第05話 サクライの中心

 大鉄柱はサクライのランドマークで、高さ70メートル、横幅30メートルという巨大建造物である。

 円錐状のそれは、一定の部分――ビルの高さにして約五階ほど――のあたりから急激に細くなり、遠くから見ればちょっと細長いプリンに旗が立っている、ように見えなくもない。

 元々何のために作られたか意図不明なオブジェクトであったこの巨大建造物だが、開発途中で手が加えられ、今ではショッピングモールとして使われている。この周囲が繁華街となったのは自然な成り行きだ。

 平日の深夜なのでメインストリートと言えどもさすがに人通りは少ない。それでも周りを見回せば人目は幾らでもあったし、幾つかあるテラスのカフェバーでは談笑がテーブル上の蝋燭ろうそくの明りを揺らしていた。


「おいもう一時だぞ。なんでこんな夜中に呼び出した? 調べるなら明日でもよかっただろ」

「バカね。これから財宝の鍵を見つけに行くっていうのに、きょろきょろしながら探していたら人目についてしまうでしょう?」


 隣を歩く雨宮るりかは、慣れない雰囲気にきょろきょろする俺を叱咤する。

 いやだってこんなところを女子と二人きりで歩いたことなんかないし? そんな怒られましても?

 いいかけたとき、雨宮がてててと小走りになっているのに気付いた。男の歩幅は女子のそれよりも大きい。俺は慌てて歩く速度を落とした。

 まあそもそも女子と二人きりで歩いてたら歩幅がいつもより大きくなるのも無理はない。童貞だから当たり前だね。かなしいね。


 繁華街を抜けた先にあるのは公園だった。

 大鉄柱を囲むよう木々が立ち並び、その木下にはいくつもベンチがある。そこでは肩を寄せ合い座っているのが見受けられた。

 そういうスポットして有名なのは知っていたが、実際夜に来て、のは初めてだ。なんだかとても悪いことをしているように思える。


「終わったらあなたも混じって来ていいわよ? ほら、あそこの男性の隣が開いてるわ」

「そっちの気はないぞ」

「当分えんもなさそうだし妥協してもいいんじゃない?」


 そんな妥協はしねぇ――がしかし、縁がないのは事実なだけに言い返せない。

 彼女はそんな俺を見てふふっと口角を上げた。

 なんの負けじと俺も笑みを返す。


「ちょっと。なにがおかしいのよ」

「いやなに。雨露木あまろぎ征爾せいじはずいぶん変わった性格だったと聞いたことがあるけど、孫のお前を見てれば納得してな。お前、可愛いけど絶対彼氏いないだろ」

「……童貞にドヤ顔されるとちょっとイラッとくるんだけど」

「じゃあいるのか?」

「愚問ね」


 雨宮はふふんと笑うと、


「当然いないわ」


 いやドヤ顔されても。俺のこと笑えなくなくなくない?

 けど童貞は笑い話になるけど処女は価値があるようにもてはやされるんだよなぁ。世の中間違ってる。


「そういえば、ああいうのに興味があるのか? 同性愛的な」

「いいえ。うん、でも強いて言うなら……ああいうのに興味がある人間に興味があるわね」


 冗談で言ったわけはない、真面目な顔つきだった。

 やっぱなにを考えてるかよく分からん変わった奴だ。


「はい。話は終わり。行くわよ。ほら、こっち」


 雨宮は俺の手をパッと掴むとすたすたと歩き始めた。


「ちょまっ……おま⁉ 手! 手!」

「なに?」


 急に手を掴まれてびっくりしたのだが、彼女はなにも気にも留めていない。

 出会って間もない異性の手を握るとかどうなの? 慣れてるってこと? それとも童貞は人間以下だから異性ではないという哲学? わからん。


「そういや迷いなく歩いてるけど、どこに向かってるんだ?」

「大鉄柱よ」

「そら知ってるが、鉄柱がヒントってだけで、そっから先は何もわかってないぞ」

「ふふん。私を誰だと思っているの? 雨露木征爾の孫で超可愛い美少女なのよ」


 前半はともかく後半はなんの関連性があるのか謎だ。

 つか可愛いってのは自覚してんのねこいつ……。


「大伯父はサクライ建造中、大鉄柱回りで生活していたと言っていたわ。鉄柱内部でテントを張って暫く設計に没頭していたらしいし、ヒントがあるとしたら恐らくこの地下あるデッドスペースよ」

「まて」

「は? まて? 道具の分際でご主人様に命令? いい度胸ね? 例の画像を今すぐ学校中に送ってもいいのだけど?」

「おまちください」

「よろしい。で、なにかしら?」


 このやたらかわいい雌猫めすねこをいつかぎゃふんと言わせやると心に決めつつ尋ねる。


「ここの地下にここにデッドスペースがあるなんて聞いたことないぞ? 第一ここは調べ尽くされてるからもしあれば誰かが見つけて――っとぉ」


 俺は目の前に突き付けられた紙片に思わず身体を反らす。手にあるのは金色に縁どられた少し高級そうな便箋びんせんだった。


「それは?」

「大伯父さん、つまり雨露木征爾からの手紙よ。これが私宛に届いたのは半年前。叔母さんが祖父さんの実家の掃除をしていて見つけたみたい。2024年になったら私に送ってくれって、手紙に付箋ふせんが貼ってあったわ」


 便箋に目を落とす彼女。その瞳がわずかにうるんでいるように見えたのは、街灯が瞳にちらついたからかもしれない


「……なにが書かれていたんだ?」

「遺言、というには少しすぎた文章だけれどね。手紙には三つのことが書かれていたわ」


 一つはサクライに創設される学園の敷地にある使われない場所デッドスペースの場所。

 二つ目はアマロギセキュリティのパスワード。


「そして三つ目は、大鉄柱に自身が使っていた小さな小部屋がある、ということ」


 ああ、なるほど。倉庫の地下にあった使われない場所デッドスペースを知ってたのも、ここにあるというのも、本人からの情報だったからか。納得だ。


「けど、どこにあるかはまでは分からないんだろう?」

「だからこんな深夜に来たんじゃない。探して、中に入るために」


 つまり不法侵入するってことね、得心得心……って、


「おいおい! そりゃ犯罪じゃねーか⁉」

「なにを驚いているの? これくらいのリスクは当然負ってもらうわよ」

「いやいや。犯罪者になるってのは契約に入ってなかった」

「契約不履行?」

「契約誤認だ」

「例の画像を今すぐ学園ローカルネットにアップして明日からあなたの席ないからって言われたい?」

「今すぐ行って探してきます」


 暴君にうながされ、俺は大鉄柱の入口へすたすた向かった。くそう。絶対いつか取り返してやる。

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