第04話 俺と雨宮るりかはこうして手を組んだ

 改めて雨宮るりかという少女を見る。

 艶やかな長い黒髪。強い意思を秘めた大きな瞳。整った鼻筋が小さな顔に収まっており、コンテストに出たとしたらまず優勝候補筆頭に扱われるような美少女。


 性格は見た目と裏腹にきつめで変わっている。

 今の彼女はブレザーを羽織っているだけで、上半身の膨らみの部分は半分くらい見えているし、下半身の形の良いお尻は隠すものがなく、うっかり見えてはいけない部分も見えてしまいそうな格好なのに、そんな恰好をじっと見られても彼女に動揺する気配はない。恥ずかしくないのか逆に俺が心配するくらいだ。

 これだけでもどこが変わっているかという証明になるだろう。


 雨露木メモが入れられている箱に、それを開ける鍵の存在。

 そして天才の曾孫を名乗る少々変わった女の子。


 ……いいじゃないか。

 そうだよ。こういうのが俺の求めていた青春で冒険だよ。

 わざわざこの桜ヶ峰学園に入った甲斐があったってもんだ。

 姉ちゃんには馬鹿にされたけどさ。


「最高のお宝か。俺みたいな駆け出しのトレジャーハンターでも、見つける権利、あってもいいよな」

「決まりね」


 そういうと彼女は片目を閉じ、こちらがどきりとするほど蠱惑こわく的な笑みを浮かべた。俺は誤魔化すかのように当てもなく視線を逸らし、やがて眼前の箱に話題を逸らす。


「しかし鍵を探すにしても、手がかりもないんじゃきつい」

「そこは大丈夫。こういう悪戯をしたときの大伯父は必ず近くに目印をつけていたわ。必ず近くにヒントがあるはず。まずはそれを探しましょう」


 そう言って彼女はペンライトを手に歩き始めると、壁に近づいて目を凝らし始めた。

 壁上部にある四つの照明が壁を照らしてはいるが、古いのかそれとも性能が良くないのか、所々に影ができてしまっており、あまり明るいものではない。


「ありゃお前が付けたのか?」

「いいえ。最初から取り付けられていたわ。きっと大伯父さんが使っていたんでしょう」


 彼女はペンライトを壁に照らし、なにか変ったところが無いか探しているようだったが、それが無駄足なのはすぐに分かった。


「おい。そんなとこを探しても無駄だぞ」

「……え?」

「ヒントがあるっつったよな」

「ええ。だからこうして探しているんでしょう。あなたも手伝いなさい道具」

「おう。だから道具はちゃんと探してやった」


 訝しげな視線を向けてくる雨宮。

 俺は何も答えず、鉄柱が組み合わさって出来た壁をよじ登り、三メートルほどの高さにある照明の一つを、のある位置を照らすよう動かした。


「どうやらお前の大伯父は遊び心たっぷりだったみたいだ。性格はどんなだったか知らないけど、随分ひねくれたんじゃないか……よっと」


 飛び降り、残りの照明も同様に地面を照らすよう動かしていく。

 最後の照明を動かしきったとき、「あっ……!」という雨宮の小さな声が聞こえた。

 バラバラだった四つの照明が一つの場所を照らしたその先には、まるでパズルが組み合わさった影絵のように、を地面に映し出していた。


「ここにこんな仕組みがあったなんて……」

「照明があるのに暗かったのはたぶん際立たせるためだろう。さてこの影絵の意味するものは……地図? いや違うな。記号的だから何かを暗示してるのか」


 影絵は直径50センチほどで、二等辺三角形の上部に棒を横たわらせたような形状になっている。アルファベットのTのように見えなくもない。

 けれど文字ではないだろう。照明で作る影なんて精度は知れてる。たぶんこの形自体が何かのヒントの可能性が高い。

 どこかの場所を示したものだとしたら、ランドマークか?

 いや雨露木征爾はサクライ完成直後に亡くなっている。ランドマークになるような建築物を、彼が知っているはずがない。

 ……ん? まてよ。ランドマーク……ああ、この形はそうか。


「八坂。なにか分かったの?」


 知らない間に俺は道具から苗字に昇格したらしい。ま、どうでもいいけど。


「こりゃサクライ中央の大鉄柱じゃないか」

「大鉄柱……サクライの定礎として作られた島中央にあるシンボルのこと?」

「ああ。雨露木征爾が島で最初に設計したって言われてるあれだな。確かにあれが作られたとき彼はまだ存命してる。なにかを隠していたとしてもおかしい話じゃない」


 ふむふむと隣で頷く気配。

 ドヤァ。


「正解よ。中々やるじゃない」

「え、何でまるで答えを知っていて私は試しただけみたいな感じになってんの? 明らかに聞いてたじゃん?」

「気のせいよ」


 そう言って雨宮はぷいっと顔を背けた。

 ……どうやら孫である彼女の性格も一筋縄ではなさそうである。


「しかしこの中にはいったいなにが入ってんだろう」

「……それは分からないわ。生前には聞けなかったし。この中にあるのはサクライ最大の機密だということくらいしか」

「最大の秘密、か……。手に入れたら億万長者だろうな」

「バカね。売り渡すわけないじゃない」

「ならどうするんだ?」

「有用に使ってこの世界を変えてみせるわ。私は革命を起こすの」

「世界を変える? 革命? そりゃまたデカく出たな」


 いったいどこまで本気でどこまでが冗談なのか。

 まだ出会ったばかりの俺には、雨宮るりかの境界線がいかなる奈辺なへんにあるのか曖昧にしか分からない。


 ただ、少なくとも。

 ちょっと危ない革命家見習いと冒険者見習いが出会い冒険が始まったというだけは、正しく理解することができていた。

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