【12月刊試し読み】タクミくんシリーズ完全版10

角川ルビー文庫

プロローグ

 side G


 300号室、ギイのゼロ番。

 ノックと同時にドアが開き、

「ギイ、ちょっといいかな」

 3‐Cの級長、蓑巌玲二が顔を覗かせた。

 千客万来を謳っているわけでもないのに来客の途切れたことのない、祠堂学院のアイドル――本人はこの表現を甚だ嫌うのだが――ギイこと崎義一の部屋。

 学生寮の三階に住む全生徒の世話役である階段長だから、というだけでなく、カレンダーは九月となり、卒業までの残り少ない月日の中で(三階の住人であろうとなかろうと!)僅かにでもギイと接点を持ちたいと望む人々の焦りは、下心など欠片も持ち合わせていない玲二にすら理解できるのだが、その300号室に、珍しく今夜はギイひとりきりであった。

「蓑巌? もうじき消灯前点呼だってのに、どうした?」

 不思議そうに訊くギイへ、

「入っていいよね」

 返答を待たず、玲二はギイの脇を抜ける。

 らしくない強引な行動に、

「――簑巌?」

 ギイの表情は“不思議そう”から“怪訝なもの”へと変化した。

「ギイ、ドア閉めて」

「なんだよ、オレにドア閉めさせて、どうする気だよ」

 怪訝さに警戒心まで添えて、それでもギイは言われるままにドアを閉めると、「おかしいぞ蓑巌、こんな時間にのこのこと。このままだとお前、点呼にひっかかるぞ」

「すぐに帰るよ」

 玲二は返し、「俺はかまわないけど、ギイはこの話、他人には聞かれたくないんじゃないかと思ってね」

「それはそれは、お心遣い感謝いたします。って蓑巌、よもやまさか、オレに恋の告白とかするんじゃないだろうな?」

「しないよ」

 即答した玲二に、

「なら、いいや」

 ようやくギイが軽く笑った。

 なら、いいや?

「――ある意味、失礼だな、ギイ」

「そうか?」

「第一、図々しいよ。自分が乃木沢さんより勝ってるつもり?」

「負けてる負けてる、悪かった」

「冗談はさておき」

「へ? ここまでのやりとり、全部冗談なのか、蓑巌?」

「さておき。点呼までにそんなに時間がないから単刀直入に訊くけれど、ギイ、最近、葉山くんに会ったかい?」

「――託生?」

 飛び出した“葉山託生”の名前に、ギイが即座に身構える。

 和んだ空気が一瞬にして掻き消えた。

「もう葉山くんとはつきあってないとか、そういうくだらないおためごかしは今はいいから」

 想定内の反応に、玲二はさっさと機先を制する。

 途端にギイは、決まり悪げな笑みを作り、

「ここ数日は、会ってないよ」

 正直に答えた。

「だとしたら、最近の葉山くんの様子については、よく知らないんだよね」

「託生の様子?」

 繰り返しながら、俄にギイは不安になった。

 今年、玲二と託生は同じクラスで、しかも級長と副級長の間柄である。間違いなく(クラスも寮の部屋も別々の)恋人の自分より、託生の日常に詳しいのは、この男だ。

「――また、体調が悪くなった、とか?」

 慎重に、訊く。

 三年に進級したばかりの四月、短かい期間ながらも自分のせいで、接触嫌悪症が復活してしまった託生。

 だがしかし、二学期が始まってからこっち、託生を不安にさせるような態度も事態も、自分は取っていないし招いてもないはずだった。それどころか、夏休みのあの、べったり一緒だった甘い気分すら、まだ互いに抜けきらずにいたくらいなのだ。

 数日前に会った夜、自分だけでなく、確かに託生もそうだった。

 なのに? きっかけもなく、託生のなにがどう急変するのだ?

