第56話影の怪人カインと遺跡2

胸と腹を食い破られた探索者の死体をアルムが調べる。


「グールにでもやられたか?」


亡骸に付着した乾いた血糊と白濁した瞳からアルムは、食われてから半日くらいかと当たりをつけた。


犠牲者の顔から首筋にかけて、鋭い爪で掻き毟られたような生々しい傷口が網目状に走っている。


引き裂かれた腹腔から臓物が消え失せているのを見ると、どうやらアンデッドが平らげたか、持ち帰ったようだ。


アルムは早速、亡骸を漁った。


懐から出てきた数枚の古い金貨を失敬すると、亡骸が身につけていた武具をはずしてズタ袋に押し込む。


最後は持っていた手斧で亡骸の首と手足を切断した。


こうしておけば、アンデッド化を遅らせることができる。


それからアルムはズタ袋を引きずりながら、用済みになった小部屋を出た。


湿って冷え冷えとした遺跡の通路、時折聞こえる異形どもの呻き声、アルムは遺跡を出ると入口で待機している見張り役のマックルベリーに嵩張る荷物を預け、再び遺跡の中に潜った。


とはいってもアルムが探索するのは、遺跡内部の浅い場所だ。


アルムは宝を見つけて一攫千金なんていうくだらない夢は抱いていない。


それよりも探索者の死骸から金品や装備の類を引っペがしたほうが現実的だと、この少年は考えていた。


勿論、それだって全くの安全というわけにはいかない。


同業者とかち合って死骸を奪い合うこともあれば、クリーチャーと遭遇して戦ったり、やり過ごすこともある。


勝てる相手と勝てない相手を見分けること、それは戦場だろうが遺跡の迷宮だろうが同じだった。


遺跡内部を照らすランタンの灯りが小波立つ。


アルムは右手に握った拳銃を構えると、壁に背を張り付け、慎重に角を覗き込んだ。


人影が見える。


人間なのかアンデッドなのか、ここからでは判断できない。


アルムはもう少しばかり、その人影を観察することにした。


動きからしてどうやら、同じ探索者に見える。


(ご同業か?)


もし、そうだとしたら他にも仲間がいるかもしれない。


アルムは人影が、こちらに近づいて来る前に暗がりに隠れてやり過ごすことにした。




たっぷり五百を数えると、人影の足音が遠ざかっていった。


再び探索を開始する。


スキットルボトルに入ったジンを口に含み、アルムはアルコールで肉体を弛緩させた。


遺跡のクリーチャーはいつ湧いてくるかわからない。


それは同業者も同じだ。


部屋の隅に張られた蜘蛛の巣を追い払っても、放っておけば次の蜘蛛がやってきて勝手に住み着く。


我が物顔で。


剥がれた床のタイルや壊れた壺の破片を避ける。


こういう何気ないものが、意外とトラップだったりするからだ。


破片には毒が塗りこめられているかもしれないし、床のタイルの裏には爆発物が仕掛けられていることもある。


あるいはそれ自体が、全くの無害でも物音ひとつ立てるだけで、敵に気づかれる場合もあった。


全てはカインがアルムに与えた知識だ。


(へへ、カインの兄貴はうまくやってるかな)


そんな事を考えていると、アルムの鼻腔粘膜が微かな血臭を捕らえる。


どうやら向こう側で何かが起こったらしい。


あるいは何かが居るのか。


アルムは石畳に耳を当てた。


何も聞こえない。


山猫のように足音を立てず、爪先だけで暗がりから暗がりへと移動する。


向こうに見えるのは、石のアーチで囲まれた暗い部屋だけだ。


さて、どうするべきか。


アルムは逡巡した。


探索者の死体でも転がっていれば持ち物でも漁りたい所だが、厄介な相手とは出来るだけ鉢合わせしたくない。


こちらはクリーチャー退治を請け負っているわけではないからだ。


一応は遺跡内部の化物を退治してその首を持っていけば、金を貰えることは貰えるが正直それほど旨みはない。


それよりも死体漁りの方がよっぽど楽だ。


そう判断したアルムは、さっさと踵を返すと来た道を戻っていった。


アルムの本能が危険を告げていたし、何より小部屋に潜んでいる者が探索者の亡骸をどんどん増やしていけば、それだけ実入りがよくなるかもしれないのだ。


あとはカインにでもまかせればいい。


化物の首を討ち取ってから死体漁りをすれば一石二鳥というわけだ。


アルムは文明社会に生きる野生動物のような存在だった。




相手に悟られぬように気配を殺し、カインはロドリーゴ一行の後を追った。


ロドリーゴ達の背後から忍び寄る異形の怪物達は全てカインが人知れず始末した。


あるワイトは、天井から突然飛びかかってきたカインに掴まれた頭を卵の殻のように潰された。


また、ある巨大な毒ムカデは、ロドリーゴ達に襲いかかる前にカインに手によってバラバラに引きちぎられた。


他にもカインに食い殺されてしまった蜘蛛の兄弟や蛇の親戚といったクリーチャーもいた。


もはやカインは、この遺跡に住まう主のような存在になっていた。


亀裂や崩れ落ちて穴が空いた暗い天井に張り付き、ロドリーゴ一行の歩調に合わせてカインがゆっくりと進む。


ロドリーゴ達が発見した納骨堂の中へと踏み込んで行くのを見届けると、カインはその一歩手前で立ち止まった。


それから十秒ほどもしない内に恐怖に満ちた兵士達の悲鳴が轟いた。

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