ぼくらの町からつながる宇宙

@kuromasa00

第1話

2020年と言えば東京オリンピックを思い浮かべる人がほとんどだろう。

だが2020年には個人的にはもうひとつ忘れてはならないことがある。

今この時も彼は2020年に向けて孤独な戦いの中を進んでいる。

暗闇の中で、音も無い過酷な宇宙の世界を、目標に向かってまっすぐに。

彼の名は「はやぶさ2」。

宇宙航空研究開発機構JAXAにより打ち上げられた日本が誇る小惑星探査機はやぶさの2号機、通称「はやぶさ2」だ。

「はやぶさ2」は、太陽系の起源・進化と生命の起源を解明するため、小惑星「Ryugu」(リュウグウ)を目指し、その「Ryugu」のサンプルを持ち帰ることを目的としている。

そして忘れてはならないのが「はやぶさ2」が、2010年6月に地球への帰還を果たした小惑星探査機「はやぶさ」の後継機だということだ。

小惑星探査機はやぶさの初号機が成し遂げた偉業は、ニュースや新聞などでも話題になり映画も作られた。

8年という長い宇宙の旅の末、数々の困難を乗り越え、小惑星イトカワの粒子を採取し地球に持ち帰った。

このことは日本の宇宙開発技術が最先端であることを世界に知らせる大きな成功となった。

この「はやぶさ」初号機が帰還しプロジェクトが成功したことで、JAXAにより帰還カプセルの全国巡回展示が行われることになった。

私たちの町は偶然にもその会場に選ばれた。

このことが私たちの町にとても大切な時間をくれることになる。

私たちの町の名は武豊町。

愛知県知多郡にある人口4万人ほどの海沿いにある小さな町だ。

「はやぶさ」が町の人々をつないだ、あのときのことを少しだけご紹介しよう。


2011年8月、小惑星探査機はやぶさの帰還カプセル全国巡回展示における武豊町会場は、延べ1万4,000人を超える来場者とスタッフの熱気であふれ、大盛況だった。会場となった武豊町の公共ホール“ゆめたろうプラザ”は、これでもかというほどのイベントやコーナーを用意して、来場者を待ち受けていた。

解説付きの帰還カプセル展示はもちろんだが、「はやぶさ物語」の紙芝居や講談、はやぶさに搭載された装置や地球スイングバイの体験コーナー、映画上映、大クイズ大会など、はやぶさに関する武豊オリジナル企画が館内狭しと並び、いたるところで、来場者に案内をさせてくれと迫る意欲のかたまりのような解説ボランティアたちが、各コーナーを走り回っていた。こんな活力にあふれた展示イベントが、これまでにあっただろうか。

武豊町と宇宙との関わりは、町内にある企業“日油株式会社”だ。日油(株)は、日本の宇宙開発初期のペンシルロケット発射実験の際に必要だった固体燃料を提供しており、はやぶさを宇宙に運んだM-Vロケットの固体燃料も、日油(株)でつくられていた。そうした地域性もあってか、ボランティアを募集するとすぐに、宇宙や星が好きで様々な知識をもったボランティアが集まってきた。加えて、ゆめたろうプラザでは、開館当初から住民ボランティアで構成された“NPOたけとよ”と行政との協働運営の取り組みを行ってきた経緯もあり、多くの住民ボランティアが協力を名乗り出てくれた。

ボランティアの意欲の高さには驚いた。解説をするための勉強会を開催し練習を重ね、まず自らが理解を深めようという人たちばかりだった。その学んだ力を発揮したいという欲求が噴出して、イベントの活気となっていたのだと思う。

中でも最大の注目を集めたのは、実物大模型製作プロジェクトだった。このプロジェクトは「感動を伝えたい」という共通の想いの下に、ボランティア参加人数がどんどん増えて拡がっていった。10人ほどでスタートしたこのプロジェクトには、最終的に延べ300人を超える住民が携わることとなった。写真などから寸法を割り出し、予算が無いので材料は段ボールや百円均一商品などの身近な素材を利用した。そして製作期間2ヵ月半を経て、実物大模型はイベント前日にやっと完成。言葉で表せない感動を、携わった人みんなが感じていた。  

ゆめたろうプラザを包んだ活気と熱気の中心に、この実物大模型があったことは確かだろう。イベント後、模型は取り壊される予定だったが“一般財団法人日本宇宙フォーラム”に委譲され、“武豊モデル”として現在も全国の様々な宇宙イベントで展示されている。


ゆめたろうプラザでの帰還カプセル展示事業は、熱い想いを持つ住民ボランティアに、たくさんの住民や行政、日油(株)などの企業が心を動かされて達成された、まちづくりの鑑のようなイベントだった。

はやぶさの成功は、武豊町という小さな町の人々をつなぎ、かけがえのない時間と絆を残してくれた。あのとき協力してくれたボランティアの人たちの中には、その後もそのまま町のボランティアとして登録し、現在でも宇宙関連のイベントを企画するなど、まちづくりのために活躍を続けてくれている人が多くいる。はやぶさの成功は確実に宇宙と私たちの町を近づけてくれた。そして「人のつながり」というすばらしい財産を町に残してくれた。

時代はどんどんと人と人のつながりを希薄なものにしつつある。

そんな時代の中で、地域でつながりをもって人が関わり、住民が自分たちの手で活力を生み出すことができる町に武豊町は近づけたのかもしれない。

「はやぶさ」のおかげだ。

2020年、「はやぶさ2」は地球に帰ってくる。

そのときは、もう一度この町でイベントができたらいい。

「はやぶさ」初号機のときに地域を盛り上げたみんなと、さらなる新しい仲間と、そしてあのとき帰還カプセルを見に来ていた小中学生だった成長した若者たちと、もう一度イベントをやろう。

2020年、武豊町でもう一度同じ夜空をみんなで見上げよう。

2020年の夜空には、まっすぐな流れ星がきっと流れる。

ぼくらは、「はやぶさ2」の帰りを待っている。





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