「やっぱり、知らないんだ」

 そうじゃないかと思ってたけど。

 と、ちいさく続けた玲二へ、ギイは更に不安になる。

「やっぱりってなんだよ」

「ギイが知ってて四日もってのは、ありえないかと思ったからね」

「蓑巌、ちっとも話がわからん」

「葉山くんの体調がどうこうというよりも、行動が――」

「行動?」

「ギイ、一年の渡辺綱大って知ってるかい?」

「渡辺綱大? ああ、1‐Cの評議委員やってる?」

「さすがギイ。ひょっとして、一年生全員を把握してる、とか?」

「んなわけないだろ」

「しててもギイなら驚かないな」

 異常なほどに記憶力が良く、驚くほどに人のことを良く観察(み)ている。間違いなく、祠堂で、氏素姓という強力なバックグラウンドを抜きにしても、できれば、いや、絶対に敵に回したくない男、ナンバーワンである。

「オレじゃないだろ」

 ギイが軽く、玲二を睨む。「今は託生の話をしてる」

 そうでした。

「葉山くんとギイの関係を知らなければ、葉山くんがその一年生に一目惚れしたんじゃないかと勘ぐるところなんだけれどね」

「――はあ?」

「ギイ、目が据わってる。怖いよ?」

 やれやれ。

 他人事なれど、こんな調子で、ふたりがつきあっていないふりをし通そうだなんて、愚策とまでは言わないが、ギイにしては相当の無理がある。

 敏腕風紀委員長でギイの親友である赤池章三の推理によれば、本音を見透かされないための小道具として、進級と同時にギイは伊達メガネを装着したらしいのだが、せっかく表情を隠すために伊達メガネをかけていてもこんなに反応がバレバレではまったく意味がないし、自分も含め“無駄なあがき”と周囲に思われちゃっているのは、まあ、仕方あるまい。

「託生がどうして、渡辺綱大に惚れたと思うんだよ」

「詳しく話すと長くなる。もう消灯だし」

「だったら手短に要点だけ話せよ」

「わかった。細かい経緯はさておいて、葉山くんは渡辺くんにケガをさせたお詫びにと、足繁く渡辺くんの所へ通ってるんだよ」

「――なんだ、それ」

「ギイ。声も、怒ってる。――怖いって言ってるだろう」

「怒ってない」

「だったらそんなに不機嫌そうにしないでくれよ」

「だが、笑うのは無理だ。――それで?」

「ところが渡辺くんは、不注意は自分の方にもあるので、そんなに責任を感じなくていいからと葉山くんの日参を断っているのに、それにもかかわらず葉山くんは、渡辺くんを昼休みや放課後に訪ねてるんだよ」

「毎日か?」

「ああ、毎日。今日で四日目だ。いくら葉山くんが律義な性格をしているとしてもやり過ぎのような気がするし、もしギイが知っていたら止めていそうだし、ということは、葉山くん、このことをギイには伝えてないのかなって」

「…………」

 どんなに些細な出来事でも、気掛かりなことが起きたならば真っ先に相談にやってくる託生が、ケガさせた相手を四日連続で見舞うような出来事を、チラとも話しに来なかったという事実に、正直、愕然とした。

「余計なお世話かもしれないけれど、俺は、ギイには、ひとかたならぬ恩があるからね、伝えておくべきかと判断して、――ギイ、大丈夫かい?」

「もちろん大丈夫だ。だが、その話、オレには全部が不可解だ。そもそも託生がケガさせたって、なんだよ」

 その時、消灯十五分前を知らせる放送がかかった。

「ギイ、俺、そろそろ戻らないと」

「帰るな、蓑巌」

「さっきは、部屋に入って来るなとっとと帰れって表情(かお)してたのに」

 からかう玲二に、

「悪かった。確かに蓑巌の言うとおり、他の誰にも聞かれたくない話だよ」

「ドア閉めさせて正解だろ?」

「ああ、大正解。だから、順を追って、ちゃんと話してくれ」

 中途半端に持ち越されようものなら気になって、矢も盾もたまらずに、(もう消灯時間が迫っているのに)託生の部屋へ事の真相を質すべく押しかけてしまいそうだった。そして三洲の顰蹙を買い、ますます嫌われてしまうであろう。――せっかくこの夏、少しだけ三洲からのポイント評価を稼ぐことができたのに。

