第02話 海上都市の財宝

 雨露木あまろぎメモ。

 この海上人工都市サクライにいる人間で、その単語に驚かない者いないだろう。


 都市に隠された『財宝トレジャー』の総称。

 多くのトレジャーハンターが来島らいとうする目的。

 そして俺がこの桜ヶ峰学園に無理をして入学した理由だった。


「説明は以上よ。さあどちらにするか選んで。私の道具になるか、道具になって働くか」

「それどっちも同じじゃね? というか説明まったくしてなくね?」

「え、もしかして破廉恥動画を校内にばら撒く方を選ぶというの? なんて変態なのかしら。くっ、まさかそこまでの逸材だったとはさすがの私も読めなかった……。分ったわ」

「うーん色々待て」


 わざとらしく眉をひそめる目の前の女に、俺は溜息を投げつけた。


「とりあえずもう少し簡単に、いや詳しく説明してくれ」

「あなたは今日から私の道具。雨露木メモを探す」

「それさっきのセリフを大幅に短縮にしただけで、さらに分かりにくくなってません?」


 ふむと彼女は小首を傾げ数秒考えると、こちらを見て微笑んだ。


「探すのよこの童貞」

「なんで心をえぐる罵倒にかえた⁉ 間違ってるけど合ってるっていう矛盾がまた威力高い。心の臓を抉ったぞ」

「ああもう、いちいちうるさい男ね。じゃあ『変態のような生物』か『生物のような変態』どちらの扱いがいいか選んでちょうだい」

「いやいや、どっちも等しく酷くね? というか同じ意味では」

「いいえ違うわ。私が呼んだときにどっちがいい気分になるかが違うもの」

「え、それは俺じゃなくて呼ぶ方が気持ちよくなる方ってこと⁉」


 頭を抱え込んだ。まったく街でヤンキーに絡まれた中学生の気分である。


「ま、冗談はこれくらいにしましょうか」ふっと笑い彼女はこちらを見つめなおした。

 その瞳と笑顔を見た瞬間、背筋にぞくっとした電流が走る。

 冷徹無比な女王が下僕に見せる優しさの欠片、兵士なってしまえばすぐにでも忠誠を誓ってしまいそうな、カリスマ性の一辺。

 こいつは生涯人の下風に立つことが無い人間だ。

 そんな根拠のない思いが俺の心を突き抜けた。


「説明の前に。あなたは雨露木メモについてどれくらい知っているのかしら?」

「……あ、ああ。公式されてる情報からネットの噂、それにアンダーグラウンドで取引されてる情報までなら、おおかたは」


 圧倒され、聞かれるがままに雨宮るりかと名乗った同級生に答えた。


「上出来ね。この人工島についての知識も聞いていいかしら」

「この島のこと?」

「ええ。雨露木メモのことを説明するには、まず私たちが今いるこの海上人工都市サクライについて知っていなければならないから」


 訝しげに思ったが、とりあえず強迫されている身としては、言われるがままにするしかない。


「世界的な人口増加を解消する目的として、海上に巨大な都市を建設するという計画がもちあがったのは、今から30年ほど前だ」




 真っ先に手をあげたのは当時の日本政府だった。世界に対して張った見栄だった、といわれている。

 ともあれ世界初の国際海上都市のモデルケースとして計画された人工島『サクライ』は、日本の相模湾に、全長20㎞にも及ぶ超巨大人工島を作りそこを都市化するというものだった。

 もちろんそれだけも技術的に困難なのに、加えて自律航行可能な動力源を備えるという、国内外から無謀だと笑われるほどの要求を出していた。


 そんな要求を日本政府もどうかと思うが、それを実現してしまった雨露木あまろぎ征爾せいじという技術者テクノラートも異常だったといえる。

 雨露木征爾は、その驚異的な才能を如何なく発揮し、この無謀と笑われたプロジェクトの外殻設計から動力部の設計まで一人で行い、僅か10年でこの前代未聞の人工島を作り上げることに成功した。

 彼が建築学、物理学、果ては量子力学にまで精通した日本を代表する偉大な技術者テクノラートなのは疑いようもなかったが、まさか本当に作り上げてしまうとは思ってもおらず、クライアントの日本政府ですら開いた口が塞がらなかったという。


 この最先端の技術は国の新たな産業になる――年金問題と癒着問題で解散間際にあった内閣は、思わず降ってきたこの財源に浮かれたのも無理はない。(野党と祝賀パーティーを開いたという話もあるがこれは噂レベルで定かではない)


 しかし問題はここからだった。

 精密な計算を瞬時に行える天才は、性格的には大変ずぼらであったということだ。

 なんと彼は、これほどの巨大な設計――しかも受注した立場――でありながら、その設計を一切書類として残していなかったのである!


