トリエンナーレの魔法使い

デバスズメ

こんにちは!もしかして、こんばんは、かな?

こんにちは!もしかして、こんばんは、かな?私の名前は朝夏 水守(あさなつ みもり)、魔法使い見習いです!


突然ですが、魔法という言葉を聞いて、あなたはどんなものを思い浮かべますか?

火の玉を出す魔法?それとも、悪魔を召喚する魔法でしょうか?

魔法は怖いものばかり?いえいえ、そんなことはありません。


これから話すお話は、私が体験した、ちょっと不思議なトリエンナーレの魔法使いのお話です。



あれは、私が美大生だったときでした。スランプになった私は、新潟県十日町市で開かれる『大地の芸術祭』に行きました。

大地の芸術祭は、町中にいろいろな作品が展示されるお祭りです。

錆びた巨大なヘビの形をした建物や、地面からはみ出た龍の尻尾など、大きなものはずっとずっと町に残り続けます。その結果、今では町中のあちこちに作品があります。

私が魔法使いと出会ったのは、大きな花をスケッチしているときでした。


8月の昼過ぎに、私は十日町市のまつだい駅に行きました。冬は大雪の十日町市でも、夏はやっぱり暑いです。

まつだい駅は、ローカル線しか止まらない小さな駅です。その横に、大きな花があります。

それは、見上げるほどの、巨大な花の彫刻です。赤と黄色と青と緑、それから黒と白が混じり合う、まるで南の島の植物です。

でも、その花だけが別世界のような異質な存在のはずなのに、緑一色の田んぼに馴染んでいました。

その花は、遠くから見ても近くから見ても、変なのに変じゃない、不思議な感覚がありました。まるで、最初からそこにあったかのような……。

「うわ、すごい……」

思わず思わず声が出てしまいます。周りで遊んでいる子供達も気にせずに、私はスケッチをしました。


しばらくしてスケッチも終わろうとしていたときです。

「この花が気に入ったのかい?」

いきなり後ろから声をかけられて、私は驚いて振り返りました。そこには知らないお兄さんがいました。

「え、あ、はい。なんていうか、ずっと昔からここにあったみたいで」

お兄さんは私と目が合うと、笑顔で説明を続けてくれました。

「この花は10年以上前の芸術祭で作られて、それからずっとここにあるんだ。長い時間をかけて、土地が受け入れてくれたんだよ」

「土地が受け入れるって……どういうことですか?」

「わかりやすく言えば、馴染んだっていうことかな」

言われてみれば、たしかにそんな気がしました。この花はもう、この町の一部なんだなって気がしたのです。

「それってまるで……」

「魔法みたい、かな?」

「え?」

魔法、その言葉に手が止まりました。気がつけば、周りには誰もいませんでした。さっきまでそばにいた家族の声も聞こえなくなっていたのです。

まるで、私とお兄さんと大きな花だけが、田んぼの真ん中にいるような……。

「魔法と言っても、怪しいものじゃないよ。これは、”馴染みの魔法”とでも言えばいいのかな。そこになかったはずのものが、ずっとその場所にあったかのように感じさせる魔法さ」

「なじみのまほう……?」

「うん。……でも、その魔法を知っている人にとっては、それは魔法でもなんでもない、ただの技術なんだ。魔法っていうのは、作り方を知らない人から見れば魔法でも、作っている人にとっては技術なのさ」

この人は変なことを言う人だなと思いました。魔法は技術……本当にそうなのかな?私は、思い切って聞いてみました。

「魔法が技術だったら、私にも”馴染みの魔法”が使えるんですか?」

お兄さんは、少し考えたような顔で、こう言いました。

「……どんな魔法を使えるかはキミ次第。僕と同じ技術が使えるかもしれないし、僕が知らない魔法を使えるようになるかもしれないよ」

「えっと、つまり?」

「つまり、誰かの技術がキミの魔法であるように、キミの技術は他の誰かの魔法かもしれないってことさ」

「誰かにとっての魔法……」

本当に、私にも魔法が使えるのかな……なんて考えていると、夕方6時を告げるスピーカーの音楽がなりました。その時です。

「大地の芸術祭は、いつでもキミを待っているよ。僕たちは、いつだって魔法使いの仲間を求めているんだからね……」

私が音楽に気を取られているうちに、その言葉を残して、お兄さんはいつの間にかいなくなっていたのです。そして、子どもたちの声が、私の世界に帰ってきました。

「え……?」

いきなりのことに固まっていた私のもとに、一人の女の子が駆け寄ってきました。

「うわー!おねーちゃんの絵すごい!」

呆然としていた私は、その声に驚きます。

「そ、そうかな?」

「うん!だってお花の周りに妖精さんが飛んでるよ!妖精さんが見えるの?」

私はうっかり、昔の癖でスケッチに見えないものを書き足していました。スケッチは見えるものを描くものですから、見えないものは描いてはいけません。

「あ……うん、そうだよ」

ずっと直そうと思っていた癖なのに……私は、またやってしまったなあと思いました。でも、その女の子はこう言ったのです。

「すご~い!魔法みたい!」

私はハッとしました。私の絵は、この子にとっての魔法だったのです。

私は笑って答えました。

「そうだよ。おねーちゃんは、魔法使い……見習いなんだよ」



……あれから数年たった今でも、私はまだ魔法の特訓を続けています。

もし、あなたが魔法を体験したいと思ったら、大地の芸術祭に行ってみてください。

”光の魔法”や”音の魔法”、そして、”馴染みの魔法”が、あなたを待っています。

あ、そうそう。このお話は、これを読んでいるあなたと私だけの、特別なヒミツですよ?

トリエンナーレの魔法使い達は、普段は芸術家として、その姿を隠しているのですからね。

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