「ギイ、点呼のフォロー、してくれるんだよね」

「蓑巌の階の階段長に根回ししておく」

「わかった」

 玲二は大きく頷いた。保身も大事だけれど、ギイにそんな目をされたなら、そもそも断れやしない。

 愛されてるんだね、葉山くん。

「きっかけは、四日前の放課後の――」


 幸か不幸か、第六感はかなり良い方だと自負している。

 章三を通して取り付けた託生との放課後の逢瀬、秘密の待ち合わせ場所へ向かう途中、ギイは足を止めた。こちらの校舎と向こうの校舎、結ぶように渡された橋のような渡り廊下で、教科書の束を胸に抱えた託生が、高い廊下の窓から気遣わしげに中庭をそっと見下ろしていた。中庭のベンチで友人たちと談笑している一年生を。

 腕の時計は、待ち合わせまで残り数分を指している。

「……なにやってるんだよ、託生」

 託生のことで、不穏に胸がざわついたことが、過去、二度ある。

 一度目は去年の春、託生から兄貴の話を聞かされた時。終始平静を装っていたものの、聞いていてどうにも落ち着かなかった。

 二度目は去年の夏、佐智絡みの時。佐智に心酔している託生の態度に、取り越し苦労と承知でも、落ち着かなくなった。

 そして三度目が、今。

 なにか得体の知れない不安が、打ち消しても打ち消しても、胸に湧き上がってくる。

「嫌な感じだ……」

 なにより嫌なのは、託生に理由を問い質しても、たとえ託生が誤魔化さず正しい返答をしたとしても、自分が望む解決がそこにはないような予感がして、たまらなかった。

 外れたことのないカンの良さが、裏目に出る。

 託生はあの一年生に、惹かれているのだ。

 それは恋ではないかもしれないが、――託生の恋心は揺るぎなく我が身の上にあると自負しているが、たとえそれが恋ではないとしても、託生は今、自分を慮る恋人の存在にまるで気づかず、残り少ない待ち合わせまでの時間を気にするでなく、ただただ窓下を密かにみつめ続けているのであった。


 side T


「こんな所でなにやってんだ、葉山」

 疑問形というよりは非難めいた口調で、赤池章三が訊いた。

「えっ?」

 ぼくはぎくりと振り返って、――いや別に、後ろめたいとかそういうのではなく、あまりに出し抜けに声をかけられたので、単純に驚いたのだ。

 表紙に『風紀委員会』と書かれたノートを手にした章三は(そうか、これから風紀委員会なのか、赤池くん)、心なし不機嫌そうな表情でぼくにざくざく近づくと、ぼくの顔のすぐ横から、これみよがしにひょっと窓の外へと顔を突き出した。

 その距離の近さに(接触嫌悪症とか関係なく)、ぼくは慌てて横へ退く。

 章三は、さっきまでぼくが寄りかかっていた渡り廊下の窓の桟に手をかけると、ざっと眼下を見渡して、

「――なに?」

 と訊いた。

「なにって、なに? 赤池くん?」

「葉山が、いつになくシンケンなカオして見てるから、どんな珍しい光景が広がっているのか



と期待したのに、見渡す限り普通の校内の風景だ」

 ここから見えるのは中庭や隣の校舎、自由な時間を楽しんでいる生徒たち、等の、ありふれた放課後の景色である。

「や、だから、なに?」

 さっきから、なに?

