第03話 つくられた場所
落下時間は一秒にも満たなかった。すぐに終着地点へ到達したからだ。
「いっつぅ……。あいつなんてことしやがるんだ……」
口から声にならない声を漏らしたが、幸い痛みはほとんどないことに気が付いた。
手触りでわかったが、下にはちゃんとクッションが敷いてある。痛みが殆どないのはこいつのおかげだろう。
上を見ると四角い枠が見える。恐らく先ほどまで立っていた場所だろうが、雨宮の姿は見えず、倉庫の天井が見えるだけだった。高さは三~四メートルくらいだろうか。
俺は立ち上がり数歩進んで扉を手で押した。特に抵抗もなく開いたその先には、巨大な空間が広がっており、鉄柱や鉄の板で作られた人がギリギリ歩ける道と言えなくもない通路が何本も通っていた。
こんな殺風景な空間の光景を、俺はTVの特番やネットの映像で何度も見たことである。
「おいおいここってまさか――」
「ようこそ。雨露木の
背後で声がしたので振り返る。
「雨宮。どうやって降りてきたんだ?」
「
素っ気なく答える彼女。その背後には先程まではなかった伸縮式の梯子が降ろされていた。
というか、俺もそれで降ろしてくれれば良かったのでは?
「だってアナタぐちぐち面倒くさいんだもの。手っ取り早く降ろしてあげた方が早いと思って。ほら、手早く降りられて良かったじゃない?」
むしろ早く到達できたことを感謝しろぐらいの勢いだった。
……っていや、今はそんな小さなことはどうでもいい。
「ここが本当に……あの雨露木
俺が知る限り、これまで発見された場所はこじんまりとした部屋ばかりで、こんなだだっ広い場所にあるのは聞いたことが無い。
「そうよ」
しかし雨宮は俺の疑問に対して簡潔な答えを返した。
「少し歩きましょう」そう言って、道と言えなくもない通路を進み始める。人一人歩ける通路を進み、階段のような段差を降りていくのを見て、俺もその後を歩く。
「足元に気をつけなさい。元々人が歩くのを考慮してある場所じゃないから。踏み外して下に落ちても助けられないわよ」
ペンライトを照らしながら先を歩く雨宮が振り返った。細い通路の下を覗くと真っ暗な奈落が口を開けている。もちろん手すりなどはない。
「規模だけなら中央区にある最大規模の地下空洞に匹敵するんじゃないか、ここ……。
「さあ? 変人と天才は紙一重だから、考えることは理解できなかったわね」
「……?」
彼女の言い方にやや違和感を覚えたが、すぐに心躍る期待にかき消された。
あの
胸をすくような高揚感を抱くなという方が無理な話だ。
どれくらい歩いただろうか。ポケットからスマホを取り出し時間を確認すると時刻は14時36分だった。ホームルームが終わり倉庫に着いたのが確か13時を少し過ぎたくらいだったので、30分くらいは歩いているようだ。いや歩いているというよりは、むしろ、下に潜っていると言った方がいいかもしれない。
それくらいに深く広い場所だった。
「着いたわ」
やがて雨宮の声がして俺は、ペンライトが向けられた方を見た。結構広い空間が広がっているようだが、
その時複数のライトが点灯し、周囲を明るく照らし出した。壁の側面上部に工事現場で使われるような照明が付いている。雨宮が取り付けたのだろうか?
とにかく明るくなったことで今いる場所がはっきりと見えるようになった。
都内コンビニの店舗スペースほどの広間で、上を見ると天井はなく降りてきた段差が薄らと見えた。
「ここが雨露木征爾が使っていたデッドスペースよ」
「……ここが?」
確かに壮大な空間ではあるが、明りの先には無機質な鉄が照らされているだけでメモなどは一つない。
「何もないじゃないか。本当にここがそうなのか?」
「ええ。何もないのはもう掘り返された後だから」
「そりゃおかしい。これだけ大規模な
「公にされていないから当然ね。だってここはある組織によってずっと秘匿されてきたから」
「組織」
「ええ、組織」
その中二病をくすぐる名称に心を躍らせられた時期は、とうに終えている。
なんだか急に
「信じる信じないはこれを見てからにするのね」
彼女は一番奥の壁まで歩くと、足を止めた。
見た目は何もないがどうやら仕掛けがあったようで、近くの鉄柱を外すと人一人入れる通路――――といっても身体を横にして入れるか入れないかの小さな隙間――――が現れた。
雨宮が猫を思わせる動きでするっと入り込んでいったので、仕方なく俺も続く。
「……なんだ……ここ」
思わず呻く。
足を踏み入れた先は巨大な箱の中で、中央には更に小さな箱があり、それは天井と床から鉄柱に貫かれるように浮いていた。
これまでの無作為な設計の
どんな意図かって? そりゃ決まっている。
ここにあることを隠し、護るという意図だ。
「これが
雨宮が回答らしき返答を返してきた。
もちろん、俺は聞き返す。
「お前は誰だ? なんでここを知ってる? なんで雨露木征爾が関係していると分っている?」
「私は雨宮るりか。桜ヶ峰学園1年A組。歳は15。身長153cm、体重は46キロ、スリーサイズは上から82、57、80。趣味は、」
「ああうん。別に知りたくない情報だが知って嬉しい、ってちげーっての」
「趣味は……
一人ボケツッコミを止めて、正面に立つ女の子を
「大伯父?」
「私の旧姓は雨露木。そして雨露木征爾は祖父の兄。私の大伯父よ。この箱の中には彼が残した最高の財宝が入っている、とある筋から情報を得ているわ」
今日一番の衝撃が身体を突き抜けた。
雨露木征爾が残した最高の財宝……だと?
