【禁術の恋】

【禁術の恋】


「先生は相変わらず心臓を眺めるのが好きですね。だから魔女みたいなんて言われちゃうんですよ」

 夕日と少し冷たい風が吹き込む窓を背にその男子生徒はからかう様に笑う。そんな彼の第二ボタンが取れかかっていることを気にしつつ、アタシは心臓の入った瓶を机の上に隠す様に置いた。


――トクン。


「そろそろ、下校時刻でしょ」

 窓を閉める為に男子生徒の傍に向かうと、風になびくアタシの黒髪にこっそりと触れようとする彼の手をスッと避けてみせる。心臓が煩い程に何度も何度も鼓動を繰り返す。


 自分の胸に自分の心臓がきちんと収まっているのか、それを毎日意識している人はどのくらいいるだろうか。

 驚いたとき、遅刻しそうで全力疾走したとき、体育のとき、好意を寄せる相手の傍にいるとき……普段よりも強く心臓が脈打つと生きていることを感じるとアタシは感じる。そして心臓は嘘を吐かない。


「先生、最近俺さ……」

 背後で少し不安げに、でも顔を赤らめて何か言おうとする男子生徒の唇に人差し指を当てて、彼の胸に耳を当てた。


――トクン、トクン、トクン、トクン。


 本当に煩い程の鼓動。自分の心臓ではもう感じれないくらいに煩い鼓動の音。


「大丈夫、貴方の心臓は正常よ。だから、安心してお帰りなさい」

 少し彼を追い出す様にアタシは化学室の扉を閉じた。

 まだ鼓動が煩い。本当に煩い。これが若さなのかしら。なんて自分自身の胸に手を当てて、アタシは微笑んだ。


 彼は本当には気が付いていない。自分の胸の中に心臓が収まっていないことを。そしてその心臓はアタシの胸の中にあることを。

 教師が生徒に恋してるなんて知られてはいけないから。魔女がただの少年に恋してるなんて笑い話だから。アタシは盗んだ。彼の心臓を。

 ガラス瓶に収めた自分の心臓もトクンと跳ねた。二つの心臓を重ね合わせるとまるで裸で抱き合っているみたいで、今度はアタシの心臓が煩い程に動き出す。


「人間はある意味でこれを幸せと呼ぶのかしら」なんて呟きながら、もう一度自分の胸に手を当てて微笑んだ。

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【七月の季節】――七月 不黒 @bungei6kari9

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