 移民や増え続ける人口問題を解決する一環として売り出そうとしていた日本政府も、これが元で政権が二度ほどひっくり返ったほどだ。


 ともあれ設計図が無いなら完成物から逆算して作れば良いというゲーム業界さながらのアクロバティック走行を実行しようとした者もいたが、なぜこれほど巨大な島が浮いているのか、そして動くのか。凡人には余りにも不可解な内部構造になっている上、不幸にも当の雨露木あまろぎ征爾せいじ本人はサクライ完成が完成した直後に80歳で大往生してしまっており、本人に問いただすのも不可能となってしまっていた。


「しかし設計図の元となったメモが見つかる。最初に雨露木メモを見つけたのは保守点検の技術者だった」


 構造物には設計上使われなくなった場所というのがいくつも存在する。

 使われない場所デッドスペースといわれるそれは、大体は設計ミスだったり、建設中だけ使われていた場所だったりするのだが、雨露木征爾が関わったこのサクライにも例外なく存在し、巨大な地下構造を保守点検中、偶然その使われない場所デッドスペースを発見するに至る。


 扉と思わしき板を外した先にあったのは、壁一面に無数のメモが貼られた三メートル四方の小さな部屋だった。

 専門家を読んで詳しく調べたところ、どうやら雨露木征爾はサクライの至る所にある使われない場所デッドスペースをちょくちょく仕事場として使っていたらしい。

 さらに重要なのは、書き残したメモ類に彼が資料に残さなかった様々な技術が書かれていたことである。

 完全ブラックボックスだった動力部に関するメモもわずかではあるが確認されたことで、日本政府は慌てて箝口令かんこうれいを敷く。

 が、人の口には戸が立てられないのはどの時代も同じ。

 メモを数億円で買い取ったとされる話が広まると、世界中がにわかにざわつき始めた。


――サクライの使われない場所デッドスペースには雨露木メモたからがある――


 その情報がネットで伝わるやいなや、この巨大な人工島は一種のゴールドラッシュに突入する。

 外壁や土中、果ては喫茶店の床下まで掘り返され、サクライは我先にと紙切れを見つける人々で賑わうことになる。

 そもそも雨露木征爾が死んだのはサクライ完成直後だったから、現在サクライで営業している喫茶店なんかにメモがあるはずもないのだが、人々の狂気とは恐ろしいものだ。


 こうしてサクライにはお宝目的で、日本だけでなく海外からも人が流入し始める。

 急激な人口増加で一時的な治安維持すら危うくなった日本政府は、制限を加えようとしたのだが、元々国際都市にするという名目だったがゆえに厳しく取り締まることもできず、また各国からの「日本だけの技術にしてなるものか」という外交的思惑もあり断念。結果、この人工島は、当初の運用予定を超える100万人以上が住む大都市となったのである。


 一枚少なくとも数億、モノによっては十数億で取引されたと言われる雨露木メモたからは、全て見つかったわけではなく、まだこの人工島のどこかで眠っているとされている。あらかた掘り起こされ一時期のラッシュほどの勢いはないが、それでも雨露木メモを求め、この島を訪れる者は少なくない。


 俺もそのうちの一人だ。

 昔から冒険モノが好きだった俺は、インディ・ジョーンズの主人公が持つムチを作って振ってみたり、ロビンフッドのオモチャの弓でリンゴを射る練習にをしてみたり、空から降ってきた女の子を受け止めて軍隊と戦い天空の城を探す、そんなシチュエーションを数えきれないほど妄想してきた。