俺は熱に浮かされるように箱に近づき手を触れる。
しかし上下左右の鉄柱に挟まれ浮いている箱は、動かそうとしてもビクともしない。
箱は鉄製のようだが鉄柱とは明らかに質が違う。チタン系合金だろうか? 少なくともデッドスペース特有の設計のついでに作られたのではなく、わざわざこのために作ったもののようだった。
箱の中央には鍵穴のように見える親指ほどの穴。それと小さなディスプレイがあった。
「これ、もしかしてアマロギセキュリティ、か?」
「当たり。雨露木征爾が創った世界最高レベルのセキュリティ。八桁のパスワード と対応する鍵が必要で、鍵は生体情報を組み込む仕組みになってる。複製は絶対にできない。これは多分そのプロトタイプでしょうね。ほら、箱の上下は鉄柱に繋がってるでしょう? 物理的な保護を要していた最初期のものの特徴だわ」
「ああ、確か雨露木征爾自身が無駄だったと言い切ったアレか。見た感じだと基礎の部分に組み込まれてる? てことは、もし無理やり外して運び出そうものなら……」
「ええ。この付近一帯の地盤に何が起きるか分からないわね」
雨宮は腕を組んで小さく溜息を吐いた。
けれど俺には、まるで簡単ではないことを楽しんでいるかのように見えた。
「私はね、これを開けるためにこの学園に来たの。人類最上の
「……だから、あんな暗号で書いた手紙を」
「ええ。この先なにがあるか分からないもの。覚悟と知識を持ってる人間じゃなければ、きっと不可能だから」
ここまできて、やっと、このぶっ飛んだ少女の意図を理解することができた。
彼女は探していたのだ。こういったことが好きな、興味を持っている人材を。
「確かに覚悟と知識はある……って待て。なんで俺がそういうのに興味があるって知ってんだ? さっき他にも四人手紙を送ったって言ってたが、その中からなんで俺を」
「質問一の答え。あなたを含めた四人全員が、雨露木メモに興味があるのは下調べで調査済みだから。質問二の答え。その中で最初に来たのがあなただから。それだけ」
「さも当然のように人を調べたっていうな?」
うん。やっぱだいぶイカれてんなこいつ?
まあ、確かに俺はこういった冒険、或いは探検を求めていた。
そのために、色々な知識を身につけたりもしたし、このサクライにある高校を選んだりもしたわけだが……こいつ、そんな所まで調査して俺を選んだってのか?
「まあ……でもあなたはちょっと特別だったわね」
「ほう。特別」
「ええ」
この俺の秘められた才能を見抜いたってことか。悪い気はしない。
「具体的にはどういうところか聞いてもいいか?」
「あなた入学試験の時、サイコロを振っていたでしょ」
「……ん? ああ、まあ?」
「この桜ヶ峰学園に運で入ってこれた生徒は、開校以来あなたが初めてだから。だから特別」
「……は?」
予想外の回答に、俺は思わず間の抜けた声を出してしまった。
いや確かにエンピツは振った、けど、運てなんだ運って! もっとこう、他になかったの⁉
「卑下する必要はないわ。こういったなにかを見つけるのに必要な要素だもの。だから私はあなたのその運を買っているわ」
真面目な顔つきを見る辺り、どうやら冗談で言っているのではなさそうだ。
「これで分ったわね。私たちは鍵を手に入る。雨露木の箱を開ける。中にある雨露木メモを手に入れる。あなたは道具。完璧な計画ね。さあ行くわよ」
「待たれよ。あいや待たれよ。三段論法としてかなりぶっ飛んでたしなにより最後おかしくなかったでござらんか?」
うおう動揺して思わず侍口調になってしまった。
「俺はまだ手伝うなんて一言も言ってない。そもそも俺に決定権はないのか?」
「無いに決まってるじゃない。なぜあると思ったの?」
おおっと即答。そしてかわいく小首を傾げるな。実際かわいいけど。
「あっ……もしかしてあの
雨宮は神妙な面持ちで手を口に当てたが、そこにはどこかしら余裕がある。
うっかり忘れそうになっていたが、そもそも俺は脅迫されている立場なのだった。
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