第58話影の怪人カインと遺跡4

カインに首筋を優しく舐め上げられ、サライの肉体は昂ぶった。


身体の奥深くから切ない蜜が溢れだしてくる。サライの胸板を早鐘の如く打ち鳴らす鼓動。


ベッドに横たわったサライは、そのしなやかな肢体でカインの広く逞しい背中にしがみついた。


カインがサライの横顔をそっとたぐり寄せると、その唇に情熱的なキスを交わす。


粘着く汗が二人の毛穴から滲み出た。熱い。身体の芯が火照る。


官能的な渦に飲み込まれるサライ、外は夕暮れを迎え、朱に濡れていた。




安普請の酒場だ。所々、ガタが来ている。


一番奥にあるテーブルには、カインとセルフマンの姿があった。


「なるほど。現状ではこれらの品物が不足しているというわけですか」


カインの告げた物資名を書き留めたリストを一瞥するセルフマン、その目の色は商人特有の抜け目ないものに変わっていた。


「ああ、恐らくは街で売られている同一品の十倍の値を吹っかけても売れるだろう」


ブランデーを満たした酒杯を舐めながら、カインが頷く。


「いつも良い情報をありがとうございます。カインさん」


「所でリンダは元気にやっているか?」


「ええ、彼女なら元気に私の仕事の手伝いをしてくれていますよ。彼女のおかげで店を留守にしても困りません。彼女は本当に働き者です」


「それはよかった。お前にリンダを預けたのは正解だったようだな。所でリンダとはもう寝たのか?」


カインがセルフマンの瞳の奥を覗き込みながら尋ねた。


その質問にセルフマンが気負うことなく、あっさりと答える。


「ええ、まあ、もしかしたら、私達は近々結婚するかもしれません」


「ほう、それはめでたいな」


「一つ屋根の下で男女が暮らしているのですから、当然の成り行きかと。ああ、そうそう、そういえばグリニーさんからカインさんにこれを渡すようにと頼まれました。

なにかの道具のようですが」


セルフマンがテーブルの上に箱を乗せると、鍵を開けて開いてみせる。


「おお、これはこれは」


カインが箱の中身を取り上げる。


それは鋸状の刃のついた道具だった。異世界ではチェーンソーと呼ばれている工具の一種だ。


「全身ミスリル合金製か。素晴らしい。早速こいつの切れ味を試してくるかな。ああ、そうだ、セルフマン、娼婦を呼んでいるから今日はゆっくりと楽しむといい」


「おお、それは嬉しいですね。では私の方も早速二階で遊ばせてもらうとしましょうか」




グリニーが製作したチェーンソーの切れ味はとても素晴らしく、その刃は巨大な岩でも硬い石の柱でもスムーズに切断してのけた。


チェーンソーを振り回し、クリーチャーを片っ端から始末しながら遺跡の内部を突き進むカイン。


カインの通った後の通路には、哀れなクリーチャーの残骸だけが残った。


カインが目指す場所は遺跡の最奥部だ。


侵入者に襲いかかる異形の存在達を蹴散らしながら、カインは更に奥へ奥へと進んでいった。


そして遺跡の一番奥に眠っている祭壇部屋を発見し、意気揚々と踏み込んだ。


だが、円形の祭壇部屋にはめぼしい物は何も見当たらず、部屋の中央には、青銅の台座と古い石像が鎮座しているだけだった。


儀式用の道具の一つでも転がっていないかと、カインが部屋を丹念に探すが、やはり何も見つからない。


だが、何かあることだけはわかる。


この蛮族の若者に備わった野生の本能と霊的な感覚が、そう告げているからだ。


(この場所には何かがある。だが、それが何なのか今ひとつわからん)


石像を睨みながら、カインが頭を巡らせる。


そして何を思ったのか、カインはチェーンソーを頭上高く持ち上げ、天井スレスレまで跳躍すると石像目掛けて刃を振り下ろした。


唐竹割りに切断される石像、その時、遺跡全体が激しく揺れ動いた。


「やはりこの石像が鍵だったか」


祭壇室の壁が音を立てて崩れ落ち、砂埃が舞った。


その途端に部屋中に酷い異臭が立ち込めた。


崩れた壁の闇の中から、何かが這いずり出てくる。


ズルリ、ズルリと、耳障りな音を立てて、身体を引きずるその怪物は、明らかにカインの血肉を求めていた。


そのクリーチャーは玉虫色の光を帯び、ブロブのような粘液体だった。


だが、ブロブと異なるのは、そのクリーチャーには、いくつもの不規則に並んだ眼球があるということだ。


「ショゴスか。荒野を出てから見るのは初めてだな。さしずめ、この遺跡に封印でもされていたか。それにしても中々美味そうなショゴスだな」


舌なめずりをし、カインは再びチェーンソーを構えると、にじり寄ってくるショゴスに猛然と振り落とした。


所詮、この世は弱肉強食であり、負けたほうが食われるのだ。


それはショゴスでもバーバリアンでも変わらない荒野の鉄則だった。

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