第二輪 白の朝
ピピピピピピピピピピピ
「ん…」
カチッ
「っんー!うあー………」
目覚ましの音で私は起きた。時刻は6時。寝ぼけまなこの状態でベッドからもぞもぞとでる。昨日は遅くまでどれだけ学校が楽しみか、母にたくさん話していた。私は喋り疲れてぐっすり深く眠った。体はもうちょっと寝ていたいと言っているようだった。
私はそんな体を頑張って動かし、クローゼットの前へ向かう。昨日は入学したんだということが嬉しくて、寝る直前まで制服を着ていた。そんなお気に入りの純白のワンピースを引っ張り出して袖を通す。時刻は6時半になった。
コンコンコン
「お嬢様、朝ですよ…まあ!」
使用人は私の部屋のドアを開けると、たいそう驚いた顔をした。
それもそうだ。私はいつも6時に目覚ましを鳴らし、二度寝をしたり起きたくない、とうだうだしたりしている。そうしているうちに30分間があっという間に経って、6時30分になると使用人が起こしに来る。それでやっと私は起きるのだ。
「
「まあまあ、お嬢様。もう起きていらしたのですね。気合が入っておりますねえ」
桐子さんはカーテンを開けながらにこにこと笑う。
赤城さんと
「学校が楽しみなの」
私は黒いスカーフを手に持ち言う。
すると、桐子さんはこちらに寄ってきて、スカーフを受け取った。
「昨日もお話しされておりましたものね。今日も素敵な日になりますよう」
そう言いながらスカーフをきれいに結んでくれた。それから私の背中を優しく押して、ドレッサーの前に私を座らせた。
肩につくかつかないかくらいの私の髪をゆっくり優しくとく。私はこの時間が大好きだ。いつも寝ぐせのついただらしのない髪を魔法のようにさらさらにしてくれる。髪をとかしてもらいながら桐子さんに、今日頑張りたいことや楽しみなことを話すのだ。
「今日はね、早く起きれたからいいことあると思うの!早起きは三文の徳っていうんだよね?」
「そうですよ、よくご存じですね」
「お母さんがいつも言ってるから!それでね、今日は挨拶頑張るの!」
「ごきげんよう?」
「そう!ごきげんよう!昨日お母さんが挨拶を元気にしたらお友達できるよって言ってたから」
「お嬢様の笑顔と挨拶があればお友達だってすぐできちゃいますよ」
桐子さんは私の髪にストレートアイロンをあてながら上品に笑った。私は桐子さんの真似をするようにして、目の前の鏡を見てくいっと口角を上げた。
「今日も素敵な笑顔ですね!はい、できましたよ」
「ありがとう桐子さん!」
私は椅子からぴょんっと降りて、制服のスカートを揺らすようにしてくるりと回った。今日も満点、完璧だ。
身だしなみを整えた私は桐子さんと一緒にリビングに向かった。廊下の途中、ある部屋の扉が開いた。
「あ、
「お姉ちゃんだー」
まだぼやっとしている弟が、赤城さんに手を引かれて部屋から出てきた。
「坊ちゃん、おはようございます」
「とーこさんー」
頭が回っていなくて挨拶が足らない弟に私はくすくすと笑った。
「お嬢様もおはようございます。制服、よくお似合いですよ」
赤城さんがかがんで私と目線を合わせてくれた。私は制服姿をほめてくれたことが嬉しくて、より一層元気よくおはようございますと応えた。
基本的に私には桐子さんが、弟には忠孝さんがお世話役につくことになんとなくなっている。例外といえば、桐子さんは免許を持っていないので運転が必要な場合は赤城さんが担当するのである。
階段をいちに、いちにとゆっくり降りて、リビングの扉を赤城さんが開ける。ふわっと温かい空気が顔に当たる。
「二人とも、おはよう」
ばあ様が暖炉の前で朝の紅茶を飲んでいた。
「ばあ様おはようございます。海湖、ほら、おはようは?」
私は弟の背中をぽんぽんと軽くたたいて挨拶するように促す。弟はまだ寝ぼけているようで、
「あよ…ざいます」
と、あやふやな挨拶をした。
何か面白くて、4人でくすくす笑った。
「お嬢様も坊ちゃんも座っていてくださいね。今、朝ご飯をお出ししますからね」
桐子さんはキッチンのほうへ行く。赤城さんは2つ、横に並んだ椅子を引いて私たちを座らせてくれた。弟もちゃんと座ったのを確認すると、少しだけ急ぎ足でキッチンのほうへ向かった。
「おねえ、今日のご飯なあにー?」
「楽しみだねー」
「桐子さんのお料理、とても美味しいものねえ」
