれはヒントであると同時に場所を示すだけでなくもあったと考えられないだろうか?

 されて床に映されていた影。光。そして大鉄柱。


 見上げると、遥か頭上に天井が見えた。

 大鉄柱の内部は円柱状で巨大な吹き抜けになっており、対角線上に渡された足場が途中で幾つか遮っている。が、これは後から付け足されたもので、姿である。

 なにも無ければ、ガラスで覆われた頂点のドームが月明かりを通し階下を照らすだろう。それが雨露木征爾が設計した本来の形だ。

 

「……そうか」

「なに? なにか分かったの?」


 俺の呟きを聞いたのか、雨宮が近くに来ていた。


「ちょっと思いついたことがある。もしかしたら当たりかもしれん」

「どこへ行く気?」

「ちょい頂上まで行ってくる。お前は一階で待っててくれ。あ、警備員に見つからないようにな」

「え? ちょ、な、まちなさ――」


 彼女が背後でなにか言いかけたが、構わずエレベーターへと向かう。五階までは直通で二分。そこから先は立ち入り禁止のバーを乗り越え、壁にとりつけられた梯子を登っていく。

 最上段まであがりきると、真上にガラスのドームがあった。

 月明かりを頼りに周囲を見渡す。

 俺の予想が正しければここにあるはずだが――――。

 目を凝らしドームを舐めていくと、頂点から少しずれた場所が、キラリと光った。 

 あった。恐らくあれだ。


 手が届く高さではないが、鉄材が網目のようになっておりいくらでも足場にできる。そのうちのひとつに足をかけ、また別の足場へ。一瞬下から風が吹き上げ、身体があおられた。

 もちろん下は見ない。ここはもう高さ数十メートル。足が竦んでしまうだけだ。

 やがて頂上付近に達する。

 光っていたものはガラスか鏡でできた20センチ四方ほどのオブジェクトで、少し力を入れると上下左右に動かせるのが分った。

 俺は片手で体重を支え、肩下げ鞄から分度器を取り出し、になるようオブジェクトを動かす。

 天井ドームから漏れる月の光が収束し、ドームへと反射していく。期待通りの動きに口角を上げ、残りの三つも調整すると、再びエレベーターで雨宮の待つ一階へと戻った。


「……ちょっと! 遅い! いつまで一人で待たせるつもりだったのよ!」


 柱の影から雨宮がこそっと姿を現した。


「準備してたから仕方ないだろ。つうか待たせたっつてもせいぜい10分くらいだっただろ」

「深夜のひと気ない建物の中に女の子を置いて一人で勝手に行くだけでギルティよ。 時間が問題じゃないの。男としてどうなのかと問うているの」

「俺は道具だからな? 使いたい見つからないのはよくあることだろ?」

「なら明日から手から離れないように紐で繋いでおくけど」

「俺は犬かよ」

「違うの? ならあの画像を――」


 わんわん。


「まあさておき。取りあえず雨露木征爾が隠したもう一つの情報が分ったぞ」

「もう一つ……って? なによ」

「例の使われない場所デッドスペースで見た影絵な。あれは場所だけじゃなく、そこでなにをするかを暗示していたんだ。あの時ライトの角度を変えて影を重ねただろ?」

「ええ」

「んで、ここにも天井のドームに光を屈折させるガラスのオブジェクトが四つあった。恐らくあの時のライトの角度と同じに設定すれば同じように影ができるはずだ。光が収束し影を落とす場所――――この位置にな」


 俺の視線の先、大鉄柱のほぼ中央、大理石が敷き詰められた床に薄らと影絵が落とされていた。そこには見慣れた弓状の影絵ができていた。


「すごい……。大鉄柱にこんな仕掛けがあったなんて」

「どやぁ」

「これって……日本……地図よね。この一か所だけ暗くなってるところがデッドスペースの場所ってことかしら」


 どスルー。せめて道具にも一言くらいご褒美のお言葉があっていいのでは。わんわん。


「違うな。雨露木使われない場所デッドスペースデッドスペースを示すのは間違いないだろうが、その影があるのは北海道の北端だ。そんなところにあるわけない。フェイクだよ」

