伊達前

@-heal-

場所が移動しようとも

彼ら、あるいは彼女らは皆こう言う。


「伊達前集合で」


仙台駅西口改札を出て真っ直ぐ歩いた所、駅の構内にそれはあった。

あった……。

つまりは過去形な訳なのだが、馬に跨る伊達正宗の像がそこには数年前まではあったのだ。

そこは仙台市民なら誰でも知っている待ち合わせの定番場所。


通称、伊達前。


東北最大の都市である仙台だが、待ち合わせの定番といえば仙台市民誰もが思い付くのは2ヶ所ではないだろうか。


その1つは、ディズスト前。その名の通りディズニーストア前だ。とは言ってもこれは東映プラザ店に限定される。

ここは国分町に近い為、主に飲み会の時の待ち合わせとして使われている。

その為、ここでの待ち合わせが多いのは20代以上の人達だ。


もう1つの待ち合わせ場所。

そこは年代問わずに10代から定年を迎えているであろうご老人にも使われている。


伊達前とは皆に慣れ親しんだそんな所だ。


常時平均してざっと50人近い待ち人が目を右往左往させながら、またはガラケーを眺めながら、来るべき待ち人を待っている。

ウキウキという言葉がぴったりの中学生、ドキドキといった表情の高校生、何人か既に集合しているがまだ全員集まってはいないような大学生、杖を片手にしたお洒落なご老人なんかもここが定番のようだ。


伊達正宗の像。

シンプルに分かりやすい待ち合わせ場所で、改札を出てすぐ、待ち合わせの定番になるのも頷ける。


そして現在に至る。


伊達正宗像は仙台城址のある高台へと移動した。

移動したというよりは、本来あるべき場所、居るべき場所へ帰ったという言葉が正しいのかもしれない。


仙台駅西口改札を出る。

真っ直ぐ歩いた先には伊達正宗像はいない。

だがどうだろうか、今日も今日とて、平均して50人近い待ち人が目を右往左往させながら、またはスマホでLINEやらゲームアプリをしながら来るべき待ち人を待っている。

ウキウキという言葉がぴったりの中学生、ドキドキといった表情の高校生、何人か既に集合しているがまだ全員集まってはいないような大学生、杖を片手にしたお洒落なご老人なんかも人は違えどそこには確かにいるのだ。

伊達正宗像のないそこに。

と、そこで1人スマホ片手に電話している学生が電話先の相手に言った。


「もう伊達前いるよー」


よく辺りを見渡せばそこかしこで聞こえてくる言葉、伊達前。


彼ら、あるいは彼女らにとっては、今もまだここは伊達前なのだ。


そんな私も今、伊達前に立っている。

もちろん仙台城址の伊達正宗像の前ではなく、駅構内の伊達前だ。


こんな事を呑気に語っている私だが、別に人間観察をしにここに立っている訳ではない。

来るべき待ち人を待っているのだ。


と、そこにスーツを着た男が1人現れた。

髪型は整髪料で整えられ、髭もしっかりと剃られている。オマケに顔立ちも中々ときたもんだ。いかにも仕事が出来る男。

彼こそ私の待ち人……取引先相手だ。

「いたいた!探しましたよー。伊達前って、ここ何も無いじゃないですか!伊達前ってどういう事なんですか?」


ですよね。やはり伊達前は通じなかったか。

そこでなんと説明したもんか考えてみる。

前に伊達正宗像があった場所。略して伊達前?いやいや、違うだろ。

「うーん、伊達前は伊達前だからな。それ以上でもそれ以下でもない」

困惑した顔の男の反応は普通なのだろう。

だがしかし、


伊達前は伊達前なのだ。


仙台市民の待ち合わせの定番場所。


伊達前。


仙台を訪れた際は是非、伊達前での待ち合わせをおすすめしたい。


「待ち合わせは、伊達前で!」

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