fragile
@ash_b
第1話
そこから見る日の出が好きだ。
1月1日ならば初日の出を見に20人くらいはいるけど、3日早い12月29日に日の出を見ようなんて物好きはぼくくらいだろう。
街が見渡せる場所に出る。タバコに火をつけて、冷たい空気と一緒に、炎で少しだけ温まった煙を吸い込む。
辺りはこれから本当に夜が明けるのが信じられないくらいに暗い。
吐いた煙は白い息と相まってどこまでも登っていく。
ここから見る街の灯りは星空みたいだ。
風が肌を刺す。
冬の空気はその温度で不純物を寄せ付けない。
ああ、遠いなぁ、と思う。
--------
足音。まったくこんな時間に暇なやつだなとの自分を棚に上げた思考は、相手を認識した瞬間に凍りつく。
彼女は同じ学年の有名人で•••ぼくを緊張させるだけの理由を持った女の子だったからだ。向こうはぼくを認識してるかどうかはあやしいけど。
彼女はぼくと5メートルくらいの距離で止まって、街の方を見る。
微妙な距離。
緊張してるのはぼくだけだと思う。
タバコを吸っていたことを思い出し、深く吸い込む。
と。
「意外と不良なんだねぇ」笑いながら話す声が1メートルもしない距離から聞こえた。
「•••タバコ吸ってるやつくらいいっぱいいるでしょ」良かった、すぐに返答できた。
声がかすれもせずに普通に出たのは僥倖と言えよう。
「きみは真面目そうだから意外。こんな時間にこんなとこにいるのも意外。びっくりしちゃったよ。」
「女の子がひとりでこんな時間にこんなとこにいる方がびっくりだよ。」
あはは、と笑うと「ちょっと、ね。女の子にはいろいろあるんだよ。」
それきり、沈黙。
いろいろ、か。彼女の家はここからもう少し離れてたはず。ランニングしてるって格好では無いし、朝帰りとかだったりするのだろうか。
いや、こんな時間にそれはないだろう。経験ないからわからないけど、普通はもう少し、せめて夜が明けてから帰るものではないだろうか。
指先に熱を感じて、タバコを携帯灰皿に入れる。
「1本ちょうだい」
「吸ったことあるの?」
断る理由もないので1本差し出しながら訊ねる。
「無いけど、吸ってみたい気分なの。」
火を差し出す。彼女はぼくより随分背が低いから、変な感覚だ。
一口吸い込むとすぐにごほっごほっとむせる。そりゃそうだろう。
「あ、ありがと。返す。」
と、口をつけた吸口を差し出す。
受け取るときに、ぼくの人差し指と彼女の中指が少しだけ触れた。
少しだけ迷ってから、そのタバコを吸い込む。
「なんで?」
なんでこんなときにこんなところにいるのか。
なんでタバコを吸いたい気分なのか。
なんでそんなに泣きそうな顔をしてるのか。
•••なんで手首なんか切って、休学したりしてるのか。
いろいろな事を聞きたかったけど、出てきたのはその一言だけだった。
「なんとなく。きみは?」
「俺もそう。」そう言って、2人で少しだけ笑う。
そりゃそうだ。朝日を見に来るのも、タバコを吸うのも、理由を説明するのは難しい。たぶん、手首を切るのと同じくらいには。
「ここ、良いよね。良く来るの?」改めて聞く。
「1人では初めて。」
「そか。ぼくはたまに1人で来る。」
「暗っ!でもわからなくもないな•••ここからは街がなんとなく見渡せて•••それが朝日に飲み込まれていくのが好き。」
街には早起きしたひとと徹夜したひとと電気を消し忘れたひとの灯りが広がっている。
「あーゆーマンションの灯りとかをみてると、寂しくなる。それを朝日が塗り潰していくのが好き。」
「•••なんかわかる。でも。それを見てると、夜を応援したくなる。朝に負けるなって。」
「本格的に暗いねぇ」そう言ってまた笑う。
それきり、2人とも黙る。
暫くして、空がゆっくりと明るくなってくる。
彼は誰時。
朝日が昇るまでは、意外とここからが長い。
ゆっくりと明るくなってくる空を、2人で黙って見ている。
光の破片がビルの隙間から覗く。
地球が回転してるのがわかる。
やがて、朝がぼくたちに降り注ぎ、ぼくたちは別々の影に戻る。
「今日も負けちゃったねぇ、夜」
くすくす笑いながら、彼女が言う。
「負けちゃったから•••今日を頑張らないと、かな。」
「まじめだなぁ。私は帰って眠るとするよ。」そう言って伸びをすると「会えて良かったよ。ばいばい。」
それきり。
冬休みが終わって学校が始まると、彼女が学校を辞めたことを知った。
--------
それがちょうど1年前のこと。
誰かが居なくなっても、夜は必ず明ける。
それは悔しくもあり、救いでもある。
わざわざそれを確認しにここに来てるのかもしれない。
タバコの煙を吐き出す。
足音。まったくこんな時間に暇なやつだ。
「まだ吸ってるんだ?」と声が聞こえた。
fragile @ash_b
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