ばあ様が暖炉の前の一人掛けソファーから、空になったティーカップを持って、私と弟の向かいに座った。
すると、ちょうどいいタイミングで赤城さんがやってきた。3人分の紅茶を持って。音もなくばあ様のカップを下げ、新しいカップに紅茶を注いだ。ばあ様はストレート、私はミルク、弟はたくさんのミルクとお砂糖。誰がどれくらいのミルクとお砂糖を使うのかばっちり把握していて、茶葉によって好みの味になるように調節してくれる。今日はもともと甘みのある極上のアッサムだ。
「忠孝さんの入れるお茶もとっても美味しいものねえ」
ばあ様がアッサムの香りを嗅ぎながら、上機嫌で私と弟を見る。ばあ様がカップに口をつけたのを確認して、私もカップを持った。いい香りだ。弟も私に続いて口をつける。赤城さんは冷めるのを待たなくてもいいように弟に最適な温度で入れてくれている。ばあ様と弟と三人で紅茶を飲みながら、談笑していた。
ばあ様は早起きしたことを褒めてくれ、制服と髪型が今日も素敵だと言ってくれた。私ははいと返事をしながらも嬉しくてにやけた。
「さあさ、今日はイングリッシュマフィンとスコーンですよ。スクランブルエッグにチーズにハム、トマト、ポテトサラダ。いろいろご用意してますからね、申し付けてくださいね」
赤城さんと桐子さんがたくさんのスコーン、色々な種類のジャムとクロテッドクリームを持ってきた。
「今日はなんのスコーンかしら」
「もちろんアールグレイもご用意してありますよ。今日はとれたての人参を使ったスコーンを作ってみました」
ばあ様は桐子さんの作るスコーンが大好きなのだ。特にアールグレイのスコーン。なので、スコーンが食卓に出るときは、プレーン、アールグレイ(たまにミルクティー)、それから季節の食材を使ったり残り物で作る、桐子さんの気まぐれスコーンの三種類が並ぶ。
私は近くにいた赤城さんを呼んだ。
「ハムとスクランブルエッグがいいな」
「かしこまりました、少々お待ちくださいね」
赤城さんはキッチンへ向かった。
「坊ちゃんはどうしましょう?」
桐子さんが手の届かない弟に問う。私はとっさに答えた。
「海湖は人参!」
「にんじんやだー」
「桐子さんのスコーン好きでしょ?大丈夫だよ。ジャムもいっぱいつければ食べれるよ」
弟は人参が嫌いだ。と、いうより野菜はすべて嫌いだ。母も弟の好き嫌いに手を焼いて、何とか野菜を摂ってくれるように桐子さんと工夫して料理を作っていた。好き嫌いがあまりない私は、どうにかして野菜を食べさせたいといつも思っていた。
勢いで喋ってしまった私はハッと、ばあ様のほうを見る。ばあ様は優しい顔でうん、と頷いた。
「ふふ。お姉さんですねえ、お嬢様は」
桐子さんは私の頭を撫でた。
「坊ちゃん。坊ちゃんの好きな苺ジャムをたくさん塗って食べましょう?ね」
弟は少しむっとしながらも、桐子さんにほだされ頷いた。それを合図に桐子さんは弟の目の前で大げさにスコーンに苺ジャムをたっぷり塗って見せた。そして、それを隠すようにクロテッドクリームもたっぷりと。桐子さんが弟に手渡すと、人参のスコーンであることをすっかり忘れたようですぐにかぶりついた。
「桐子さんの魔法ね」
ばあ様は弟の口の周りにべったりついたクリームをぬぐいながら言った。私もそう思った。たまに私が弟の口元を拭いたやった。
「お嬢様、お待たせいたしました」
「赤城さん!ありがとう」
赤城さんは白いきれいなお皿を私の前に置いた。お皿の上にはイングリッシュマフィン。表面が軽くカリッと焼かれ、上には私の希望通りにハムとスクランブルエッグが乗っている。湯気が出ていて温かい。
赤城さんがお皿の横にナイフとフォークを並べた。私はすぐに最近教えられたようにナイフを右手に、フォークを左手に持った。そして、赤城さんのほうをちらっと見た。
「完璧でございますよ」
私はぱあっと笑顔を見せ、マフィンにナイフを入れた。つい先日までは一口サイズに切られた状態で出てきていた。就学を機に、父が教えてくれた。これから徐々に覚えていく予定だ。
「美味しいー!」
スクランブルエッグはマフィンに合うように少し塩見を効かせていた。
「それはようございました」
赤城さんは微笑みながら言う。桐子さんも目だけ合わせてニコッと笑った。
「楓野は美味しそうに食べるわね。いいことだわ」
