3)「ジェンキンス家の災難」②
あの時、ウィンディは、席を立った父親が通路を歩いていくのを見送った後、しばらく外の景色を見つめていた。
それが、父の姿を見る最後になるとはその時は考えもしなかった。
やがて景色を眺めるのにも飽きたウィンディは、車内の乗客たちに目を移した。
居眠りする者。何かを熱心に話し合う者たち。本を読む者と乗客は様々だった。
その中の同い年くらいの少女と目があった。
少女は、ウィンディの視線に気が付くとにこりと微笑んでみせた。
その笑顔は見とれてしまうほど美しくチャーミングだった。
ウィンディは、照れ臭くなって思わず視線を外してしまったが、少し間をおいてからもう一度、少女を見てみた。少女はまだウィンディの方を見て微笑んでくれている。
髪の色が白に近いブロンドで肌も驚く程、白い。上等そうな黒いドレスがとても似合っている。
あなたも退屈?
話しかけられるほど近くにはいないが、ウィンディは、彼女にそう言われたような気がした。
それは気のせいではなかったようだ。見ると彼女は、通路の奥を指差している。
ねえ、行きましょうよ。
今度は少女に、そう言われた気がした。
黒いドレスの少女は、席から降りると車両の奥に歩いていった。
ウィンディが席から身を乗り出し様子を見ると、少女は、ウィンディに向かって手招きしていた。ウィンディは、うたた寝している母親に気づかれぬようにそっと席から立つと、少女の後についていった。
いくつかの車掌を通り抜けると奇妙な客車に辿り着いた。
貸し切りのようで入り口には制服を着た男たちが番をしていたが、黒いドレスの少女が近づくと、まるで女王が通るかのように男たちが恭しく道を空けてくれ、扉まで開けてくれた。
さあ、おいでなさいな。
ウィンディは、制服の男たちの横を恐る恐る抜け、車両へ入ると、中は列車の中とは思えないほど豪華だった。テーブルも椅子も普通の客車のものとはまるで違う。
黒いドレスの少女は、テーブル席に座ってウィンディを手招きしていた。
ウィンディは、テーブルまで歩いていくと少女の前の席に座った。
「私は、レイミア」
少女は、この時、初めて口を開いた。
「あなた、お名前は?」
「わ、わたしはウィンディ。これからワシントンに行くの」
「ワシントン? 行ったことはないけど、たしか都会よね」
「うん、ママもそう言ってた」
「私も一度、行ってみたい」
「レイミアは、どこへ行くの?」
「私? 私はね……よくわからない」
「行き先……知らないの?」
レイミアは頷いた。
「待ってる人たちがいるの。私は送り届けられるだけ」
レイミアは、そう言って微笑んだ。
「それじゃ、なんだか、荷物みたい」
「あはは、笑えるわ。そうね。私は荷物と同じよ」
「あ……ごめん」
「いいえ、楽しいわ。普段、私にそんな口をきく者などいないんだもの」
レイミアは、そう言うとじっとウィンディの目を見つめた。
その魅力的な目を見ていると、なぜか身体の力が抜けてくるようだ。
「私、ウィンディのことが好きになったわ」
「本当に? じゃあ、友達にならない?」
「友達……」
「嫌?」
「そんな事ない。ただ、新しいお友達は、随分久しぶりだから」
「わたしもひさしぶり」
「私たち良いお友達になれそうね」
「じゃあ、握手しましょう。友達になったあかしとして」
ウィンディがにこりとして→手を差し出した。
「握手……」
「握手嫌い?」
「いえ、違うの」
レイミアは戸惑いながらその手を握る。
「レイミアの手、冷たいわ」
「ごめんなさい」
「謝らなくていいよ。それに冷たくて気持いい。列車の中って少し暑いしね」
そう言ってウィンディはにこりと笑った。
「あなた、いい子ね」
レイミアもつられて微笑む。
「そうだ、ウィンディ。いい事を教えてあげるわ」
レイミアは思い出したように言った。
「あなたは、どこかに隠れた方がいい」
「隠れる? なんで?」
「この列車に、とても悪いことが起きるからよ」
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