「はてしない物語」ミヒャエル・エンデ

 代表作の一つ「モモ」は読んだことがあり、その面白さとリーダビリティの高さで好きな作家であるエンデ(やはり現代作家は読みやすいですね)。


 もう一つの代表作である「はてしない物語」を、今さらながらに読了しました。


 2色刷りと、作中の本と全く同じ立派な装丁(そして立派なお値段^^;)で知られる単行本が、図書館とうちを往復したのは2度や3度ではありません。忙しくてなかなか読み終わらないうちに返却期限が来てしまい、結局手付かずだったのです。


 借りるから返さないといけないんだ、じゃあ買っちゃおう!! でも単行本は高いし、もし面白くなかったら買って後悔するしなぁ……と思い、ファンからはいまいち不評みたいな岩波少年文庫版の上巻を購入。


 これが大当たりでした。すごく面白くて、下巻も購入。

 先ほど読了した熱の冷めないうちに感想を書きます。


 

 上巻は、文字通り「物語に引き込まれる」本でした。


 現実世界とファンタージエンを行き来するうちに、二人の主人公バスチアンとアトレーユへ感情移入していく構成の巧みさがハンパじゃない。特に2色刷りでなくとも、この辺りに不自由さは感じませんでした。


 物語から溢れる奔放な想像力。次々と出てくる概念的な存在、独特な世界のしきたり。


 自分のような下手くそがファンタジーを書いていると、どうしてもリアリティの追求と自由でファンタジックな嘘の折り合いに苦労するものですが、圧倒的な発想力という暴力に何度も頭を殴られる思いでした(笑)


 え、イグラムールもう終わっちゃうの、もう解毒しちゃうの、え、え……みたいに、いくらでも掘り下げられそうなキャラや設定が湯水のように「使い捨て」られる様は、むしろ快感でもありました。


 終盤の、幼ごころの君とさすらい山の古老の下りは、ループものが入っていたりして。


 焦らしに焦らした後に、主人公が月の子モンデンキントの名を呼ぶ頃には、あなたの心はもうバスチアン。


 ついに本の中に旅立つところまでが上巻です。



 そして下巻。


 こちらはうって変わって、バスチアン自身が登場人物となってファンタージエンを旅することになります。


 相変わらず魅力的なサブキャラ、幻獣が多数登場しながら、バスチアンが成功と破滅へと向かっていく物語。


「何かの代償に、一つ一つ記憶を失っていく」というモチーフはちらほら見るもので、自分もいつか描いてみたいと思っています。


 アトレーユとの決別、対決へと至る過程も「悲劇へと至る必然」として上手く書かれていると思いました。ただ、冒頭に一杯出てきていた月の子モンデンキントを、願わくば最後の最後でも出して欲しかった(笑)


 ファンタージエンには、その世界観の中枢に関わっている重要なボス級のキャラがたくさん出てくるのですが(ウユララ、グモルクの主、色のある死・グラオーグラマーンなど)、この辺りのキャラの掘り下げと処理(?)をどうしたものかなぁと思ってみたりもしました。


 あと、ヒンレックの竜や魔女サイーデのような存在は、物語を作った者なら一度は感じたことがあるであろう「世界を意のままに創造できる快感」と、それが制御できなくなった時の言いようも無い恐怖感を巧みにえぐった存在だったと思います。


 特にサイーデは緑と赤という2つの世界を象徴する両目を持つ、極めて重要かつ象徴的なキャラでありました。最後の死に方にも何か意味があったんだろうな……また後で読み返してみます^^;


 「子供をファンタジーの世界に引き込む物語」は山のようにありますが、ここまできっちりと「それと同時に、ファンタジーの世界から現実に帰ってこさせる物語」として完成させた例は珍しいのではないかと、読んだ後に思いました。


 ある意味、ここまで帰ってくるのが困難な物語も結構珍しいかと。大体は召喚魔法一発でポイっ、ですもんね(笑)


 アウリン、という道具の描き方にも感心しました。戦闘ではほぼ全く役に立たないけど、最後までキーアイテムであり続ける最重要存在。聖剣シカンダといいゲマルの帯といい、エンデは道具を描くのがとても上手ですね。



 最後に、ごくごく個人的な感動ポイントを。


 それは物語の最初と最後に登場する、書店のお爺さん。カール・コンラート・コレアンダー 。その名前に秘められた意味が最後に分かりました。


 実はこの物語を読んでいて何度も頭をよぎることがあって、それは、


  「この素晴らしい物語を、自分はなぜバスチアンと同年代の頃に読まなかったのだろう……」


 という後悔でした。


 これは、本作に限らず名作を読んで感動すればするほど、その感動と比例するかのように、常にわずかな痛みとして感じることです。


 しかし年老いた書店の主の一言が、ある種自分にとっての救いや励ましになったように感じました。


 ” 絶対にファンタージエンにいけない人間もいる ”


 ” ファンタージエンへの入口はいくらもあるんだよ、きみ。そういう魔法の本は、もっともっとある。それに気がつかない人が多いんだ。つまり、そういう本を手にして読む人しだいなんだ ”



 いくつになってからも、ファンタージエンには行けるんだ。

 いくつになってからでも、名作を読むのは遅くないんだ。



 もちろん自分勝手な解釈だと思いますが、この物語で感動することができた自分もまた、BBBやKKKと同じく、「ファタージエン帰り」を名乗ってもいいのかな? と思いました。



 特に一次創作ファンタジー書いている人、あるいは本を読んでいる人を描いたメタ視点的な作品の技巧が知りたい人には、学ぶべきことが多い傑作だと思います!^^

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藍川のいろいろ感想文 藍川あえか @izanagi3

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