 常からして冷ややかな物言いをするのが特徴の同級生だが、その持ち味とは関係なく、不機嫌というか、イラっとしている印象を受ける。

「あ、ギイとケンカしたの?」

 ぼくが訊くと、

「はあ?」

 章三があからさまに呆れたようにぼくを眺めた。「ふざけてるのか葉山? なんだいその、素っ頓狂な質問は」

「え? だって、赤池くんがイライラしてるのって、たいていギイとケンカした時とかだから……?」

「ほーう。僕が苛ついてるのはわかるんだ。それは良かった」

 章三は更に冷ややかにぼくを見ると、「で、葉山? そのギイとの待ち合わせをすっぽかして、ここでいったいなにしてるんだい?」

「えっ!?」

 ぼくはぎょっと腕時計を見る。

「昼休み、僕がわざわざギイからの伝言を葉山に伝えてやったのに? 耳タコだろうが、念のために断っておくが、僕は、ギイと葉山の仲に関しては賛成しているわけではないのにだ。にもかかわらず協力してやったってのに、約束の時間はとっくに過ぎているというのにな、こんなところでいったいなにをやっているんだよ、葉山」

「ごめっ! ごめん!」

「謝る相手が違うだろ」

「そうだ、けど、でも、ごめん赤池くん」

「――まあね、葉山にギイに会いに行く気がないんなら? それはそれで僕はちっともかまわないし、むしろ歓迎すべき事態だが、約束を平気ですっぽかすような奴には、どんなに頼まれても次からは、絶対に協力(橋渡し)なんかしてやらないからな」

「そ、それは勘弁してくださいっ」

 三年生になってからこっち、ぼくたちは、章三の協力なしには伝言ひとつ、うまく伝えられずにいるのだ。

「おまけに祠堂で最も時間厳守にウルサイ男をこんなに待たせるなんて、つくづく度胸あるよなあ、葉山」

 にやりと笑った章三に、ぼくは本気で青くなった。

 そうでした!

「あ、じゃ、ぼく、急ぐから」

 ホントにゴメンと章三に改めて詫びを入れ、ぼくは廊下を第一校舎へと全力疾走する。

 やばい、やばい。

 待ち合わせに、既に十五分近く遅れていた。だが、それで理解した。章三があからさまに不機嫌だった理由も、最初の一言が非難めいていた理由も。

 委員会へ行く途中でたまたま章三があそこを通りかかってくれなかったら、どうなっていたことか。我ながらぼんやりにもほどがある。

 せっかくのギイとの逢瀬、すっぽかすなんてことになったらギイに申し訳ないだけでなく、ぼくはきっと、後悔しまくりまくることになってただろう。

 それにしても、

「ありがたいなあ、赤池くん……っ!」

 本人には非常に不本意でも、結果的に章三は、待ち合わせの伝言をぼくに伝えてくれただけでなく、待ち合わせにちゃんと(いや、かなり遅刻はしてしまったが)行けるよう、アフターフォローまでしてくれたことになるのだ。

 ギイってつくづく、友人に恵まれているよなあ。

 その恩恵に与れるぼくは、かなりなしあわせものである。


 自分としては精一杯の最速で駆けつけたのだが、とはいえやたらと広い第一校舎、その南端の廊下を三階まで上がり、屋根裏部屋の入り口に着いたのは、約束の時間より二十分強遅れ、であった。

 周囲に人影の有無を確認してから、

「おこ、怒ってるよなあ、ギイ、絶対だよなあ」

 呼吸を整えながら、数字を合わせるタイプの鍵をダイヤルには触れず、いつものように、そのまま軽く下へ引いてみる。

 かたんと鍵はちいさく外れ、中でギイが待っていることを教えてくれた。

 それだけで、ドキドキした。懸命に走ってきた動悸の速さとは別に。

 室内にギイがいると思うだけで、キモチが上がる。――恋人がそこにいるのだから当然のことかもしれないが、たとえ恋人でなかったとしても、そこにギイがいる、だけで、きっとドキドキするに違いない。

 それくらい彼は、誰よりも特別な存在なのだ。

 夏休みが明けてすぐの頃はかなり頻繁に会えたのだが、最近は疎遠気味だった。ぼくはぼくで用があり、ギイは間違いなく多忙だったから。

「どうしよう、どう言い訳しようかな」

 “時は金なり”の精神の国から来た人だけあって、彼は相当、時間に正確なのである。

 だらしない性格をしているとか、いや、自分はそうではないと思いたいがでも比較的ちいさな遅刻をしがちなぼくは、何度言われても託生は学習しないな等々と、耳の痛いお小言をそのたびにいただくのだが、けれどギイは、どんなに待たされても憤慨して途中で帰ってしまうということを、過去、一度もしたことがなかった。

