第59話影の怪人カインと遺跡5

烈しく回転するチェーンソーの刃が、ショゴスを切り刻んでいく。


粘液状の肉片が散乱し、カインの腕、胸、首筋に飛び散ってはその肉体を玉虫色に濡らした。


「はははっっッ!!!!」


ショゴスをチェーンソーで切り裂きながら哄笑する蛮人カイン、チェーンソーが与える振動にゼラチン状の肉体をプルプルと揺さぶりながら割と平気そうなショゴス。


それは頭のまともな人間が見れば、思わず発狂してしまいそうな場面だった。


反撃とばかりにショゴスが数十本もの触手の先端を鋭い刃に変え、カインの肉体を突き刺す。


触手で貫かれた皮膚からカインの鮮血が霧のように噴出した。


獣じみた濃い血の匂いが立ち込める。


四方に散った血飛沫が、蛮人とショゴスを赤く染め上げた。


だが、ショゴスの触手はそれ以上進むことはなかった。


カインの分厚い鋼の筋肉が触手の侵入を阻み、あまつさえその先端を屈強な筋肉繊維でガッチリと捕らえていたのだ。


「中々大したショゴスだぞ、貴様はっ」


「キシャアアアアッッッ!!」


触手に皮膚を食い破られながらもカインは更にチェーンソーを振り回した。


その時、奇跡が起こった。


回転するチェーンソーの刃、カインの雄叫び、ショゴスの奇声、そして飛び散る肉片と鮮血が混じり合い、曲を奏で始めたではないかっ!


そう、空間に刻みつけられるその熱きビートとリズムこそ、かのディオの誇る名曲の一つ『ホーリー・ダイヴァー』だったのである!


それから実に二刻(四時間)に及ぶギグの末にこの二つの種族間に奇妙な情が芽生え始めた。


突然カインが握っていたチェーンソーを空中高くに放り捨て、ショゴスの前に掌を差し出す。


その手にショゴスの触手が優しく絡みついた。


「おい、お前、俺と一緒に来るか」


ショゴスは答えた。


「テケリリ」


「ならば来るがよい」


ウィンディゴの毛皮で編まれた灰色のマントをひらめかせ、カインが祭壇室を出る。


その背後からショゴスはカインについて行った。




遺跡から着いてきたそのショゴスは、トーマスと名付けられた。


名付けたのはカインだ。


今日もカインは戦闘の起こった場所にトーマスを引き連れていった。


ここならば、トーマスの食料がいくらでも転がっているからだ。


トーマスの食料──それは辺りに転がっている戦死者達だ。


傭兵として戦い、そして敗れ、命を落とした人間、ゴブリン、オークの戦士達。


その亡骸はトーマスの血となり、肉となって新しい生命へと変化していった。


ショゴスのトーマスに好き嫌いはない。


それこそ人間だろうがクリーチャーだろうがアンデッドだろうが何でも食べる。


また、トーマスは食欲旺盛であり、あればあるだけ食べ続ける。


言ってみれば掃除屋だ。


そのまま腐るに任せて、朽ち果てるなり、あるいはゾンビとなって辺りを彷徨い出るよりは、こうして食われて綺麗になったほうが死んだ本人も浮かばれるだろう。


鳥葬というものがある。


亡骸の肉を鳥に啄ませて埋葬するというやり方だ。


そうなると、トーマスに戦死者たちを食わせるのは、これはさしずめショゴス葬ということになるだろう。


カインは空を見上げた。


地平線まで茜色に染まっている。それは眩いばかりの朱に照らされた空だった。


降り注ぐ紅の陽光、風に流されていく黒い雲、その下で一心不乱に死体を貪るトーマス、これぞ自然の営みというものだ。


「もう気は済んだか、トーマス?」


「テケリリ」


あらかた亡骸を食い終えたトーマスが答える。


「では野営地に戻るとするか」


野営地に戻り、カインは食事の支度に取り掛かった。


なんせ、食料なら目の前に食べきれないほどある。


「お前の肉を少し分けてもらうぞ、トーマス」


「テケリリ」


カインが取り出したナイフでトーマスの肉をいくつか、削ぎ落としていく。


削ぎ落としたトーマスの肉片を真っ赤な舌で舐め上げると、カインは遠慮なく口の中へと放り込んだ。


クチャクチャとトーマスの肉を咀嚼し、嚥下する。


少々生臭いが、慣れれば病みつきになる味わいだ。


その時、丁度、アルムとマックルベリーがやってきた。


二人の脇には、酒瓶と籠に詰まったパンや野菜が見える。夕食になるからと、酒と食料を持ってきたのだ。


「兄貴、何食ってんだ?」


カインが歯を立てている生肉にアルムは興味を向けた。


「良いところに来たな。お前たちも食うが良い。これを食えば力がつくぞ」


カインがふたりの鼻先にトーマスの肉の切れ端を差し出す。


アルムが肉の匂いを嗅ぐと、顔をしかめた。


「この肉、腐ってんじゃねえのか、兄貴?」


「これはそう言う匂いなのだ。いいから黙って食ってみろ」


カインに言われ、二人は目を閉じると口の中に肉を突っ込んだ。


噛む度胸までは流石になかったので、そのまま飲み込んでしまう。


途端にふたりの心臓が力強く脈打ちはじめた。


身体の底から沸騰した血液が逆流し、五体にエネルギーが漲ってくるではないか。


マックルベリーは自分が若返っていくのを感じた。


腰痛も関節痛もすっかり消え失せ、肌は艶を取り戻し、マックルベリーの肉体はすっかり頑強になっていた。


転がっている拳ほどの大きさの石を拾い上げ、力を込める。


すると、石が掌の中でばきっと音を立てて割れた。


「おい、一体何を食わせたんだい、兄貴?」


驚いているアルムが言う。


「それはショゴス、つまりトーマスの肉だ。そしてショゴスの肉は人間の身体に活力を与えてくれるのよ」


そう答えるとカインは、ニヤリと唇を歪めて笑った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

カイン・ザ・バーバリアンヒーロー 名も無きキンメリア人 @yusima

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