「フェイク? どういうこと?」

「んー……」


 雨宮がなにか聞きたそうに顔をこちらに向けたが、思案するため丁重に無視する。

 これが日本地図なのは間違いない。

 一か所だけある影の部分がデッドスペースの位置を示している、と考えるのもそれほど的外れではないだろう。

 ヒントはそのあたり。


「これ、たぶん緯度経度を日本地図縮図で表したものだ。北海道の緯度は45°33′26、経度は148°45′08……首都の東京をこの大鉄柱に見立てて……いや違う雨露木征爾は歴史家でもあったから首都を見立てるなら古都、つまり京都。ここから逆算すると――」


 俺はしゃがみこみ、頭が痛くなりそうな計算を脳内で繰り返し、やがて一つの数字を導き出した。


「ここから北へ360メートルの場所だ。そこに雨露木征爾が隠した何かがある」「きゃっ」


 勢いよく顔をあげると、ちょうど覗き込む格好になっていた雨宮の顔が正面にあった。


「ちょっ! いきなりきついのを目の前に現さないでよ。びっくりして危うく通報してしまうところだったじゃない」

「すまん。……って俺の顔は公然猥褻こうぜんわいせつ罪に問われるレベルかよ」


 決してモテるわけじゃないがそこまで言われたのははじめてだ。ちょっとだけ泣きたい。


「しかしあなた、受験で運試ししたくらいなのに、知識は無駄にあるのね」

「まあな。自分に必要なことだけ覚える主義だ。そして覚えたのはだいたいテストには出てこない」


 緯度経度の計算はうっかり海で遭難した時に役に立つと思ったから覚えてただけである。ついさっきまで、人生の中で一度も役に立ったことはなかった。


「たしかに高校生には必要ない知識ね。……でもちょっとうらやましいかも」

「ん? なんかいったか?」

「いいえ。場所が分ったのならさっさとここから出ましょう」


 黒髪をなびかせくるりと向いた先は、


「っておい雨宮さん? そっちは壁なんですけど」

「……ちょっと間違えただけよ。裏口はこっちね」

「いやそっちは正面入り口だ。こっちな?」


 こいつまさかの方向音痴か。

 仕方なく雨宮を先導するよう、先を歩く。

 ひと気のない深夜のモールはともすればダンジョンのような雰囲気がある。

 展示された人形が動くことはないが、もしかしたら……という気にさせてしまうくらいには不気味だ。

 と、袖に何かに引っ掛かった。

 やたら不安気な顔つきで周囲を気にしている雨宮が袖を掴んでいた。

 ……まあいいか。


「ねぇ。ひとつ聞いてもいい?」

「おう」

「なぜ三階に戻ってきたの?」


 三階のテラスまで来ると、不安気な表情が加速した雨宮が小さな声で聞いてきた。


「一階の出入り口にはセンサーがついてるし目立つ。二階には出るところが無い。必然的に来た場所から戻るしかない」

「そっか。非常梯子はしごを使うのね。納得したわ」

「ばっーか。そんなもん使ったら一瞬でばれるだろ」

「え、じゃあどうやって出―――――」


 なにか言いかけた雨宮を抱えと、俺はテラスから一気に飛び降りた。

 途中で来るときに使った磁力性の足場を片手で掴み、人差し指でレバーを外す。磁力を失った足場が取れ落下する――を四回繰り返す。五回目はもう芝生の地面だ。


「っと。警備が回ってくると見つかっちまうからな、すぐ移動するぞ……って雨宮?」


 腕の中の彼女を見ると呆けたように空を見上げていたが、やがてぎぎぎと音を立てそうなくらいゆっくりと顔を向け、


「……ぁ」

「あ?」

「あまり何度も体験したくはないアトラクションどうもありがとう。ただ次は必ず事前申請をすること。いいわね」


 半眼で睨まれた。こわい。

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