 さすがに妄想にふけるのは中二で卒業したが、何かを探求するという欲求は高校生になった今でも変わっていない。

 俺が岐阜の田舎から、わざわざこの偏差値の高い桜ヶ峰さくらがみね学園にしたのは、その雨露木メモという財宝を見つける冒険をするためだ。

 ちなみに入学できたのは努力と実力以外の何か――ありていに言えば運――が作用したのが大きい。サンキュー鉛筆六面ダイス。


「とまあ、こんなところか」

「大体の知識はあるようね。合格よ。時間をかけずエニグマ暗号だと分っただけはあるわ」

「もしかしてそれもテストだったのか?」

「ええ」


 いつの間にか雨宮るりかは薄い布の上から制服の上着をかけており、肌の露出を抑えていた。もう罠は必要ないということだろうか。くそう、もう少しチラチラしたかった。


「それだけ分っているなら説明は不要ね。私はその雨露木メモを見つける。それだけよ。ところで返事はまだかしら? あなたと違って人間は音波にして貰わないとわからないのよ」

「俺の声がまるで超音波のような言い方ははやめろー?」


 謎の生物か俺は。


「雨露木メモを探すってのは本気なのか。もう大きなところは発見済みだって言われてるんだぞ」

「だとしたあなたは諦めるの?」

「冗談だろ。くっそ燃える。見つけるに決まってる」


 即答を意外に思ったのか、雨宮るりかは少しだけ目を見開いた。


「……思ったよりいいじゃない」

「あん? なにか言ったか?」

「いいえ。なにも。それよりも自信たっぷりなのね」

「俺の夢だからな。まだこの島に来たばかりで、どこから探せばいいもんだか見当もついてないけどさ」

「なんなら今から行ってみる? 使われない場所デッドスペースに」

「いや有名どころはいくつか知ってるからいいよ。それに宝が無くなった跡地見てもなんの収穫もない」

「いいえ。まだ誰にも掘り起こされてない場所よ。見てみる?」


 借りてきたDVDを見てみる? くらいの軽いテンションで提案してきたので、一瞬、何を言ったのか分からなかった。


「なっ……未発見の使われない場所デッドスペースがどこにあるのか知ってるのか⁉」


 一枚数億で取引されるというトレジャーがある場所。今、彼女は、それを見るか聞いてきたのだ。つまりある場所を知っているということで……


「見る! 教えてくれ!」


 驚きのあまりつい詰め寄ってしまった。

 鼻先に彼女の吐息が掛かるほどの距離。

 慌てて一歩下がったが、彼女はそれを意にした様子もなく、


「いいわよ。さっさと示した方が、話は早いでしょうしね」


 上着を胸元に引き寄せながら、俺の横に立った。

 くいっと体を寄せてくる。裸体の面積は随分と少なくなっていたが、それでも合間から見える白い肌が視界に入ってくるので直視できない。ついでに何だかよくわからない女の子の良い匂いが鼻孔をくすぐる。


「ちょっと。動かないで。じっとしてて」


 後ずさるが彼女は更にその距離を詰め、壁際へと迫っていく。

 トンッと自分の背中が壁に当たるのが分った。

 体を寄せた彼女の手が顔の方へ伸びてくる。


 二人っきりの空間だ。

 言動がちょっとアレとはえ、トップアイドルよりも遥かに可愛い女の子があられもない恰好で、しかも息遣いが聞こえるほどの距離にいる。この状況は別段女性に耐性があるわけではない俺にとって、頭を真っ白にするのに十分な状況だった。


 まさかキスが起動トリガーとなって亜空間へとジャンプしちゃうとか?

 雨露木征爾が作った場所ならありえる……いやいや。ないだろ。

 つか近い。近いって。ここでしちゃうの……? いいの? いいのかしら?

 ギュッと目を閉じてしまう。


 ってそんなわけあるか! ゆーて立場逆だろこれ!


 自らツッコミを入れて目を開ける。

 彼女の手は俺の頭の後ろにある壁をまさぐっていたところだった。


「なにしてんだ?」

「じゃ、いってらっしゃい」


 雨宮は軽快なステップですっと一歩下がると、ニコリと笑って、軽く手を振った。


「だからなにを――」と言いかけた瞬間、ガタンという音がして不意に彼女の体が浮かび上がった。


 違う。

 浮いたように見えたのは、単に俺の立ち位置が下がったから相対的にそう見えただけであって――――って、


「ちょ、ま、ああああああああああああああ!」


 俺の口から叫び声が出たとき、身体はすでに自由落下を始めていた。

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