秀ちゃんの長崎

イガラシ・ケンヤ

 秀ちゃんの長崎

 何事もなく過ぎていた時の流れに波紋が広がって、しばらくするとまた元のように何事もなく流れてゆく。ライフ・ゴーズ・オン。波紋の記憶が消えることはないけれど・・。


 朝早いフライトだったので午前中には長崎到着。ホテルのチェックインまでは時間があったので、一緒に来たハセと昼飯がてらお祭り見物へ。


 長崎の街は今「長崎くんち」という有名なお祭りの真っ最中。


 長崎くんちは長崎の諏訪神社の例大祭。その年の当番にあたる7つの町が山車や踊りなどの演し物を奉納します。その山車が華やかで勇壮だったり、踊りは長崎らしく異国情緒のある「蛇踊り」だったりと、ヴァラエティに富んでいて豪華絢爛。


 この演し物を観られるメイン・スポットは、諏訪神社をはじめ市内にいくつか設けられる「踊り場」という特設ステージ。でも、ゆっくり座って観られるココは毎年、早々にチケット完売で満員御礼。僕たちは誰でも簡単に演し物を観られる「庭先回り」へ。


 庭先回りとは町内へのお披露目を兼ねた、演し物という“福”のおすそ分け。街なかの公園など数か所で行われます。席こそありませんが気軽に演し物を楽しめてもちろん無料。

 その会場に向かって歩いていると、移動中の演し物の行列に遭遇。皆さんしゃきっとしていて、地響きのような掛け声で通り過ぎていきます。思わずこちらも背筋をシャンとしてお見送り。ちょっとだけお祭りに参加した気分に。


 地図だと庭先回りの会場へは距離がありそうに見えたけど、歩いてみると案外あっという間。そういえば秀ちゃんが言ってた・・。


「長崎は意外と小さな街だからね」


 秀ちゃんは学生時代からの友人でここ長崎の出身。数日前から長崎に帰郷していて今夜の夕食から僕たちと合流予定。秀ちゃんの今回の帰郷はちょっと切ないハナシ。


 実は去年、長年連れ添った秀ちゃんの奥さんが病のため帰らぬ人に。


 奥さんも秀ちゃんと同じ長崎の出身。奥さんは長崎くんちが大好きで、毎年のように帰郷してお祭りを楽しんでいました。でも病に倒れてからはそれも叶わぬことに。やがて病状は徐々に悪化。そして・・去年の長崎くんちが始まった翌日未明、魂が故郷のお祭りへ帰るかのように、静かに息を引き取りました。


 今回の秀ちゃんの帰郷は奥さんの一周忌法要と納骨のため。そして、奥さんの遺影とともに長崎くんちを見ること。奥さんにもう一度、好きだった長崎くんちを見せてあげたいと・・・。

 多分、秀ちゃんは今頃どこかの踊り場で奥さんとくんちを観ているはず。山車や踊りに合わせて客席からかかる「もってこーい」(もう一回)というアンコールの声が何度も響く中、故郷の風に包まれて。


 夜になってどしゃ降りとなった雨。タクシーで長崎の繁華街、思案橋へ。


「有名な歌のとおりで、長崎は雨が多いですよ」

 と、運転手さん。


 なるほど。雨の思案橋。

 

 夕食は思案橋横丁にある魚料理の老舗。秀ちゃんの妹さんが手配してくれました。店に入るとすぐ生け簀。いろいろな魚や魚介類。美味しそう。


 秀ちゃん、東京から僕と一緒に来たハセ、そして法事で熊本に帰郷していたタカギも合流。僕ら学生時代からの仲間と秀ちゃんのシンガポール駐在時代の友人夫婦を交えて総勢六名。揃ったところで女将さんが注文を取りにいらっしゃいました。


「魚は何にすんね?」


 え?まあ、普通はまず刺身の盛り合わせとか・・。でも、そういうコトではないみたい、女将さんの言い方は。


「アジやハマチもあるけれど、今日は“あら”が入っとるから六人おるし“あら”にせんね?」


 ん?僕ら一同キョトン・・。


「とにかく、こっち来て魚ば選ばんね」

 要領を得ない僕らにちょっともどかし気の女将さん。


 代表して僕が女将さんと一緒に店の入り口にあった生け簀へ。女将さん、生け簀で泳いでいるひと際大きな魚を指さします。


「そこにおるのが“あら”。六人やったら半身は刺身にして後は鍋にすれば丁度よか」


 なるほど。このお店は、まず生け簀でメインの魚を選ぶワケ。ようやく合点。でも“あら”って高級魚じゃなかったっけ・・。でも値段をきくと意外にリーズナブル。やっぱり地元。せっかくのおススメだしいただくことに。


 まずはお刺身。まあ、これが生き作りで大迫力。何しろ大きい魚ですからね。みんなで写真を撮ったり大盛り上がり。スタートから長崎の夜満喫です。


「旨かやろう?あまり大きくはないけど今年の初物やけん」

(いや、十分大きいと思いますけど・・)


 女将さんもいつのまにか上機嫌。やっぱり、郷に入っては郷に従え。でも、生け簀から魚をチョイスしていただくなんて贅沢だなあ。


 刺身の後の鍋も最高。頭からヒレまで余すところなくいただいて一同大満足。“あら”のおかげで楽しい宴となりました。シンガポールからのご夫婦も秀チャンの奥さんをよくご存じでしたが湿っぽいハナシになりませんでしたし。


 店を出ると雨はまだどしゃ降り。これは一晩中雨カナ・・。


 翌朝は打って変わって雲一つない快晴。もう一粒も雨の在庫無しって空。


 秀ちゃんが僕らに地元紙の朝刊を見せてくれました。そこには秀ちゃんの写真と“今回の長崎くんちを特別な思いで観た人が・・”という記事。無論、秀ちゃんと奥さんのエピソードがそこに。泣ける記事でした。そういえば秀ちゃん、新聞社の取材受けるって言ってた。


 あ、写真の秀ちゃん笑ってる。


「“お涙頂戴”みたいな顔より明るい方がいいと思ってさ」


 そうだね。秀ちゃんは笑顔のほうが似合うから。それに、時は前向きにしか流れていないしネ・・。

 天国の奥さん、心配はいらないよ。相変わらず秀ちゃんは笑顔。秀ちゃんは元気だよ!

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