 クチウルサイけど寛容。――章三とは、きっと、いや間違いなく、類友な、ふたりなのだ。

 それはさておき。

「困った。うまい言い訳がみつからない……」

 たいした理由もなく二十分以上も遅刻しては、恰好がつかない。

 なにか、ギイがあっさり納得してくれて、お説教されようと許してもらえるような、なにかうまい言い訳はないだろうか。

 ドアを開け、解錠されていないよう鍵の偽装を済ませてから(もちろん、偽装のうまいやり方を発案したのはギイである)、念のために内側からは施錠して、屋根裏部屋へ続く狭い階段を上がりながら、ぼくは貧弱な脳みそを必死に働かせていた。

 むろん、下手な言い訳をするよりは素直に謝ってしまった方がギイ相手には有効なのだが、それにしても、理由を訊かれた時にしどろもどろでは、やっぱり、マズイ。

 良くも悪くもぼくは、上手にウソがつけないのだ。

 その時、

「遅い!」

 いきなり頭上から怒鳴られた。

「ごめん!」

 反射的に謝って、見上げると、光を背にしたギイの顔。――影になっているのに、シルエットだけなのに、カッコイイ。

「オレの伝言、託生に伝わってないのかと、不安になりかけてたところだ」

 逆光で表情は見えないながらも、そのからかい口調にほっとした。

「ごめんね、ギイ、心配させて」

「いいけどな」

 ギイはまた笑うと、「そんな汗だくで必死に走って来られたら、許すしかないだろ?」

 階段を上がるぼくの腕を、柔らかく引き寄せた。


 陳腐な言い訳をするまでもなく、それこそあっさりと、ギイの許しを得てしまった。

 そこまでは、もしかしたらラッキーだったのかもしれないが――。

「拍子抜け……」

 ぼくは、同室者不在の270号室の自分の部屋の机の上へ、持ち帰った教科書の束をばさりと置いた。

 無意識に、溜め息がこぼれた。

 ぼくを引き寄せてくれたギイは、その指で、汗で濡れ額に張り付いたぼくの前髪をすっと掻き上げると、

「悪いな、急用ができちまった。もう行かないと」

 と、言ったのだ。

「――え?」

 ぽかんとするぼくへ、

「今度はゆっくり会えるよう、時間を調整するからさ。ごめんな、託生」

 笑顔を見せて、「でも、一瞬でも会えて良かったよ」

 ぼくと入れ違うように狭い階段を急ぎ足で下りて行った。そして、

「ギイ、今度って、いつ?」

 階段の上から尋ねたぼくへ、

「悪い託生、戸締まり頼むな」

 聞こえなかったのか、そう残すと、瞬く間にどこかへ行ってしまった。

「……あーあ」

 ぼくはぽすんと、ベッドへ寝転ぶ。

 仰向けになると、目に映る天井の先はギイの部屋だ。

 自業自得だけれど、ぼくとてもがっかりしていた。

 数日ぶりに会えたのに、頬に挨拶のキスすらなかったな。いつもなら、時間がないとぼくが拒んでも、強引にキスしてくるギイが。

 それどころじゃないくらい、急いでた。

「でもキスくらい、すれ違いざまにだってできるじゃないか」

 むしろギイ、そういうの、得意じゃないか。「……そりゃ、遅刻したぼくが全面的に悪いんだけどさ」

 急用ができたのに、それでも彼は、ぼくが現れるまで待っててくれた。そのことは、たまらなく嬉しい。

 なのに――。

 ギイが触れたぼくの腕へ、ぼくはそっと手を重ねた。

 なにかがぼんやりと引っ掛かっていた。

 なにかが、いつもと違う気がした。

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