第57話影の怪人カインと遺跡3

カインは数秒ほど待つと納骨堂へと飛び込む。


そこに待ち構えていたのは醜悪なる巨大な怪物、ダンシングクロウラーだった。


ダンシングクロウラーが、刺のついた触手で絡め取った兵士達を次々に口腔内に放り込んでは飲み込む。


紫色に染まったザクロの花弁にも似たその口腔からは、嘔吐感を催させるような腐臭が漂い、強酸性の消化液が黄色く滲んでいた。


生き残った兵隊達は必死になって、ダンシングクロウラーのしなる無数の触手を剣で切り落とし、盾で弾き返すが完全に防ぐことはできず、一人、また一人と飲み込まれていった。


四方から縦横無尽に襲いかかるダンシングクロウラーの触手を防ぐのは、並の兵隊では力不足だ。


触手がロドリーゴの肉体を捕らえる。


(ああ、私はこんな所で死ぬのか……)


死が予感を嗅ぎ取り、ロドリーゴは辛い目眩を覚えた。


目前へと迫るダンシングクロウラーの口腔、強烈な異臭がロドリーゴの鼻先を掠めた。


だが、ロドリーゴがダンシングクロウラーに飲み込まれる寸前に何者かの影が飛来し、その触手を断ち切った。


床に転がり落ちるロドリーゴ、触手を分断した影は勢いをつけたまま、ダンシングクロウラーを斜め一文字に引き裂いた。


紫色の体液をまき散らしながら倒れこむダンシングクロウラー、どうやらカインの強烈な一太刀を受けて絶命したようだ。


影が恐怖で震えているロドリーゴの身体を優しく抱き起こす。


影はカインだ。


「大丈夫だったか、ロドリーゴよ」


「あ、ああ、私なら何とか無事だよ、カイン、君のおかげだ」


黒い外套を正し、ロドリーゴが向き直る。


「そうか、だが、まだ震えているようだな。さぞや恐ろしかったのだろう。何、別に恥じ入ることではない。恐怖心を持つこと、それこそが君主であり、

また戦士の必要な資質というものだ」


「な、なるほど……」


その時、不意にカインが笑った。屈託のない、どこまでも朗らかで純粋な笑みだ。


それは人の心を安堵させ、蕩けさせる笑みだった。


その鍛え抜かれた鋼鉄の如き両腕を広げ、カインはロドリーゴに告げた。


「だが、やはり恐ろしいものは恐ろしいし、一つしかない命を失うのは誰でも惜しいだろう。安心するが良い、ロドリーゴよ。この俺がこれからお主を守ってやろう。

さあ、遠慮せずに俺の懐に来るがよい」


カインのその言葉にロドリーゴは、まるで夢遊病者のごとく近づいていくと、バーバリアンの逞しい胸板に抱きついた。


そんなロドリーゴを労わるように抱擁する蛮人カイン。


恐怖から開放され、弛緩したロドリーゴの精神の隙間を狙い、カインはまんまと相手の懐に潜り込んだ。


それは一種の暗示である。


そうだ。カインは決して善人ではない。この男は荒野育ちの蛮人だ。


それからカインはロドリーゴを護衛し、陣営地まで無事に送り届けた。




「金のありそうな奴がいいんだがな」


と、爪を噛みながらホセが言う。


「そいつはもっともな話だな」


ホセの言葉にジーノが頷いてみせる。


ホセとジーノは追い剥ぎだ。


こうやって、旅人が通りかかりそうな山道に身を潜め、二人でどうでもいいような益体のない話に興じて時間を潰しながら、獲物がくるのを待つのが日課だった。


以前は傭兵稼業もしていたのだが、命を張っての商売は、二人にはあまり魅力的には感じられなかった。


かと言って、汗水垂らして真面目に堅気仕事に精を出すのも馬鹿らしい。


となれば残りの稼業はただ一つ、それは盗賊ということになる。


強ばったヒゲを掻きむしりながら、茂みの中から山道を見下ろしていたホセが、遠くにある通行人の影を捕らえる。


この男は目だけは良い。


「おい、ジーノ、客が来たぜ」


「どんな奴だ?」


「どうやら商人らしいな。それも一人だけだ」


「へえ、じゃあ、無一文ってわけでもなさそうだな。よし、じゃあ、やるか」


ホセが剣を構え、ジーノが手槍を握り締めると、商人が近づくのを待ってからタイミング良く山道へと躍り出る。


「おい、金と荷物を置いていきな。そしたら命だけは助けてやるぜ」


剣の切っ先を商人に見せつけながら、ホセが言う。


もっとも、ホセの言葉はでたらめだ。


ここで商人を殺さずに逃せば、後々で近隣に噂が広まり、山賊稼業に支障が出る恐れがあるからだ。


旅人が警戒してこの山道に近寄らなくなるか、あるいは賞金がかかってこちらがお尋ね者にでもなりかねない。


だからホセもジーノも最後は獲物を殺した。


だったら何も無駄口など叩かず、そのまま襲いかかればいいのではないのかと思うのだが、相手が商売物を持っている場合、間違えてその商品を壊してしまったり、

あるいは獲物の返り血で、その品物を汚してしまう場合も考えられる。


それに相手が抵抗してくる場合もある。


だったら、嘘でもいいから相手をとりあえずは安心させてやり、身ぐるみを剥いでから隙を見て殺したほうがいい。


「ほら、さっさとその荷をこっちに渡せ。それともこの槍で刺し殺されてえか」


黄色く濁った眼を向けて、ジーノが商人にせっつく。


両眼が黄色く変色しているのは、酒毒で肝臓をやられているからに違いなかった。


「わかりました。どうか金と持ち物は置いていきますので乱暴だけは止めてください」


「だったら早くしな」


商人が二人の足元に金の入った財布を放り投げる。


ホセがその財布を屈んで拾おうとしたその瞬間、商人の構えたショットガンが火を噴いた。


脳漿と頭蓋骨の破片を飛び散らせるホセ、次に商人はジーノに向き合うと再び引き金を引いた。


「やはりここら辺は一人で旅するには少々物騒なようですね。さてと、カインさんはどこにいるのか」


商人はセルフマンだった。

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