ばあ様はナイフを使うのが慣れなくて一口が大きすぎる私を見て、くすくすと笑った。
「ばあばも二人の笑顔を見てると余計美味しいわ」
ばあ様はそう言いながら笑顔でスコーンに大きい口でかぶりついて見せた。口の端っこに少しクロテッドクリームがついていた。私もくすくすと笑った。
私は弟に手を合わすように促した。
「「ごちそうさまでした!」」
ばあ様は私たち二人をみてうん、といった後にばあ様も手を合わせてごちそうさまでした、と小さくお辞儀した。
そうしてたっぷり1時間、ゆっくりと朝食を済ませた。私の家では朝食は1時間(家族全員そろっているときは2時間)、昼食は1時間半、夕食は2時間からなんとなく終わるまで。いつもたくさんお話をしながらゆっくりご飯を食べるのだ。保育園や学校がある日だと、昼食はどうしても制限時間があるのだが。
それから私は桐子さんと玄関へ向かった。玄関前の姿見の前でくるっと回った。セーラーの襟も大丈夫。後ろのスカートもめくれていない。
「変じゃないかな」
「素敵ですよ、お嬢様」
桐子さんが茶色のランドセルを部屋から持ってきてくれた。ドアの近くに立っている赤城さんに私のランドセルを渡す。私は姿見を見て、一回ニコッと口角を上げて、うん、と頷いた。
「ばあ様、海湖、行ってまいりますー!」
私は少し大きな声を出して、リビングにいる二人に声をかける。すると向こうからばあ様がこちらにやってきた。
「はいはい、今日も笑顔で。勉学に励むのよ。行ってらっしゃい」
「はい」
私はまた、ニコッとして、ばあ様に笑顔を見せた。
「お嬢様」
赤城さんが玄関のドアを開けて私に声をかける。私はハッとして急いで家の外に出た。少しゆっくりしすぎたようだ。赤城さんが後部座席のドアを開けてくれる。私は流れるように座って、シートベルトを締めた。
「あっ。赤城さん、私今日友達できるかなあ」
「奥様もいつも言ってらっしゃるでしょう。お嬢様の素敵な笑顔と、元気な挨拶ができれば大丈夫ですよ」
「不安だなあ。昨日ね、昨日…」
私は学園が近づくにつれ、昨日のことを思い出した。昨日はすっかり忘れていて、母に相談することも名前の意味を知ることもできなかった。赤城さんに相談しようか…
「…愛弓様もいらっしゃるでしょう?」
「あゆ?うん」
「お嬢様は1人ではございませんからね。この赤城も桐子もついておりますし、奥様旦那様大奥様に坊ちゃん、愛弓様。ね、こんなにたくさん」
赤城さんの声が優しい。赤城さんはどこか勇気をくれる。桐子さんは私を優しい心にしてくれる。私は今日もあゆと過ごせると思って、少し元気が出た。私は赤城さんともう少しだけ話していたいと思ったが、車で10分もしないところにある学園。少しの会話でもう着いてしまった。車を停め、赤城さんがドアを開けてくれる。私は仕方がないので車を降り、赤城さんかからランドセルを受け取った。
「…奥様に話しにくいことがあったら、まず使用人に話してみるのも一つですよ」
「えっ…」
私はランドセルを背負い、タンタンとジャンプをしてた私は固まった。まさか、赤城さんはなにか気づいている…?
「お気を付けて行ってらっしゃいませ」
赤城さんはぽかんとする私をよそに、優しく笑っている。
「行ってまいります…」
「笑顔笑顔。それでは、昼時にまたお迎えに参りますからね」
そういって赤城さんは車に乗り込んだ。私は車を動かしてもなおこちらを心配が混じった優しい目でこちらを見てくれている。私はぺこりとお辞儀をして、軽く手を振った。赤城さんも軽く手を振ってくれた。角を曲がって見えなくなると、私は自分の教室に向かって歩いた。
「あゆもみんなもいる…。今日も笑顔の柿崎楓野っと」
私は自分の肩を自分でぽんぽんと叩いて気合を入れる。今日も素敵な一日になりますように。
20歳のネリネ 海山 戀 @ren-daina
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。20歳のネリネの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ネクスト掲載小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます