第55話影の怪人カインと遺跡
「よう、アルム、景気はどうじゃ?」
と、マックルベリーがアルムに声をかける。
「マックルベリーの爺さんかい。悪くねえやな。是非捕虜にしてくださいって金持ち貴族の師弟がわんさかやってくるからな。なんで奴らは兄貴に捕まりたがるのかねえ。
俺にゃ、さっぱりわからねえや」
「金持ちの気持ちなんざ、わしらにゃわからんさ。それよりもお前さんの兄貴分、バーバリアンという噂だが、一体どんな男なんじゃ?」
屋台のオヤジから受け取ったエールの杯をカウンターに置き、アルムが言う。
「そうだなあ、まず、酒と女にゃ目がねえな。それととんでもなく大喰らいだ。だが、気前もいいし男気もある」
「なるほどな。豪放磊落を絵に描いたような男ってわけだな」
「ああ、その通りだ。だから俺はカインの兄貴に惚れ込んだのよ」
そう言うと、杯の中身を半分ほど飲み干し、アルムは手の甲で唇についたエールを拭った。
古いエールだったらしく、口の中が少々酸っぱい。
地面に唾を吐き捨てると、アルムは新しいエールを出すように言った。
マックルベリーはアルムを見て思った。
同じ年頃の村の子供達と随分違うと。
雰囲気もそうだが、目つきも違う。
他の子供達が母親から乳を貰っている時、アルムは酒を飲んでいたのだろう。
他の子供達がオモチャを与えられて喜んでいた時、アルムは相手の首を掻っ切るためのナイフを渡されて育ったのだろう。
テメエの頭を吹っ飛ばされたくなきゃ、俺を舐めるんじゃねえぞと言わんばかりの荒々しい雰囲気に童らしからぬ鋭い視線と身のこなし。
同じ年代の村の少年達が無邪気な子犬なら、アルムは群れからはぐれて獰猛になった若狼然としていた。
だが、そうでなければ荒野の猛虎であるカインの弟分は務まらないだろう。
年端も行かぬアルムは、しかしすでに立派な戦士であり、盗賊であり、そして暗殺者だった。
人だろうがモンスターだろうが、躊躇することなくアルムは撃鉄を引いた。
アルムは人を殺しても罪悪感を覚えることはなかった。
野生の獣に善悪の区別がつかないようにアルムもまた、善悪というものに頓着しない。
進んで人殺しをする趣味はないが、自分や仲間が生きる為に必要であると判断すれば、決してためらうことがない。
だからこそ他の傭兵達もこの拳銃使いの少年に対し、それなりの扱いをする。
命の惜しい者は特にだ。
「それにしてもこの戦、どれだけ長く続くんじゃろうな。戦が終わらん内に出来るだけ稼いでおきたいんじゃがのう」
マックルベリーがカップに注がれた酒を啜った。
何本か歯の欠けた口を開き、ふうとため息をついてみせる。
「さあな。遺跡も見つかったし、当分は続くんじゃねえのか。だがよ、長く続けばいいってもんでもねえだろうぜ。商売敵がそれだけ増えるだろうからな」
「それは確かにそうじゃな」
「なんならよ、爺さんも遺跡に潜っちゃどうだい。もし遺跡がダメでもよ、あそこの周辺には珍しい薬草が生えてるから摘めばそれなりの金にはなるぜ」
「ふむ、それでもやはり命は惜しいわい。摘み取った薬草を狙って盗賊が、そんな事になったら無駄骨じゃわい」
「そんなこと言ってたらよ、それこそ稼いだ金持って山道渡るのもあぶねえぜ、爺さんよ」
(国元にいる連中に私がどういう人間なのかわからせてやらねばならぬっ)
心の内でそう叫び、鼻息を荒くしたロドリーゴが手勢を連れて遺跡へと潜り込んだのが今から二日ほど前だ。
黒カビに覆われた内壁、時折響く不気味な唸り声、遺跡内に張り巡らされたトラップにクリーチャー。
何もかもがロドリーゴの心を陰鬱にさせた。
引き連れた手勢も、もはや半数にまで削られている。
兵士達もロドリーゴも疲れきった表情を浮かべていた。
ロドリーゴが兵隊とともに遺跡に潜ったのは、
遺跡から見つけ出したという珍品、宝石の類や高価なアーティファクトをカインから自慢げに見せびらかされたからだ。
それで自分でも欲しくなった。
つまり、欲が出た。
だから自らが遺跡に潜って宝探しをしはじめたのだ。
勿論、傭兵や手下のみを遺跡に潜らせるという選択もあった。
だが、それだと腰抜け扱いされかねないし、何より、発見された貴重品を部下達が自分の懐にしまいかねない。
それで血気盛んに自らも遺跡探索に乗り出したのだが、現状ではごらんの有様だ。
モンスターに襲われ、罠に引っかかり、櫛の歯が欠けるようにロドリーゴの手勢は命を落としていった。
それでもロドリーゴが、まだ死なずで済んでいるのは、カインから貰った魔除けのアーティファクトのおかげだろう。
この前の食事の礼だとカインが置いていったのだ。
このアーティファクトはアンデッドに対し、弱体化させる効果を発揮する。
そしてこの遺跡に潜む怪物の多くはアンデッドだ。
そう考えると、この遺跡探索には、かなり有用なアーティファクトということになる。
ただ、だからと言って万能とまではいかない。
アンデッド以外にも蟲のようなクリーチャーもこの遺跡内部を徘徊しているのだ。
「ねえロドリーゴ様、一旦引き返しましょうや。この先何があるのかわかったもんじゃねですぜ」
「臆病風に吹かれたか。こっちはもう半数の手勢を失っているんだ。このまま何も見つけられずにおめおめと帰れるかっ」
カインの行った異世界に『コンコルドの誤り』という言葉がある。
人間は何かに投資し始めると、危険だとわかっていても諦めきれずに損を取り返そうと、投資を継続してしまうのだ。
ロドリーゴの今の心理状態もそれに当てはまるだろう。
天井の物陰からカインは、そんなロドリーゴの背中を静かに見下ろしていた。
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